“自分自身に傷をつけ、血を流しているようなライブをやっていた”尾崎豊さん――果たして裕哉は!?(下)

生前、尾崎豊さんと取材を通して公私にわたって親交のあったというノンフィクション作家で音楽評論家の田家秀樹氏は「尾崎がいなかったら、今の僕はなかった」と前置きした上で、「死を聞かされた時は一瞬、全身の力が抜け頭の中が真っ白になった。言葉も出なかった」という。しかし、その一方で「やっぱり…」とも思ったそうだ。
「自分自身に傷をつけ、血を流しているようなライブをやっていた奴だったからね。…だって、楽しそうにライブをやっていなかったんですからね。そもそも、自分を痛めつけ傷つけるようなライブをやっている奴が長生きするはずがない。今思うと、自分で答えを出したような気もしますね」。
尾崎さんは、デビューして3年後の86年、1年間活動を停止した。「活動を休止して単身で米ニューヨークに渡ったが、1年間の米国生活はクスリ漬けの日々だった」と関係者は言う。結局、翌87年の年の瀬に「覚せい剤取締法違反」で逮捕された。東京拘置所で60日間を過ごし、下された判決は懲役1年6月、執行猶予3年だった。
88年5月12日に繁美夫人と入籍した。「挫折と失意に打ちひしがれる彼を支えたのが、熱烈なファンだった繁美さんの存在だった」と当時の音楽関係者。翌89年7月24日は長男・裕哉が生まれた。
だが、その一方で女性スキャンダルもあった。
91年1月。雑誌の対談で知り合った斉藤由貴との不倫が発覚したのだ。「頻繁にデートを重ねていた」(雑誌記者)という。尾崎さんとの交際を問われた斉藤は「同志の関係」と名言を残した。「お互い才能を認め合い、励まし合う間柄だった」とは2人を知る芸能関係者。それだけに、尾崎さんの急死を告げられた時、斉藤は仕事先のテレビ局で号泣したと言う。
尾崎さんの死因については、今なお疑問視する声がある。「アルコールと薬物でのショック死では…」というのだ。しかし「薬物に関しては当然、警察も調べたはず。医者の診断書も出ている以上、噂話でしかならない」(井上レポーター)。急変する前、必死に看病する繁美夫人に対して、もうろうとした意識の中で「ゴメンネ」と繰り返していたという。それが、尾崎さんの最後の言葉だった。
亡くなって、5日目の4月30日。降りしきる雨の中、東京・文京区にある護国寺で「告別式」がしめやかに執り行われた。会場には、ヒット曲「I LOVE YOU」が流れ、全国から約4万人のファンが駆けつけ焼香をした。
尾崎さんが永眠する埼玉・所沢の狭山湖畔霊園や、尾崎さんのモニュメントのある東京・渋谷駅近くの渋谷クロスタワー(当時は東邦生命ビル)には、没後18年経った現在でも命日にはファンが集まり黙とうを捧げ、NHKでは尾崎さんの特集を放送し続けている…。
「自分自身に傷をつけ、血を流しているようなライブをやっていた」という尾崎豊さんをジュニアの裕哉が果たして越えられるかどうかは分からない。しかし、新しく始まるFM番組「CONCERNED GENERATION」では、「正しさとは何か」「人を愛することにどんな意味があるのか」「働くとは何か」といった、あまりにストレートで根本的なテーマを前面に掲げ、裕哉流の語り口でリスナーにメッセージを送っていくのだという。
いずれにしても、FMラジオらしくない番組になりそうな感じがするが…番組は10月2日から毎週土曜日の16時30分から放送される。

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