相澤秀禎会長は初心に戻りサンミュージックに“アイドル”と“ミュージック”を取り戻したかった!? “さんみゅ〜”初単独ライブ!!

サンミュージックグループの相澤秀禎会長(23日逝去=享年83歳)が”最後”に手がけた8人組アイドル・グループ――さんみゅ〜が東京・半蔵門のTOKYO FM HALLで初の単独ライブを行った。サンミュージック46年の歴の中で初めて手掛けるアイドル・グループ。桜田淳子、香坂みゆき、太川陽介、松田聖子、早見優、岡田有希子、酒井法子、桜井幸子、田村英里子、安達祐実、ベッキー…サンミュージックからは時代と共にアイドルが産まれてきた。やはり相澤会長は、もう一度、サンミュージックに”アイドル”と”ミュージック”を取り戻したかったのだろう…。ある意味では相澤会長の意地だったのかもしれない。さんみゅ〜が売れるかどうかは、彼女たちの頑張り次第だろうが、彼女たちは曰く
__.jpg
「(相澤)会長さんは、私たちのことをいつも気にかけてくれて、今日のワンマンライブをすごく楽しみにしてくださっていた…。見てもらえなくてすごく悲しい。でも、いつまでも泣いていても喜んでくれないと思うので会長さんに届くよう、明るく元気にさわやかに歌いたい」
__.jpg
「会長さんは『全国の方に愛されるアイドルになってください』とおっしゃっていた。 (年末には)そうなったよと報告出来るように頑張る。レコ大の新人賞を狙います」
どうせなら「紅白」も狙ってもらいたいのだが…。

警察のマスコミ向けパフォーマンスだった!? 土曜深夜の茶番。六本木のクラブ「VANITY」が風営法違反で摘発…

__.jpg__.jpg__.jpg今や東京の新名所にもなっているだろう六本木の大型ラウンジレストラン(俗にグラブとも言っているが)「VANITY LOUNGE」(今年2月からラウンジはレストランに変更したというが…)に警視庁の捜査員が入った。風営法違反での摘発だと言う。警視庁突入の際にはテレビ各局や一部の新聞社も賑やかしとして”動員”され、週末未明の一大パフォーマンスが繰り広げられた。
「VANITY」は六本木ロアビルの最上階(13階)にある。241坪もの広さを誇るレストランで、米ニューヨークで人気No.1のクラブデザインを再現したラグジュアリーなソファスペースや、ヴーヴ・クリコカラーに彩られたロイヤルVIPルーム、さらには大人の雰囲気漂うカラオケ付き個室…。店内は360度、足下から天井までガラス張りの空間となっている。外を見渡せば東京タワー、六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、そして東京スカイツリーと絶景が広がる。ターゲットは10街後半から20代の学生やOL、ビジネスマン、そして50代、60代の遊び慣れたオトナだという。
ただ、男性だけの客は規制され、カップルの場合は女子はタダだが男性は有料。女性は全てタダというのが基本。
表向き、241坪の広さに店員は700〜800人としているが、実際には2000人、3000人は当たり前。警視庁の捜査員が入った日も週末の土曜日の深夜とあって3000人以上が入っていたようだ。逮捕者は7〜8人だったようだが、逮捕の前に客を店外に出したが「どれだけ…」というぐらい入っていた。
ところで、この「VANITY」をプロデュースしたのは、東京・麻布十番にある「RUBY」だという。「RUBY」は、ファッション専門エンターテイメント・チャンネル「fashion tv」のオフィシャルレストランバー「f・BAR」など都内に3店舗を展開する飲食店らしいが、「VANITY」の実際のオーナーはMという人物らしい。
それはともかく、「VANITY」に対しては、「何で、VANITYだけが摘発されないのか…」と言った批判が周囲の飲食店やクラブからあった。警視庁はもちろん警視庁麻布警察署にも、同種の質問状が届いていたらしい。そんなことから、どこからともなく「VANITYには強力なバックがついているんじゃないか」とか「踏み込めない事情があるのでは…」と言われるようになった。
それが…。しかし、結論から言ってしまえば、今回は「警視庁のパフォーマンスだったのでは」といった声が多い。テレビ各局や新聞社の記者が大挙して取材したにも関わらず、何故か報道されないのも不可思議だし、もっともDJとか店員を一応、逮捕したようだが、パッとしない連中ばかりである。そもそもが主犯が逮捕されていない。これじゃ摘発した意味がないんじゃ…。結局は、深夜の六本木を大騒ぎにさせただけの単なるガス抜きパフォーマンスだと言われても仕方がない。
クラブに詳しい関係者言う。
「どうも、VANITYというのは飲食ではなく興行で届出を出しているようなんだよ。台場のアゲハもそうだけど、興行での届出の場合は警察ではなく東京都なんだ。だから、警察も消極的になっているようなんだ」。
そういうものなのか…?
今回の「VANITY」摘発は、時間外にダンスホールとして営業していたとか、店周辺のトラブルを放置したとか、いろいろと理由をつけているようだが…。ま、適当な人間を差し出させて逮捕し、「ちょっと我慢しておけ」と、場合によっては営業を停止させて、適当に幕引き…ってことに違いない。だとしたら、やっぱりVANITYと警視庁は何らかの関係があると思われてもしょうがない。
それにしても、ここ数年というもの、こういった騒動は新宿や池袋より六本木ばかりだ。ま、歌舞伎町も「24時間眠らない街」とか言われたが、そんなの昔の話。今や活気のない快楽街だ。そういった意味で、今は六本木が日本最大の繁華街ということになるのかもしれない(もっとも歌舞伎町のようにまとまってないが…)。
 「それが六本木なんだよ」というクラブ関係者は言う
 「芋虫のような猪瀬都知事は交通を終日運転させるとか、年内には渋谷と六本木の間は24時間バスを運行させると言っているが、そう言って若者を深夜の六本木に集めておきながら、その一方で若者の集まるクラブを摘発しようとする。まさか、若者が集まればカラオケにでも行くと思ってんじゃないだろうけど…、発言するのは自由だけど実に無責任だろ。猪瀬も警察も、みんなパフォーマンスばかりやっていたら、この国はおかしくなっちゃうよ」。
 いろいろ意見はあるだろうが、ただ言えることは、この法治国家なんだから茶番はよくない。

