羽賀研二の破天荒人生!! 女性実業家からは数千万円もの借金。アンナとペアヌード写真集 も…(下)

「北海道で家族会議を開いて、父(梅宮辰夫)に羽賀研二さんと真剣に交際していることを話しました。父も交際を許してくれました」
94年9月14日、羽賀研二が出演する舞台「マイ・フェア・レディ」を東京・丸の内の帝国劇場で観劇した梅宮アンナは、堂々と交際宣言をした。
アンナの交際宣言を報道陣から聞かされた羽賀は
「梅宮さんに呼ばれれたら、夜でも朝でもいつでも飛んでいきます」
と喜びを表現した。「嬉しい」を連発しながらも、結婚に関しては「今の段階では何とも言えない」と名言を避けたが、アンナに対しての真剣な気持ちについては「梅宮さんに会って話したい」と語った。
しかし、交際宣言して僅か数ヶ月で“破局”の噂が出るのも羽賀らしい。
破局の原因は、やっぱり羽賀の女性問題だった。だが、アンアは、破局の噂を一蹴した。
94年12月19日に、仕事先のハワイから帰国したアンナを成田空港で報道陣が取り囲んだ。アンナは開口一番「前と変わらないお付き合いです」。アンナの左手薬指には、羽賀から贈られたという200万円の指輪が光っていた。
さらに、アンナは「お正月は(羽賀と)一緒に初日の出を見に行きたい」と惚気てみせたり、不在中に羽賀と梅宮パパが対面したことも明らかにするなど、破局の打ち消しに必死だった。また、女性問題に関しては「そういう問題は、付き合い始めた時から持ち上がっていた」と開き直ってみせていた。
そして、最後には
「(羽賀と)ケンカはします。でも、それって普通のことでしょ? みなさんは、恋人とケンカしたことないのですか?」
と、ワイドショーの女性レポーターに逆ギレする場面も…。
もっとも、この”破局説”に、梅宮パパは大喜びだったと言われる。
「アンナは認めてくれたと言っていますが、梅宮は実は面白く思っていない。いくら売れなくても、必死に努力しているタレントなら交際を認めるかもしれませんが、羽賀は、その筋に追われる何かと噂の多いタレントですからね」(芸能記者)。
梅宮パパは、12月20日に八丈島での番組収録を終え羽田空港に到着したところを取材陣に囲まれ、2人の交際について語った。それによるとアンナが不在中の12月14日に都内で食事をしたという。その中で
「昨日までの僕とは違う。借金は2年で全て返済する。女性問題は今後、一切起こしません」。
と、羽賀は涙ながらに約束をしたと言う。
実は、梅宮パパは2人の交際を頑固として反対し続けてきた。女性問題ばかりか、女性実業家から数千万円もの借金まである羽賀との交際を認めるはずがなかった。梅宮パパは、羽賀を「腐った橋」と例えて激怒もした。しかし、羽賀の“誠意”に柔軟になってきた。アンナの一途な恋心と、羽賀の“誠意”が、梅宮パパも心を動かしていった。
12月27日には、アンナは羽賀の実家がある沖縄を極秘に訪れるなど、「結婚は秒読みか」とも言われた。さらに95年3月6日には、篠山紀信の撮影による”ペアヌード”写真集「アンナ 愛の日記」(新潮社刊)まで発売した。
メキシコの高級リゾート地、カボサンルーカスで1月末に1週間かけて撮影した。ヘアーは「本人の希望で出せなかった」というが、キスしたり抱きあったり、2人の愛を描ききった写真集に仕上がっていた。
しかし、2人の熱愛も結婚には結びつかなかった。交際から5年――99年2月25日に、アンナは破局を明らかにした。「人生観の相違」という。アンナは「別々の道を歩むことにした」と心境を綴ったファックスを報道各社に送付した。巨額の借金を抱えた羽賀に愛想を尽かしたというのがホンネのようだった。
その後、羽賀はグラビア巨乳アイドルの桜庭あつ子との“熱愛”が発覚したのだった。

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