事件から1ヶ月…。お騒がせ女優のルビー・モレノが六本木のクラブに“とらばーゆ”した!!

20090224032110.jpgフィリピン出身の女優、ルビー・モレノが東京・六本木のクラブに“とらばーゆ”する。知人を通して新しいクラブを紹介されたという。条件面でも店側と合意し、きょう26日から店に“登板”することになった。“災い転じて福となす”と言うが、モレノの新たなスタートは注目されるところだ。
モレノは1ヶ月前の1月下旬、アルバイトをしていた東京・上野のフィリピンパブで、店に暴力団関係者が頻繁に出入りすることに嫌気が差し、店を辞めようとして暴力団関係者とトラブルになった。「事件は、自分にとっても不幸な出来事だった」と振り返る。
モレノは、93年に映画「月はどっちに出ている」(崔洋一監督)に主演して一躍、大スターになった。同映画でモレノは「第36回ブルーリボン賞 最優秀主演女優賞」「毎日映画コンクール最優秀主演女優賞」「93年度 日本アカデミー賞優秀主演女優賞」「93年度 日本映画批評家特別賞」など、映画賞の主演女優賞を独占した。
しかし、その後、所属事務所の稲川素子事務所とトラブルを起こしたことで契約を解消。96年にフィリピンに帰国した。フィリピンでも女優活動をスタートし、10本の現地映画に出演したという。しかし、現実は甘くない。芸能活動は日本なんかよりフィリピンの方が厳しかったようだ。フィリピンでは2年間活動したものの、日本が恋しくなったモレノは98年に再び来日し、古巣の稲川素子事務所に頭を下げ再契約、再び日本で女優復帰した。00年には日本の商社マンと結婚している。
ただ、日本では芸能活動は甘くても、逆に“女優”と言うだけでは生活が厳しいのも現実。ダーティーなイメージは、なかなか拭いきれない。モレノの場合は「日本語で演技が出来る東南アジア出身の女優」として、各方面から重宝されてはいたものの、大きな仕事にはなかなか巡り合わなかった。ギャラも比較的安く、女優と言うだけでは生活が出来ない。いつの間にか“あの人はいま”状態になってしまった。このためクラブに働きに出ていたようだ。
もっとも、モレノはクラブで働くことについて「生活だけのためではない」と断言する。「女優として日本で活動していく上で、日本語を勉強するのは重要なこと。日本語が出来なければ、仕事も入ってこない。そういった意味で、クラブで働いていると生きた日本語を学ぶことが出来る」という。
彼女なりに苦労してきたのだ。で、モレノが、自らの新天地として選んだクラブは、六本木の交差点から50m溜池の方向に歩いたところにある「ジャポネーズ」。同じビルには、女子大生専門のキャバクラや、雑誌「小悪魔アゲハ」の人気モデルらが揃っている店などが入居している。
先日、そのクラブのオーナーから「一緒に会ってほしい」と言われ、イタリア・レストランで会ったが、42歳とは思えないプロポーションだった。いや、プロポーションばかりではなく表情も明るかった【写真】。とにかく、スキャンダラスなオーラが出ているのがいい。やはり、陰のある妙齢の女優は酒が似合う? 
「異次元に来たような日本風の店内で大好きになりました。店内では、生歌のライブもやっていて、私の方からお願いしました」とモレノ。
モレノは「1人でも多くのお客さんと知り合いになりたい。(店では)歌も歌います」と意欲満々だ。
因みに、クラブとは言え、料金も指名料を入れても90分で2万円前後とリーズナブル。