海老蔵語る。最後は「愛している」と言って旅立った。2年8ヶ月の闘病生活にピリオド…小林麻央さん無念の死

最後の一言は「愛している」だったと言う。
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奇跡が起こってほしい…。
誰しもが、そう願っていたに違いない。しかし、病魔は容赦無く、確実に体を蝕んでいった。
乳がんで闘病中だったフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日夜、亡くなった。34歳だった。闘病生活2年8ヶ月。奇跡を信じてきたが叶わなかった。夫の歌舞伎俳優・市川海老蔵は22日の早朝、自身のブログで「人生で一番泣いた日です」と綴った。
6月20日。麻央さんはオフィシャルブログを「オレンジジュース」というタイトルで更新。「ここ数日、絞ったオレンジジュースを毎朝飲んでいます」と近況を述べた上で「正確には自分で絞る力がないので、母が起きてきて、絞ってくれるのを心待ちにしています」「今、口内炎の痛さより、オレンジの甘酸っぱさが勝る最高な美味しさ!」と綴り、酸素吸入器をつけながらも笑顔の自撮りとオレンジジュースを公開していた。それから僅か2日後の急変となった。そして、これが麻央さんにとっての最後のブログとなった。
22日の朝には海老蔵がブログを更新した。「多くの祈りをありがとうございます」とファンからの温かいメッセージに感謝。その上で「よくなってほしい。ただ、それだけ」と心境を綴り、「日々の戦い、まおは日々、病と戦っています」とし、続けて「支える側の家族も懸命に戦い日々を何事もなかったように過ごしながら家の中でひたすら戦っています」て綴っていた。
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海老蔵は25日まで東京・Bunkamuraシアターコクーンで自主公演「市川海老蔵 第四回 自主公演 ABKAI 2017 ~石川五右衛門 外伝~」に出演中だ。そこで麻央さんの死去について23日午後、同所で記者会見をした。
ステージ前にたった海老蔵は
「昨夜、麻央が旅立ちました」。
沈痛な面持ちで切り出した。
海老蔵によると、麻央さんの体調が悪くなり、麻央さんのお母さんからLINEが送られてきたそうだが「本番中で見るのが1時間半遅れた」と言う。LINEを見て慌てて自宅に駆けつけると、麻央さんの意識が朦朧としていた感じだったと言う。その後、息を引き取ったが、最後に「愛している」と口ずさんだのがわかったと言う。
「息を引き取る瞬間〝愛している〟と口ずさんで、そのまま旅立っていきました」
海老蔵は涙ながらに語った。
「最後の最後まで愛されていたのかと改めて実感しました。出来ることなら、ずっと一緒にいたかった」。
その一方で「最後を自宅で送ることが出来たことは良かった」とも。
「自宅で一緒にすごすことが出来たのはかけがえのない時間となりました」。
海老蔵と麻央さんの間には2人の子供がいる。
「心残りだったと思う。でも、いくら考えても答えは出てこなかったかもしれない。子供たちにとって、母親はこれからが重要になってくると思う。(自分が)その代わりは出来ないかもしれないが、背負っていかなければならないこと、やらなくてはならないこと大きくなってくると思う」。
同公演が終わると、7月3日から歌舞伎座で開演される「七月大歌舞伎」、8月には「六本木歌舞伎 第二弾 座頭市」の名古屋、大阪公演と公演が控えている。
海老蔵は稽古について以前、ブログに次のように綴っていた。
「こういう時だからこそ、より厳しく、より深く己に喝を 私が役者として良くなる事を誰よりもまおがよろこぶから、私はやる」。
その日々の中、役者として成長する姿が、乳がんと闘う妻の力になると信じ、芸道に精進することを誓っていたのかもしれない。