サンミュージックG相澤秀禎会長“最後のコメント”が明らかに…森田、西郷、はるみ、聖子、ベッキーら追悼コメント

サンミュージックグループ代表取締役会長・相澤秀禎氏(享年83歳)が、亡くなる直前に記した「サンミュージックグループ タレント及び社員の皆さんへ」と題したコメントが明らかにされた。

皆さん、日々のお仕事お疲れさまです。
皆さんには僕の病気治療で大変心配をかけました。とても申し訳なく思っています。
一日でも早く健康を取り戻し、また皆さんと一緒に仕事をしたいと治療に専念してきましたが、難しくなりました。
サンミュージックがスタートしてから46年間、今まで本当にたくさんのタレントさん、社員の皆さんに助けてもらい、今日までやってくることが出来ました。
いろんな事がありましたが、全てのことがとても素敵な思い出になっています。
一人一人に会ってお礼を言いたかったのですが、それも叶わないようです。
皆さんと一緒に仕事が出来たことは幸せでした。皆さんのお陰で楽しく素晴らしい人生を送ることが出来ました。感謝しきれません。本当にありがとうございました。
僕がいなくなっても皆さんがサンミュージックを盛り立てていってくれることを分かっているので安心しています。相澤正久社長、タレントの皆さん、社員の皆さんが一つになり、これからもサンミュージックの一員として力を合わせて頑張って欲しいと願っています。
皆さんはこの先もずっと僕の大切な家族です。皆さんの活躍をこれからも見守っていますね。
皆さんと出会えて一緒に仕事が出来本当に幸せでした。皆さん、ありがとう!

