紳助逸話!! レギュラー番組の低視聴率に露骨な作戦!島田紳助のなりふり構わぬ非常識な行動に批判!!

島田紳助の芸能界引退騒動については、どこも書くだろうから、ここは【ヘッドロック】流に、紳助の”笑い話ネタを紹介すると…。
前述した通り、今でこそ”視聴率男”の異名をとる島田紳助だが、かつては視聴率に苦戦したことがあった。紳助が司会を担当していたテレビ朝日/ABC「クイズバトルロイヤル・待ったあり」がそれ。この番組、余りの低視聴率に紳助も落ち込んでいたと言われる。
「関西では視聴率が16%あるのに、何で東京が僅か3%しか取れないんだ!」
と叫んだこともあったほど。
もっとも、それが単に低視聴率だけだったら、それだけの話だが、紳助は視聴率を上げるために露骨な作戦に出た。何と、視聴率が東京で10%を超えたら、番組のアシスタントを担当していたタレントの大島智子とエッチが出来るという、前代未聞の「SEX契約」をスタッフの前で交わしたというのだ。この珍事に、ある放送関係者の間からは
「いくら視聴率を上げる作戦とはいえ、実にナンセンスな話です。しかも、相手は番組のアシスタントですからね。いくら視聴率が低いからといっても、これは明らかに番組の私物化ですよ。まあ、紳助らしいと言えば紳助らしいが…」
という声が出れば、芸人仲間からは
「彼は、視聴率を上げるためだったら何でもやる。話題の1つや2つ作るのは何でもない男だから…」。
しかし、紳助のプライドをかけた?大島との「SEX契約」は、さすがに大島ファンから反発を食い、芸能界でも話題と言うより、大きな事件に発展した。
ところで、この問題?の「クイズバトルロイヤル〜」は、91年4月18日から半年間、テレビ朝日系列で放送された。もとは、関西ローカルで深夜に放送されていたが、高視聴率だったことからゴールデンタイムの全国放送に格上げになった。
しかし、当時の裏番組には「水戸黄門」(TBS)、「だいじょうぶだぁ」(フジテレビ)、「世界まる見え!テレビ特捜部」(日本テレビ)があった。どれも15%以上の番組ばかりだった。
コトの発端は、男性週刊誌で山城新伍さん(故人)の対談に大島が出演。紳助が司会をしている「クイズバトルロイヤル〜」の視聴率が東京地区で秋までに10%を2回超えたら、紳助は大島に対して、SEXをする権利を有する、という契約をスタッフの前で交わしたことを、山城がバラしてしまったことだった。早い話、紳助と大島は、この絶不調の視聴率を上げようと企てたと言うのだが…。
「大島のファンは怒っているようだけど、正直言って、とてもじゃないが10%なんて不可能な話ですよ。いくら、大島と”SEX契約”を結んでも、実現なんて不可能なこと」
と言われた。 が、「紳助のことだから、本当にやりますよ。彼は本気だから」(芸人仲間) などという声も。大島も、山城の「やらせる?」との質問に「ハイ!」とキッパリ応えていたことから、逆に話題は沈静化するどころか注目の的となった。
「紳助は、芸人仲間に会うたびに、大島とのSEX契約を宣伝してもらおうと話しているようです。山城さんは、紳助から頼まれ、一肌脱いで雑誌で喋っただけで、紳助の作戦だった」
と、うがった見方をするテレビ関係者もいた。
いずれにしても、良識のある放送関係者の間からは
「視聴率アップを狙ったものとはいえ、前代未聞の悪態。だいたい、SEX契約で契約書を交わしたなんて言語道断」
といった批判が高まった。
当然だろうが、紳助の個人的な契約に視聴者も納得するはずがない。逆に、反発を食らい視聴率は、目標の10%どころか発覚後も3〜5%の間をウロウロする始末だった。
「大島とのSEX契約以上に、低視聴率の方が話題になっていた。今まで思い描いていた”紳助神話”が崩れたわけですから。そういった意味では紳助も青ざめていたはず」(業界関係者)。
東京進出ということで大島とコンビを組ませたのに3〜5%の視聴率では全く勝負にならない。結局、前代未聞の物議をかもした「クイズバトルといヤル〜」はスタートして僅か半年、91年9月16日で打ち切られた。

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