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思い返せば、丁度2ヶ月前のことだった。病状が悪化して心配されたことがあった。
麻央さんは4月19日のブログで「10歩歩くのもやっとになってしまう」と吐露し「息苦しさと変な発汗と痛み」に悩まされていたことも明らかにした。それから3日後の22日。今度は「入院」というタイトルで更新し「皆様 ご心配をおかけして申し訳ありません。そして、優しい励まし、強い祈り、本当にありがとうございます」と「再入院」を明らかにしていた。
この時、ブログにはベッドの上でパジャマにマスクという姿の写真を添付した上で「具合が悪いほど家族と離れたくない気持ちが増して家で回復させたかった」と無念な思いを滲ませながらも「今は、自分の力では難しいので、医療の恩恵を受けて元気になりたい」と心情を記していた。
実は、この時も海老蔵は「古典への誘い」と題した公演の全国巡業だった。しかし、23日に千秋楽を迎え帰京した。その後、5月の末に退院、自宅療養をしていた。
麻央さんの闘病を改めて振り返ってみる。
麻央さんが乳がんを患い極秘入院していたことは昨年6月9日に東京・銀座の東武ホテルで開いた記者会見で海老蔵から公表された。
一部報道を受けての会見となったが、このニュースは瞬く間に日本中に伝わった。芸能関係者は「2月に松方弘樹さんが脳腫瘍で長期療養をすることが発表されていただけに、麻央さんの乳がんも大きな衝撃として伝えられた」と言う。
関係者によると麻央さんは14年2月に海老蔵と一緒に診察した人間ドックで疑いを持たれ、すぐに精密検査を受けたところ、当初はがんではなく良性の「乳瘤」と診断されたそうだ。その後、経過観察をする中で14年10月に胸に違和感を感じたことから再検査を受けたところ、乳がんが発見されたという。しかも腋窩(えきか)リンパ節に転移し「ステージ3」と診断された。
会見で海老蔵は「進行性のがん」であることを吐露。「誰よりも本人が一番辛いと思う。子供のそばにいてやれない母親の気持ち、苦しさと闘っている」と、麻央さんの気持ちを代弁していた。だが、一方でがんの患部が右なのか左なのかも明らかにせず、進行状況については言葉を濁らせた。
実際には、医師からは手術での切除を提案されたが乳房の温存を望んでいた麻央さんは「手術はしない道」を選んだようだ。そういた意味では、麻央さんの意思に沿った治療だったのかもしれない。が、海老蔵の表情からは病状の深刻さがにじみ出ていた。
乳がんであることが公表された麻央さんは、昨年9月からは自らの意思でブログを始めた。そして10月1日のブログには「クオリティー・オブ・ライフ(QOL)」のために手術を受けたことを明かにした。この手術では左乳がんと脇の下のリンパ節を取り除く手術を受けたと言う。もっとも、手術自体は痛みを取り除くものでがんを除去するものではない。しかし、術後の状態は良好で、麻央さんはブログで「奇跡はまだ先にあると信じています」と綴っていた。
その後、10月3日には、がんが〝ステージ4〟であることを自ら公表した上で10月10日には子供たちが通う私立幼稚園の運動会に参加した。麻耶がエストートしながらだったが「娘も息子も、思いっきり楽しんで参加していて、本当に嬉しかったです」(ブログより)。
しかし、がんの進行状況が〝ステージ4〟という公表に周囲も驚きを隠せなかったことは確かだ。ところが、麻央さんは「私はステージ4だって治したいです」とブログに書き記していた。
年末の12月20日には放射線治療のために一旦、入院したが今年1月29日からは自宅療養に切り替えていた。しかし、がんは容赦なく真央さんの体を蝕んでいた。
麻央さんの開設したブログは、常に前向きに自らを語ることに多くの人が共感し、そして勇気づけられたという。それは初日の3000万PVという数字でも分かる。
がんとの闘いは早期発見が重要ではあるが、ステージが上がると本人はもちろんだが高額な治療費も含め経済的な負担も大きくなる。現実的に家族にとっても大変だということを改めて実感する。