平成25年5月
サンミュージックグループ
会長  相澤秀禎

【主なタレントからのコメント】
本当に相澤会長は愛情があり包容力のある人で残念でなりません。まさしく今の私があるのは芸能界の育ての親である会長のお陰です。まだまだ元気でいて欲しかった。本当に残念です。
森田健作

都はるみを育ててくれた恩人が天国へ逝ってしまいました。いつも元気な笑顔で迎えてくれる姿に力を頂いてました。もう一度、お礼を言いたかったです。さみしいです。
都はるみ

鹿児島からの家出少年を世に出して下さった恩人、相澤さん。
「もう駄目かもしれないけど、輝ちゃんとはいい思い出ばかりでありがとう」
公演中の博多で聞いた最後の電話。
26日には東京に帰るから待っててね。23日まで頑張ってくれたんですね。
僕も「相さんありがとう」って心から感謝の声を送りたい。
50周年を迎えた今、僕にとって、やはりあなたが一番大きな存在です。
西郷輝彦

相澤会長とは、自分が16歳の時からお世話になり、芸能界の父親的な存在でした。当時はまだ小さな事務所でしたが、共に大きくなるサンミュージックを一緒に見てきました。
アメリカ留学も経験させていただき、そこで新たな自分を発見することが出来ました。今の自分があるのも相澤会長のお陰です。本当にありがとうございました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
野村将希

あまりの悲しみにまだこの現実を受け止めることが出来ず言葉になりません。今はただ、相澤会長様のご冥福を心からお祈りするばかりです。
松田聖子

突然の訃報にただ驚くばかりです。
年始のご挨拶でお会いした時にはいつもと変わらぬお元気な会長でした。
今想えば、当時中学生のレッスン生だった僕をプロダクションのタレントに引き上げて下さったのも会長さんでした。
とても忘れることの出来ない恩人の方です。
感謝の言葉はとても一言ではあらわすことは出来ません。
今はただご冥福をお祈りするばかりです。
塚本高史

相澤会長。
私を芸能界へと導いてくださり、ほんとうにありがとうございました。
私の芸能活動のすべてを見守ってくださった会長にもうお会いできないと思うと寂しいです。悲しいです。サンミュージックプロダクションの太陽をひとつ失った想いです。
ライブ後や、番組の放送後にかけてくださった優しいお言葉。そして見せて下さった笑顔、すべてが宝物です。
病室で握った会長の手の温もり、会長がいつも抱いている心の温もり、忘れずにこれからも歩んでいきます。
大きな出会いをありがとうございました。
深く、深く、感謝しております。
心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。
ベッキー

お騒がせランナー“M高史”が「谷川真理駅伝」で川内鮮輝とコンビを組み猫ひろしと対決!!

__.jpg埼玉の春日部市で開催された「春日部大凧マラソン」で、埼玉県職員の公務員ランナーの川内優輝選手に似た格好で10キロレースに出場し何かと物議をかもしたお笑い芸人の“M高史”が、26日に東京・板橋区の荒川河川敷で開催される「第9回谷川真理駅伝」にゲスト出場、川内優輝選手の弟で、やはり市民ランナーの川内鮮輝(よしき)選手にタスキをつなぐことになった。同駅伝にはロンドン五輪に出損なった猫ひろしもM高史とは別チームでゲスト参加することになっている。
M高史は、駒澤大学時代に陸上部のマネジャーをやっていたほどのマラソン通で、これまでも各地の大会に出場してきた。その関係もあって女子マラソンの谷川真理選手と親交があった。そういったこともあって公務員ランナーの川内優輝選手とも知り合ったという。「実は、(女子マラソンの)谷川真理さんから紹介されたんです。1年半ぐらい前だったんですが…、赤羽で開かれた谷川真理ハーフ・マラソンに川内さんが出場していたんです。もちろん川内さんが優勝したんですが、その時に、僕はスタッフとして川内さんのゴールテープを持っていたんです」。
川内選手と親交を深める中で、川内選手の弟の鮮輝選手とも仲良くなった。
驚くなかれ、その鮮輝選手は今年3月24日に行われた「古河はなももマラソン」では2時間22分54秒の好タイムで初優勝している。こういったことから今回、谷川選手の口利きもあって「谷川真理駅伝」にゲスト出場することになったようである。
駅伝は、板橋区の荒川河川敷のなだらかなコースで健脚を競う。20キロを4人のランナーがタスキを繋ぐもので「1人が5キロ走る」という。M高史は、3区を走るそうで元ヱスビー食品のマラソン選手で、現在は“走る修行僧”の異名を持つ俳優の西田隆雄(にしだ・りゅうい)からタスキを貰い、アンカーの鮮輝選手に繋ぐと言う。
鮮輝選手は埼玉県立春日部東高校から國學院大学に進み今年4月に共立印刷に入社した。初マラソンとして出場した「第1回サンケイスポーツ古河はなももマラソン」で見事に優勝し、優輝選手と「兄弟ランナー」として注目されている。M高史は「2人とも仲良くさせていただいてます」と言い、今回の騒動で「さらに親交が深まった」とも。
また、M高史は、現在は「お笑い芸人」として活動する一方、東京・秋葉原にあるアイドル系のライブハウス「AKIBAエンタメ★ステージ」の副店長を務めていることから「正直言って思ってもなチャンスです。宝くじで1000万円を引き当てた感じですかね」と言い切る。同店ではニコニコ動画の生放送をしているが、M高史は番組にも積極的に登場している。
「M君はモノマネといってもアーティスト系が得意なんです。特にB’zやL’Arc〜en〜Ciel、平井堅などのマネはピカイチと言います。最近はディルアングレイにもチャレンジしているようですけど…、ただ今回の騒動以来、走る仕事の方が増えているようですね。ま、どっちにしても騒がれるのも今のうちです。そろそろ賞味期限気味なので、騒がれている今のうちに本来の芸人として話題を集めてもらいたいものです」という意見もあるのだが…さて。

