“お騒がせ羽賀研二”の事件簿!! 業界NO1の“巨砲”。女を口説くのは朝メシ前!! 梅宮アンナとの“熱愛騒動”(上)

懲役8年の求刑が、判決では「無罪」となったタレントの羽賀研二。
それにしても、羽賀の“お騒がせ”ぶりは、芸能界でも有名だ。だから叩かれやすいのか、批判されやすいのか。いずれにしても羽賀と言うタレントは、特異なキャラクターである。しかし、羽賀を語るなら、梅宮アンナとの“熱愛騒動”を語らずにはいられないだろう。
俳優・梅宮辰夫の愛娘・梅宮アンナとタレントの羽賀研二の交際は、梅宮を巻き込んだ交際騒動から2人のペア・ヌード写真集発売にまで発展、芸能界のホットな事件となった。
今から14年前の出来事である。当時、羽賀は松田聖子の“日本の愛人”とも噂になるほどのプレイボーイとして名を馳せた。その羽賀とアンナとが“怪しい関係”として話題に上り始めたのは94年6月のことだった――。
「当時、アンナはヴェルディ川崎の武田修宏との”熱愛”が話題になっていたが、その2人の関係に暗雲が漂い始めた。どうも、その原因が羽賀だと言われたんです。羽賀が武田からアンナを“略奪”したかと思われたんです」(芸能記者)。
結局、アンナと武田は破局した。が、そこに登場してきたのが羽賀だったわけだ。しかし、アンナと羽賀の間には大きな困難が立ち塞がった。アンナの父親、梅宮辰夫である。
梅宮は、武田との交際に関しては「いろいろな経験をした方がいい」と寛大だったが、羽賀との関係に関しては怒りを爆発させた。
「梅宮は、羽賀はまだタレントとしても1人前じゃないのに、とんでもないと言っているんですよ。でも、ホンネは違うでしょう。羽賀と言う男が、よからぬ噂が多いことを知っているからですよ」
と言うのは羽賀の友人。続けて「とにかく”ジゴロ”みたいな男で、お金になるんだったら中年のオバサンでも相手選ばずですからね」。
アンナとの関係の前に松田聖子と噂が出た時は、羽賀は「日本のジェフ」とも言われた。ジェフとは聖子と交際していた米国人、ジェフ・ニコルスだが、羽賀は「噂になっただけで単なる聖子の“浮気相手”だったと言った方が正しかった。とにかく、甘いマスクに加えて言葉巧み。しかも、業界NO1の巨砲とも言われていました。女を口説くのは朝飯前という感じだった」
そう話すのは、羽賀の知り合いの某プロダクション女性マネジャー。
そんな男とは知らないアンナ。テレビの番組がキッカケで知り合った羽賀のアタック攻撃にタジタジ。94年6月21日に東京・六本木の「M」というレストラン、そして、その2日後の6月23日には、同じ六本木のショーパブ「K」でデートしているところが目撃された。
「とにかく言葉巧み。梅宮パパに愛情を持って育てられてきたアンナは疑うことを知らないから、羽賀の誘いを断ることが出来ないでズルズルきた。しかし、羽賀との関係が梅宮の耳に入るのは時間がかからなかったんですよ」(映画関係者)。
羽賀は、梅宮パパに対して憶面もなく「お嬢さんとマジメに交際させて下さい」と申し込んだと言われる。しかし、梅宮パパは「お前のような中途半端な男が、10年早い」と烈火の如く怒鳴り散らしたという。
94年7月4日。梅宮は、2人の関係を記者に問われ、東京・渋谷の自宅前で急きょ、記者会見を開いた。梅宮は、
「羽賀の方からアプローチがあったことは、娘の友人から聞かされた」としたが「娘からは何も話を聞いていない」と憮然とした表情。
さらに「(羽賀に対して)10年早いなんて言った覚えはない」と怒りを露にしていた。
しかし、羽賀との関係については、梅宮とアンナとの間で何らかの話し合いが持たれたという。9月14日、アンナは羽賀との交際を認める発言をした。さらに「父も(交際を)認めてくれました」と断言した。
(つづく)

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