末期がんで余命1週間が…電撃ネットワークの三五十五さん死去。”1年8ヶ月もよく頑張ってくれた”と南部虎弾

過激なパフォーマンスで知られる「電撃ネットワーク」の三五十五(さんごじゅうご、本名小林祐司=こばやし・ゆうじ)さんが3日未明、東京・西荻窪の越川病院で亡くなった。52歳だった。
三五十五さんは13年7月に肺がんを公表し闘病中だった。がん宣告時には余命1週間と言われ脳にも転移した。当初は東京・新宿の東京医大で治療を受けたが、その後、漢方薬などでの治療も受けられる新橋の慈恵医大に転院するなど懸命のリハビリを行っていた。関係者によると、漢方薬でも”さるのこしかけ”が効くようで、しばらく、そういった治療を行っていたようだ。そんなことから、能にも転移し、目も見えない状態に陥ったと言われたが、昨年12月21日には約1年半ぶりに車椅子姿で舞台に登場した。
「電撃ネットワーク」は三五十五さんの他、南部虎弾、ギュウゾウ、ダンナ小柳の4人組だった。90年にデビューしたが、体を張った過激な芸で人気を呼び、海外にも進出。「TOKYO SHOCK BOYS」のグループ名で欧米、欧州などでも活躍、中でもオーストラリアでの人気は高く、CMにも登場した。三五十五さんはパフォーマンスの司会役を務めていた。
ヘッドロックの取材に南部虎弾は
「(家族からの連絡で)深夜1時に駆け付けたが間に合わなかった。末期がんと宣告されたが、1年8ヶ月もよく頑張ってくれたと思っている。もっとも、本人は抗がん剤が身体に合っていたようで、体調もいいと言っていただけに残念な気持ちもある」。
と語った上で「四十九日が過ぎたら、みんなでお別れ会をやってあげたい」。