【訃報】森田健作、桜田淳子、松田聖子、酒井法子などの生みの親・サンミュージックの相澤秀禎会長逝去。さんみゅ~は追悼ライブ…

サンミュージックプロダクションの相澤秀禎(あいざわ ひでよし)会長が23日午後10時27分に入院先の都内病院で膵臓がんのために亡くなった。83歳だった。
バンド上がでマネジャーとしては佐川満男を発掘。その後、西郷輝彦などもデビューさせ「星のフラメンコ」などヒットさせた。1968年にサンミュージックプロダクションを設立。千葉県知事の森田健作氏や桜田淳子、松田聖子、太川陽介、岡田有希子、早見優、酒井法子、桜井幸子、安達祐実、ベッキーなど70~90年にかけて次々にトップアイドルを育ててきた。また、演歌でも都はるみ、牧村美枝子、川中美幸などを育てるなど、芸能界を盛り上げてきた。昨年から今年にかけては8人組アイドルグループの“さんみゅー”を自ら手掛け、今年1月にメジャー・デビューさせていた。奇しくもその“さんみゅ~”は、5月26日にTOKYO FM HALLで初のワンマンコンサートを予定している…文字通りの“追悼ライブ”になりそうだ。
森田氏は相澤会長の訃報に「昨夜、電話を受けた時は頭が真っ白になった。相澤会長には本当にお世話になってきたので残念でならない」と語っていた。
通夜は5月28日午後6時から、葬儀・告別式は5月29日午前11時から執り行い、13時に出棺する。場所は東京・青山葬儀所でサンミュージックグループと相澤家の合同葬として執り行うという。喪主は妻の相澤てるさん。葬儀委員長はサンミュージックグループの代表取締役社長・相澤正久氏。

