「大空と大地の中で」で東京厚生年金会館49年の歴史に幕!! “感謝と敬意を込めて…”ファイナリスト松山千春17曲熱唱!!

20100329163614.jpg20100330034336.jpg20100330034441.jpg20100330034417.jpg東京厚生年金会館49年の歴史のラストソングは「大空と大地の中で」。3月31日で閉館する東京・新宿の東京厚生年金会館のファイナル・コンサートが29日夜、行われ、フォークシンガーの松山千春が最後のステージに立った。「悔しい思いもある。寂しい思いもある。でも、今日は感謝と敬意をもって、49年間の東京厚生年金会館にありがとうの気持ちを込めて歌いたい」。千春は、無念の気持ちを露にしながらも力いっぱい同会館のファイナリストを務め上げた。
東京厚生年金会館は、社会保険庁が、厚生年金保険加入者の福祉増進を目的に61年4月にオープンした。しかし、赤字補填に税金が使われていることが問題視され、民間への売却が決まり、同会館はヨドバシカメラに約120億円で落札され、ホールは取り壊されることになった。今回のコンサートは、そういったことから「東京厚生年金会館ファイナル ファイナリスト松山千春」とタイトルされた。
千春は、デビューした77年の11月16日に同会館の小劇場(小ホール)で初めてコンサートを行った。その後、大ホールでコンサートを行ったのは79年4月14日のことだった。以来、同会館では73回のステージを行ってきた。
「オレにとって厚生年金会館はコンサートの原点。オレを育ててくれてきたところ」と言い切る千春は、「厚生年金会館で歌えることに感謝し続けてきた。全国には7つの厚生年金会館があるが、まさか自分が歌っている時代になくなるなんて思ってもみなかった」。
千春の地元、北海道の北海道厚生年金会館が28億円、大阪厚生年金会館と広島厚生年金会館は36億円、愛知厚生年金会館は65億円、九州厚生年金会館は20億円、そして、石川厚生年金会館に至っては、たった9億円で民間に売却された。その中で、東京厚生年金会館と愛知厚生年金会館が閉館。オリックスに落札された大阪厚生年金会館も3月31日で閉館となるが、買収したオリックスは今後のホール運営について明らかにしていない。
千春は、同会館を民間に売却されることになったことに「全て政治の力で、こういう形になった。改革、改革っていうけど一体、改革と言うのは何なのか? 国民に改めて問いたい」とした上で「所詮、こういったホールと言うのは儲かる商売ではない。そんなことは分っている。結局は国民1人ひとりが、もっと利口にならないとダメ。バカな国民(有権者)が選んだ政治家はバカばかりになる。バカな政治家ばかりで悔しさが残る」と、売却を決めた当時の“小泉政権”を暗に批判した。
「要するに、彼ら政治家は、厚生年金会館の歴史の場面場面を見ることがなく決めてしまった。それで終わってしまった。売ってしまった。ある意味では我々にも責任がある。我々がしっかりしていなかったことが大きな問題かもしれない」。
同会館では、さまざまなコンサートはもちろん文化事業なども含め通算1万4500回もの公演を開いてきた。最多の利用回数は、さだまさしの174回で、続いて高橋真梨子の117回、千春の73回は3位の利用回数だった。
「感謝の気持ちが大きい。そういった意味で、終わらせるのは自分しかないと思った。とにかく東京厚生年金会館が喜んでもらえればいい。きょうは、選曲も含めて東京厚生年金会館に敬意と感謝を示した」
 コンサートは、千春が、初めて同会館のステージに立ったときの1曲目「君のために作った歌」で幕を開けた。
当時の千春について、広島のキャンディープロモーション相談役の室田正則氏は「中ホールでのライブだったが、正直言ってたまげた。ニッカボッカーにサングラス姿でギターの弾き語りを始めた時は実にインパクトがあった。あの姿は今でも脳裏に焼きついている」と振り返った。
今回も、千春は弾き語り拘った。「おいで僕のそばに」「あたい」「あの日のままで」「これ以上」、そして「父さん」と、デビュー当時の懐かしい曲を歌い上げた。
そして、本編の最後は「大いなる愛よ夢よ」。アンコールでは「旅立ち」「銀の雨」「人生の空から」などを歌い、同会館のファイナル曲は「大空と大地の中で」を会場に詰め掛けたファンと大合唱、17曲3時間のステージを繰り広げ、東京厚生年金会館は49年の歴史にピリオドを打った。
同公演の模様は、5月1日午後8時からNHK衛星2で放送される。

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