“歌舞伎町のトシマ殺し”の異名を持つ産経新聞「日光通信部」昌林龍一が本社社会部に異動だって

内輪ネタになるが、産経新聞の「日光通信部」で、1年間も自由奔放な生活をしていた昌林龍一が、何と9月1日付で本社の社会部に異動してくるという。
夕刊フジからネット関連の事業に異動し、ついには日光通信部。僅か、2年ぐらいの間にいくつも渡り歩いていた。
で、やっと日光に定着した。日光では温泉巡りや猿を追いかけていたのだろう。ただ、取材部員は昌林1人。基本的には毎日毎日、日光市役所を徘徊するのが日課だったそうで、休みの日も何が起こるか分からないから、赴任してから1年、1度も日光市内から出たことはなかったようだ。そんな生活、普通だったら「冗談じゃない」と投げてしまうのだが、彼は違った。何と、日光での生活を十分にエンジョイしていたのだ。
「もう2年ぐらいはいたかった」
なんて実にノー天気だった。
とにかく、彼の怖いのは、オタクにも近い粘着質な?取材力である。何と、日光で僕の知り合いだった女性と知り合ってしまった。思わず、背筋が寒くなった。
ある時、昌林から携帯がかかった。
「なべさん。今、隣にナベさんの知り合いがいるよ」
何と…、電話口に出た女は、もう連絡を取ることがないと思っていた女だった。
その女、中学を卒業後、歌手を目指していたが、男に騙され挙句の果ては挫折。その後、出来ちゃった結婚して子供を生んだが、ダンナとはうまくいかず、結局は離婚…。まるで演歌の世界の女のようだが、何故か日光にいた。もう15年以上は話してなかったが、何故か声だけは覚えていた。
「何で、そこにいるのさ!」
「何で昌林となんか知り合うのよ!」
何でも、カラオケ・スナックに行ったら、彼女がバイトしていて、話しているうちに、僕の話で盛り上がったらしい。が、そんは馬鹿げた話があるか!それにしても世の中、何処で何が起こるかわからない。恐るべし昌林だった!!
その昌林が「社会部」っていうのも妙な人事。もっとも、かつては「内閣官房調査室」にいた男だけに生命力だけはある!?
そういえば、かつては、夜の歌舞伎町で”歌舞伎町のトシマ殺し”(殺人ではない)の異名を持っていた。もしかして、これからは歌舞伎町が彼の取材拠点になるのだろうか?

※写真=この男が「社会部記者」に…。
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