イエモン、河口恭吾…FM NACK5が日本クラウン前社長の佐藤智則氏を偲んで26日に特番

前日本クラウン社長の佐藤智則氏(4月19日逝去=享年59歳)を偲ぶ音楽特番が26日午後4時から埼玉のFM NACK5で1時間に亘って放送されることになった。
佐藤氏は77年に日本コロムビア㈱に入社。90年に同社でJ-POPの新レーベル「TRIAD」を立ち上げた。その後、同社の子会社として「㈱ヒートウェーヴ」を設立、ビジュアル系のロックなども含め次々にアーティストを育て上げてきた(THE YELLOW MONKEY、ミッシェル・ガン・エレファント、ピチカート・ファイヴ、MALICE MIZERなどがいた…)。
しかし、01年に日本コロムビアを退社、㈱ワーナーミュージック・ジャパンに入ったものの04年に退社し、05年に日本クラウンに㈱に入社。社長付執行役員エグゼクティブプロデューサー、執行役員第二制作本部長などを歴任、05年に6月に取締役に就任した。06年には常務取締役第二制作本部長となり、10年に同社三代目の代表取締役社長に就任していた。
そういった佐藤氏の死を悼み「持ち味の明るい性格、しかし、音には厳しい姿勢で向き合う、独特のスタイルで90年代の日本のロックを牽引してきた一人と言っても過言ではない。そのプロデューサーの功績をたどり、これからの音楽業界の発展にエールを贈る番組を編成した」と番組制作担当者
番組は「Beats Are Alright~ある音楽プロデューサーからの贈り物~」のタイトルで60分番組として放送すると言う。進行は長谷川雄啓(放送上は名前を述べない)。
番組自体は佐藤氏がこれまでに発掘・育成してきたアーティストや楽曲で構成していく。
「MAN WITH A MISSION/FLY AGAIN」(11年)
「レッドウォーリアーズ/ルシアンヒルの上で」(87年)
「thee michelle gun elephant/バードメン」(97年)
「河口恭吾/桜」(03年)、「Metis/母賛歌」(08年)
「コレクターズ/世界を止めて」(93年)
「水戸華之助&エレカマニア/グライダー、虹へ」(93年)」
「イナズマ戦隊/応援歌」(03年)
「坂本サトル/天使達の歌」(99年=生演奏)
「ZIGZO/ひまわり」(99年)
「THE YELLOW MONKEY/JAM」(96年)
など、それぞれのアーティストのコメントを織り交ぜながら進行していく。

ライブ直後に楽屋で40度の高熱で意識不明!? ディルアングレイのボーカル“京”緊急入院!!

人気ロック・グループディルアングレイのボーカル”京”(年齢不詳)が16日夜に東京・新木場のSTUDIO COASTで行われた2DAYS公演で喉に不調を訴え、公演後に都内の病院に搬送され緊急入院していたことが分かった。「扁桃炎」と診断されているが40度以上の高熱は落ちておらず、懸命な治療が続けられている。24日には東京・渋谷公会堂での公演も控えている。
image0025.jpg
ディルアングレイは、アルバム「THE UNRAVELING」の発売に合わせ、4月5日の東京ドーム・シティ・ホールを皮切りに全国6都市で全11回のツアーを繰り広げ、15、16日のSTUDIO COAST公演がファイナルだった。そう言った中、関係者によると5月13日の早朝に40度の高熱で倒れ病院に運ばれ「扁桃炎」と診断されたと言う。病院からは「絶対安静」とドクターストップがかかったものの、京は「今回の公演は中止出来ない」と点滴治療の応急処置で公演に挑んだ。
最終日の16日の公演直前も40度の熱は下がらず、楽屋で点滴を打ちながらライブを強行したという。ステージ関係者によると、ライブ中に意識もうろうとなり、何度もステージ上に倒れたため「コンサートの中止も検討した」というが、京本人の気力で最後までステージはやり切った。しかし、楽屋に戻った途端に意識不明の状態になったことから病院に緊急搬送された。
京は、09年4月に「声帯炎(せいたいえん)」ならびに「喉頭浮腫(こうとうふしゅ)」で公演を延期した。その後、昨年1月の大阪城ホール公演後に「声帯結節・音声障碍」で音楽活動を休止、3〜4月に決まっていた北米ツアーをキャンセルした。昨秋から活動を再開していたものの「症状は改善に向かっていたが、完治し切れていなかったのかもしれない」と所属事務所では言う。
入院後の状態は、40度の高熱は下がっていないものの「意識はある」そうで、医療チームは「数日間は絶対安静が必要」と断言している。ただ、24日には東京・渋谷公会堂で最新アルバム購入者対象のスペシャル・ライブを予定している。事務所関係者は「延期もやむを得ない」としているが、京本人は「ファンが楽しみにしているライブ。その日に予定を組んでいたファンもあるだろうし裏切れない」と意欲を見せていると言う。
ディルアングレイは「世の中の矛盾や人のエゴから発生するあらゆる痛みを世に伝える」ことをコンセプトに97年に結成した5人組。インディーズ時代からコンサート中心の活動を続け、ビジュアル系ロックの雄として圧倒的な人気を誇っている。デビュー以来、リリースするシングル、アルバムは全てオリコン・チャートで上位入りを果たしている。今回のアルバム「THE UNRAVELING」もオリコンで初登場3位(4月15日付)にランクされていた。
音楽活動の幅はヨーロッパから全米に広がっていて、英国の老舗ロック誌「KERRANG!」の表紙に京が日本人アーティストとして初めて登場し大きな話題を呼んだ。また、米ビルボード誌では「異色の日本人ロック・グループ」として異例の大特集もされている。今年、結成16年目を迎え、6月には欧州ツアー、その後には大規模な全米ツアーも控えているなど強硬なスケジュールが組まれている。

