“時代の寵児”尾崎豊さん長男・裕哉がFMラジオのパーソナリティーで本格デビュー!!(上)

かつて”時代の寵児”"10代の教祖”と呼ばれたシンガーソングライターの尾崎豊さん。その尾崎豊さんのジュニア(長男)尾崎裕哉(おざき・ひろや)がデビューすることになった。それも”歌手”ではない。何と、FMラジオのパーソナリティーでデビューするというから驚きだ。21歳だが、まったくの素人。しかし、そこは”尾崎ジュニア”ということなのだろう。彼が一体、ラジオで何を語るのか大いに注目だ。
“尾崎ジュニア”の裕哉を起用するのは、テレビ東京系のFMラジオ局「インターFM」(エフエムインターウェーブ)。10月2日から毎週土曜日の16時30分にスタートする30分枠の新番組「CONCERNED GENERATION」にメーンDJとして登場することになった。
裕哉は、5歳の時から米国で暮らしてきた。文字通りの帰国子女である。現在は大学3年生だが、聞くところによれば、国際学生交流団体「日米青年会議」にも参加していたという(因みに、この団体のOBには宮沢喜一や橋下徹、茂木健一郎などがいる)。とにかく、人種・貧困・環境などの社会問題を「音楽」という手段で解決しようという志を持っているらしい。よくわからないが、若いのにしっかりしているらしい。
ところで、尾崎ジュニアを語るなら当然、尾崎豊さんを語らなければならないだろう。
父親である尾崎豊さんは、余りに早すぎる生涯だった。しかし、尾崎さんの死は、一般紙までが取り上げ、社会現象にまでなった。
尾崎さんの亡くなったのはゴールデンウィーク前の92年4月25日。
東京・足立区。周囲はまだ暗く静まり返っていた。聞こえるのは、新聞配達の自転車の音ぐらい。午前4時、民家の軒先の隅に泥酔し全裸姿のままで倒れている男性が近所に住む住民によって発見された。「不審な物音に気づいて出てみると、男性がうずくまっていた」という。この男性こそ尾崎豊さん、26歳だった。
青山学院高校を中退し、83年――18歳の時に「17歳の地図」でデビューした。大人社会への反抗の心情を歌に託して、特に10代後半の世代から支持を得ていた。
当時、マスコミは尾崎を指し「時代の寵児」「10代の教祖」といった表現で報道していた。しかし、まさか全裸でうずくまっていたその男性が尾崎さんだとは誰も想像できなかったはずだ。
発見した住民は、慌てて110番通報した。「軒先に全裸で倒れている男性がいる」。駆けつけてきた千住署員は、命に係る可能性があると判断、救急車を呼び病院に搬送した。午前6時のことだった。
病院には警察からの連絡で繁美夫人が駆けつけた。検査の結果、命には別状がないことが分かり午前8時、繁美夫人に付き添われて自宅マンションに帰った。異変は、それから2時間後に起こった。「突然、苦しみ始め、驚き慌てた繁美夫人が救急車を要請したんです」と当時を知る音楽関係者。しかし、すでに尾崎さんの呼吸は停止していた。
尾崎さんは、救急車で東京・文京区の日本医科大学病院に運ばれた。医師によって懸命な治療がほどこされたが午後12時6分、息を引き取った。死因は、肺に水がたまったための呼吸困難による衰弱死――肺水腫と診断された。
(つづく)