最新アルバムのレコーディング準備していた尾崎紀世彦さん。為末照正さんの「羅針盤」など収録で音源も完成していた…

 「アルバムのレコーディングを予定していたのに…」
「また逢う日まで」で「日本レコード大賞」と「日本歌謡大賞」を”W受賞”した往年の歌手・尾崎紀世彦さん(おざき きよひこ)が5月31日、東京都内の病院で亡くなっていたことが分かった。69歳だった。死因は肝臓がんだというが、既に肺などに転移していたという。葬儀・告別式は近親者で済ませた。
尾崎さんは昨年5月に予定されていた公演をキャンセルし、その後、連絡が途絶えていたことから「失踪」と大騒ぎになった。とにかく「東京・世田谷にある自宅も生活していた形跡がなく、所属事務所とも連絡が取れない状態」と言われた。しかし、実際には体調を崩し、都内の病院に入院していた。それが、まさか肝臓がんだったとは…。
その尾崎さんについて、音楽面で長年に亘って二人三脚でプロモーションを担当してきた小松プロモーションの小松吉雄社長は言う。
「実は春に最新アルバムのレコーディングを準備していたんです。体調を見ながら…と言っていただけにショックです」
小松社長は、尾崎がフォノグラム(現ユニバーサルミュージック)、ビクターなどレコード会社を転々と移った時も一緒に行動してきたという。
「ミュージシャンの為末照正(ためすえ・てるまさ)さんが書き下ろした『羅針盤』という曲があったんです。その曲は新潟・長岡の日本酒『吉野川』のCMとして10年以上に亘って使われていたんですが、その曲をCM曲として歌いCMにも出演していたのが尾崎だったんですよ。しかし、シングルになっていなかったので、今回、新しいアルバムに入れたい…と言って、為末さんにも言っていたんです。為末さんも喜んでくれていたんですけどね」。
既に、収録曲は全て決定しレコーディングのために音源は作り「あとは、尾崎さんの体調を見て歌入れだけの状態になっていた」と言う。しかも、為末さんも今年2月に肝臓がんで他界した。小松社長は「二重のショックです。尾崎のアルバムを出すことが為末さんの供養にもなると思っていたんですけど、まさか、尾崎まで逝くとは…」と肩の力を落としていた。
尾崎さんは神奈川県茅ヶ崎市の出身。父親がイギリス人と日本人のハーフで、母親が日本人のクォーター。「もみ上げ」がトレードマークで、ダイナミックなボーカルが大きな魅力だった。
70年に「別れの夜明け」でソロ・デビューしたが、その直後に6重衝突という交通事故に巻き込まれ、4ヶ月に及ぶ入院生活を経験したが、2枚目のシングル「また逢う日まで」が大ヒット。一躍トップ・シンガーに躍り出た。一般的には「1発屋」的なイメージがあるが、他にも「さよならをもう一度」「ゴッドファーザー(愛のテーマ)」「雪が降る」など、それなりの代表曲は持っていた。
7年前の05年には松竹映画「釣りバカ日誌16 浜崎は今日もダメだった♪♪」にも出演していた。3年前にはユニバーサルミュージックから「ザ・プレミアムベスト 尾崎紀世彦」 なんていうベスト・アルバムも出していた。
いずれにしても、ここ数年は70年代、80年代のヒット曲がブームになっている。尾崎さんも人気があっただけに残念である。