気づいたら三周忌を迎えるTAIJI…「徹底的に真相を究明したい!!」 婚約者が新たな決意で特設サイトを立ち上げ!!

早いものである。元XのメンバーでベイシストのTAIJI(本名=沢田泰司)が亡くなって、もう三回忌を迎える。思えば、TAIJIが亡くなってから何が明らかになったか?「名誉棄損」で【ヘッドロック】が訴えられたが、どう考えても、その裁判は単なる口封じだったような気がする。要するに、TAIJIの死には不可解なものが多く、探られたくない勢力があると…思わざるを得ない。
正直言って、これまで【ヘッドロック】に対しても「この一件にはかかわらない方がいい」と、忠告してきた仲間もいたほどである。これは一体何なのか?ハッキリ言って、マスコミも関わろうとするところは少ない。事情はどうであれ、日本人が渡航先のサイパンで亡くなったというのに…。しかも謎の死である…。これは「サイパン・マラソン」だとか、「ミス・サイパン」なんて浮かれたことなんて言っていられない。
そういった中で、TAIJIの死について、数々の苦難に耐えて現在でも「納得できない」と真相を明らかにしょうと精力的に動いている人がる。婚約者だった赤塚友美さんである。正直言ってTAIJIの最期を看取った親兄弟は何をやっているんだ…彼女を見ていると、どうしてもそう思ってしまう。

で、ここはいい機会なので、改めて赤塚友美さんにTAIJIの死を振り返ってもらった――。

「2011年7月、TAIJIの死亡事故は、サイパンの拘置所内の疑問と、YOUプロダクション(当時マネジメント)の行動疑問とが残されています。共通するのは、どちらも事実を早急に報告せず、詳細を明かさなかった事。死因が、拘置所内でのサイパンの責任にならないように。そしてデルタ航空機内の事件がYOUプロダクション(当時マネジメント)の責任にならないように、偽造され、真実が隠蔽されるように動かされた事件だと、私は感じています」

「『遺族が延命治療を断り、TAIJI死去』と、死因はなっています。実際には『脳死( brain dead)で、延命装置を外すしかない、最後のお別れをして下さい』とDr.に伝えられ、私もその場にいましたが、延命装置を外す以外の選択肢は与えられませんでした。(この時の様子は録音にとってあります)。アメリカでは、『脳死』は『人の死』と捉えられ、日本における脳死の規定とは異なるそうです」

「(TAIJIが)首吊自殺したとされている7/14、どこにも誰にも報告された形跡がありません。サイパンの日本領事館でさえ、報告を受けたのは翌日の朝だそうです。(まだどこも取り上げていない事ですが、)当時の地元サイパンメディア記事を読み込んで、最近発見したのは、サイパン当局の公安省DPSのオフィシャル発言も、滅茶苦茶で、TAIJIの自殺の内容が変更されています。7/15には、死因を“continued self-inflicted”(自傷行為を続けICUに運ばれた)と発表しています。最初、日本のメディアは、この報告に基づき、私が確認しただけでも、スポーツ5紙が、自傷行為で意識不明、と伝えています。情報は錯綜していました。7/12に、自殺を図ったと伝える記事までもあるほどでした。しかし、次の発表では、『夕方5時頃ベッドシーツで首吊り自殺をした』となっているのです」

