松田聖子が曰くの沖縄で24年ぶりコンサート。聖子が沖縄で味わった事件とは…㊥

松田聖子を襲った犯人が、犯行に使用した金具は、スチール製の机など事務商品で物品を区分けするのに使う「仕切り用」の薄い金属板だった。関係者によると「舞台下から贈り物を渡すような様子でステージに近づいていった」と説明しているのだが、警備に不手際があったことは否めない。
聖子は車で那覇市内の病院に運ばれ、レントゲン検査などを受けたが、頭を打撲した程度で骨には異常はなく大事には至らなかった。聖子は、そのままホテルに戻った。
当日は、地元のテレビ局「沖縄テレビ」(フジテレビ系)が収録していて、83年5月1日に同局の特番「松田聖子21歳の出発」として放映する予定だった。
また、同コンサートには日本テレビもカメラを入れていて、午後8時過ぎから生放送の「ザ・トップテン」で生中継する予定だった。しかし、事件で観客が騒ぎ出し、場内はファンの悲鳴で騒然となったことから、主催者が場内のファンに事情を説明、公演はそのまま中止となった。このニュースは、午後8時からの「トップテン」で流されたため、東京・麹町の日本テレビには、聖子のケガを気遣う全国のファンからの問い合わせが殺到し、回線がパンク状態になったという。
「実は、事件の瞬間を撮ったのは沖縄テレビだったんですが、その収録した映像を日本テレビが現場で手に入れ、最初に流してしまった。沖縄テレビはフジテレビの系列ですから、面子は丸潰れですよ。聖子の殴打事件の裏では、テレビ局同士の壮絶なバトルも繰り広げられた」(関係者)。