山口・光市母子殺害。死刑の是非より日本古来の「仇討ち」の復活を!死刑執行は遺族の手で!!

山口県光市の母子殺害事件で、最高裁による差し戻しを受けて広島高裁は、犯行に及んだ当時18歳だった被告に死刑を宣告した。最高裁が「死刑相当」とした、差し戻し控訴審判決だっただけに、死刑宣告は十分に予想できたことだ。
それにしても被害者遺族の本村洋さんの精神力というのはたいしたものだと思った。例えば、記者会見での本村さん。取材陣の質問に対して自分の考えを的確に答えるというのは、なかなか出来ないことだが、本村さんの答弁は実に見事だった。しかも、表情を何一つ変えずに、淡々と胸のうちを語る。しかし、その応えは冷静で、感情に流されていない。被害者弁護団の安田弁護士とは大違いだった。人権擁護の弁護士なんかより、本村さんのは術の方が説得力があり、よっぽど重みがあった。この際だから被害者弁護士は、本村さんに授業料を払って話し方の勉強した方がいい。
ところで、今回の死刑宣告で、死刑の是非がクローズ・アップしたが、現実として国民の7割以上が死刑制度を支持している以上は、その流れは変わらないだろう。今回の判決にしても、おそらく国民の7〜8割は「妥当は判断」と思うはずだ。来年からの「裁判員制度」とは関係のないことだ。しかし、やはり、現実に厳罰が「無期懲役」と「死刑」の間に何もないのは問題だろう。やはり、米国のように、懲役50年、100年とか、刑期の見直しも必要だし、「死刑」とは別に、やはり、これまで何度も言い続けてきたが、日本古来の「仇討ち」を復活すべきだろう。例えば今回のケースでも、本村さんが望むなら「仇討ち」を容認すべきだ。仇討ちだから、被告を煮ようが焼こうが本村さんに任せる。被告が命乞いをして、万が一、本村さんが、仇討ちの途中で「許す!」と言ったら、それで刑は執行したことになる。とにかく、被害者に対して仇討ちをする権利を与えることをもはや検討すべきだろう。
いつだったか、鳩の遺伝子を持つコンパスMANが、死刑の執行で「ボタンを第三者の刑務官が押すのはおかしい」ととっていたが、これも、その通りである。死刑執行には被害者の遺族、あるいは親族も同席させ、ボタンは遺族、あるいは親族など血縁者に押させるべきだろう。もし遺族や親族が「押せない」と訴えるなら、死刑執行は中断、あるいは中止である。
来年からの「裁判員制度」は、絶好の機会。この際に刑罰についても再検討すべきだろう!