「自傷行為を続けた、という自殺ではなかったのか?しかも、自殺内容も途中で変わっていました。私が確認した限りでは、(TAIJIには)首吊痕も確認出来ませんでした。いずれにしても疑問の残る日本人の、拘置所内での事故だったのに係らず、何もなかったかのように処理されてしまっているのが、今の現状です。当時、中塚元大臣からも戴きましたが、日本人の人権が守られているのか疑問が残ります」

「事件を4日間隠し続け、事件を報告しない代わりに成りすましメールを送り続け、遺体の処理を行ったYOUプロ。追求されないようにと、TAIJIオフィシャルブログなどを削除させ、マスコミにfaxを流し、追求するジャーナリストを訴え、事件の真実が隠され続けました。当時の彼らの行為はマネジメントとしての責任を果たしていたと言えるのか。そして事件後にTAIJに付いた、国選通訳者のJは、サイパンの警察から直接依頼の連絡を受けたと言っています。(この部分に関しても録音が残っています)」

「私の知る限り、Jと当時のTAIJIのマネジャーとは親友、ビジネスパートナーでした。果たしてTAIJIの意志や主張が正しく伝えられていたのか」

「報告されなかった4日間に、サイパンで何が行われたのか。私が早く、事件の直後にサイパンに駆け付けられていたなら、TAIJIは死ぬことはなかったと思います。それが悔やまれます。事件以来ずっと、真相究明に全霊を注ぎ続けています。全く納得できず、ちゃんと泰司さんのお弔いが出来ていません。しかし、TAIJIの場合は死後の検死をしていない、というとことろで、法に照らして追求できるかと思うので、国際的なやり取りになりますが、真相究明をやり遂げたいと思っています」。

「事件を追求すると、なかなか終わりが見れず、どれだけ時間がかかるかわからないから新しい人生を歩んだ方がいいよ、と、いろんな方にも心配頂いています。が、私はやれるだけのことをやりたいと思います。(今回の事件を刑事事件として受理した)神奈川県警の青葉警察署にも電話しましたが、そう言われ、頭にきました。逆に、徹底的にやってやる、と思いました」

そういった中、赤塚さんは自ら新たに特設サイトを立ち上げTAIJIの死の真相究明に動くことを決意した。しかし、1人の力では…

「現実的にお金もかかり、国際訴訟もできず、何も動けないので、問題点をしっかりサイトで伝えて、寄金も募って、関係各位にご協力を得ないとならないと思っています。そして、真実を知りたいというファンの声を頂いているので、TAIJIが好きなファンの方々に、サイトを通してちゃんとお伝えしたいという想いがあります」。

http://www.tamd.org

ぜひ協力して盛り上げて行ってもらいたい…

新曲PRより…。イケメン振付師と電撃結婚のシェネルが新宿ステーションスクエアでお惚気ナマ街頭ライブ!!

