アゲマン女房・清里めぐみのお陰!? 滝田洋二郎監督「おくりびと」がアカ デミー賞外国語映画賞受賞!!

滝田洋二郎監督の「おくりびと」が、米映画界最大の祭典「第81回アカデミー賞」で“外国語映画賞”に選ばれた。日本作品の「アカデミー賞」受賞は02年度に「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督)が長編アニメーション賞を受賞して以来、6年ぶり。
「おくりびと」は、国内外で高い評価を受けてきた。
それにしても、アカデミー賞の受賞で日本中が大騒ぎである。おそらく、明日のスポーツ紙やテレビのワイドショーは「おくりびと」一色になるに違いない。こんな日に、ネタを仕込んでいた所は話題にもならない。
ところで、滝田洋二郎監督は、元々は、ロマンポルノの監督だった。「痴漢電車」シリーズなんかを撮っていた。で、86年に清里めぐみを起用して「はみ出しスクール水着」を撮り、公開後に、その清里と結婚してしまった。結婚してからは、一般映画に進出「コミック雑誌なんかいらない」の監督をして話題になった。「木村家の人々」「病院へ行こう」「僕らはみんな生きている」「眠らない街 新宿鮫」「シャ乱Qの演歌の花道」「お受験」「バッテリー」、そして「おくりびと」…。振り返ってみると、滝田の監督した映画はコケたものがない。大したものである。やっぱり、清里はアゲマンだったのかもしれない。
清里は85年に日活ロマンポルノでデビューした。「はみ出しスクール水着」の他「美姉妹肉奴隷」とか8本の作品に出て引退した。
彼女は、山中千多枝という名前で、町田に住んでいたが高校時代から児童劇団で芸能界を目指していた。当時のマネージャーは三原順子を担当していた秋山さんという人だった。それが三原を乗せた車が事故を起こし、秋山さんは入院。その後、退院してきたら山中千多枝にゾッコンになっていた。当時、3人で何回会ったことか。「プロモーション用に使いたいから、彼女の写真を撮ってくれ」なんて頼まれ、池袋の西口にある公園や、新宿の西口公園なんかで、写真を撮ったものだ。今になれば懐かしい。それが、気づいたら「清里めぐみ」の名前で日活のロマンポルノ女優としてデビューしていたんだから驚いた。さらに、滝田と結婚したと聞いてさらに驚いた。
しかし、今考えたら、滝田の監督としての転機は、やっぱり清里めぐみとの結婚だった。彼女は、女優としてはイマイチだったが、実はアゲマンだったのだ、彼女は…。