__.jpg自身の振り付けを担当する米国のトップダンサーのG・マディソン(29)と、このゴールデンウィークに電撃結婚したマレーシア出身の女性シンガー、シェネルが15日の夕方、東京・新宿駅東口のステーションスクエアで街頭生ライブを行った。現在はロサンゼルスで生活しているシェネル。今回は結婚後初めての日本――しかも初の街頭生ライブだった。
もっとも、この街頭生ライブは新曲「アイ・ウィル」のプロモーションだったが、集まったワイドショーやスポーツ紙記者との囲み取材では新曲をPRするというより、どちらかと言ったら”結婚しました会見”、惚気会見になっていた。ま、雲一つない快晴だったし、目出度い目出度い街頭生ライブとなった。しかし、「シェネルって有名なの?何を歌っているのさ」なんて聞いてくる珍しい記者もいた。いくら「音楽は疎い」と言っても、芸能記者で、年末の「NHK紅白歌合戦」も取材しているんだから…。いやいや、この現実には笑っていられなかった(苦笑い)
そんな人もいるだろうから、ちょっとシェネルについて説明すると…彼女は、男性シンガー・ソングライターであるTEEの英語カバー曲「ベイビー・アイラブユー」とか大ヒット映画「BRAVE HEARTS 海猿」の主題歌「ビリーヴ」なんかで知られる。音楽配信も強く、日本でコード協会主催の「日本ゴールドディスク大賞」なんかも受賞している。昨年の「紅白」では出場が噂されるほどだった。とにかく日本では馴染が深いし何となく「邦楽」かと思ったら、これが「洋楽」扱いというのは驚き。ところで、以前はEMIミュージック・ジャパンに所属していたが、この4月からはEMIミュージックがユニバーサルミュージックに吸収されたためユニバーサルの所属となった。ま、そういったことで言うと今回の街頭生ライブは何かと意味深いイベントになったはずなのだが、そんなことは、世の中的にはどうでもいい話なのかもしれない…。
__.jpg新婚シェネル。最初のうちは「天気も良くて楽しかった」とか「日本のファンは最高」とか言ってたが、イケメンダンサーのG・マディソンとの結婚話になると「待ってましたとばかりに」顔がほころんだ。「本当は2年後ぐらいに…」なんて言っていたが、実際には、既に4年も付き合っている仲――見た感じでは、私生活も完全に振り付けされてしまっていた。
「愛し合っているから結婚した。他に理由なんてない」なんて言って感無量になって涙したかと思えば「愛し合っているから、とにかく一緒になりたかった。自分たちの愛を祝福したいから盛大な結婚式をやりたい」と言い、結婚式は「1億円ぐらいの結婚式を…」なんて惚気た。芸能界を問わず、今の時代は「ジミ婚」の流れもあるのだが、シェネルは「ハデ婚」派のようだった。
さらに結婚指輪は「彼がデザインしたもの」と言い「仕事に対しては理解がある。一緒にいて楽しいしお互いに成長を望んで、何でもアドバイスをしてくれる。親友のような関係」とも。しかし、それって自身の振付師なんだから当然のような…。
__.jpg
いずれにしても、新婚の時が一番楽しい時期ということだろう…。
因みに、新婚旅行は「日本は何度も来ているし、行くならモルディブがいいかな」。
新曲は「アイ・ウィル」はH.I.S.キャンペーンソングになっている。ここは新婚旅行もH.I.S が仕切ったら宣伝効果も抜群だと思うのだが…。

フジテレビ新社長に亀山千広常務大抜擢!! フジ・メディアH社長は太田英昭副社長が昇格へ

フジテレビトップ交代へ――。フジテレビは新社長に亀山千広常務取締役・総合メディア開発(映画事業局、メディア推進局、コンテンツ事業局)担当 映画事業局長の就任を、15日に開催するフジ・メディア・ホールディングス(FMH)の決算取締役会で決定する。このトップ人事に伴って豊田皓・現社長は副会長に昇任。また、遠藤龍之介常務 番組審議室・CSR推進室・適正業務推進室・人事・広報担当も専務以上に昇任する模様だ。
一方、フジ・メディア・ホールディングス(FMH)に人事も――副会長に豊田皓社長、社長には太田英昭副社長、そして副社長に嘉納修治専務の昇任が予定されていると言う。
フジテレビの新社長に就任する亀山氏は、織田裕二が主演するヒット・ドラマ「踊る大捜査線」をはじめ「TVドラマから大ヒット映画を生む」という連動スタイルを構築、業界に定着させるなど風雲児的な存在となった。映画事業局長以前は編成制作局長として活躍した豊富な実績も持ち、今回白羽の矢が立ったと推察される。昨年6月常務に昇任し、映画事業局長を引き続き務めるとともに同年6月に新設した「総合メディア開発」を担当、映画事業局、メディア推進局、コンテンツ事業局の3局を管轄する。これらは放送外事業の主軸で亀山氏がこれを一手に引き受けていた。
■亀山千広氏(56)略歴=1956年(昭和31年)6月15日生。静岡県三島市出身。静岡県立韮山高校、早稲田大学政治経済学部卒。80年フジテレビ入社。編成部、第一制作部(現ドラマ制作センター)を経て、97年編成部長、01年編成制作局長、03年7月映画事業局長、06年執行役員映画事業局長、10年6月取締役映画事業局長、12年6月常務取締役 総合メディア開発(映画事業局、メディア推進局、コンテンツ事業局)担当 映画事業局長(現任)/フジ・メディア・ホールディングス取締役(現任)の他、ポニーキャニオン、フジパシフィック音楽出版などの取締役も兼ねている。