68歳のチャスラフスカに「今でも平均台に乗れる!?」…徳光和夫が“五輪の名花”と22年ぶり再会に大興奮!!

1964年(昭和39年)の「東京オリンピック」で、その優美な演技から「体操の名花」「オリンピックの名花」と称えたチェコスロバキアの女子体操選手、ベラ・チャスラフスカが20年ぶりに来日。今回の来日は、東日本大震災の被災地復興支援と「世界体操2011」への出席が目的らしく、愛娘のラドカさんと来日したという。
 そのチャスラフスカが8日午後、東京・有楽町のニッポン放送に、同局の看板番組「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」でパーソナリティーを担当している徳光和夫を訪ねた。

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チャスラフスカさんと言えば、冒頭で書いた「東京五輪」の体操で3つの金メダルを獲得した。一方の徳光といえば、今年8月に日本テレビ「24時間テレビ」で24時間マラソンにチャレンジして”完走”した実績を持つ。ま、因果関係は全くないが、70歳を迎えた徳光にとっては「それも金メダルぐらいの価値がある」と自負しているに違いない。しかも、間もなく「アナウンサー生活50年」を迎える。そう考えたら、なかなか出来るものじゃないかもしれない…。
余談はともかく、徳光が自らのアナウンサー生活の中で「最もエポックな仕事だった」と言うのは「日本テレビのニュース番組『プラス1』を担当していた1989年(平成2年)に、(チャスラフスカの出身地である)チェコのプラハにあるヴァーツラフ広場でチャスラフスカに逢った事」なんだとか。
チャスラフスカさんは、68年(昭和43年)に「民主化運動(プラハの春)」を支持したことから公職を追放された。その後、社会主義体制が崩壊したことから名誉も回復、「チェコ・日本友好協会」の名誉会長に就任している。
徳光がチェコのプラハに着いた日は、まだ社会主義体制で、その翌日から自由主義になる瞬間だった。その時、約100万人が集まるヴァーツラフ広場の壇上でチャスラフスカにインタビューをしたのだという。
徳光は、当時のチャスラフスカについて「私たちは秘密警察が怖くて、家庭で現政権や国家体制に対しての批判なんてとても出来なかった。ただ、家庭の中で“正義とは一体何なのだろうか”“人間の正しい生き方というのはどういうことか”ということを子供が小さい頃から話し合ってきました。そのことが実を結んで、今、彼らは立ち上がったんだろうか」と涙ながらに語っていたことが印象的だったと振り返っていた。
そのヴァーツラフ広場での“出会い”から22年の歳月が過ぎた。
今回、チャスラフスカも22年前にヴァーツラフ広場で徳光に会った事を鮮明に覚えていたこともあって再会となったようだ。まあ、徳光は今夏、36年ぶりに伝説のプロレスラー、デストロイヤーに再会しているだけに、22年ぶりは大したことがなさそうだが、徳光は大興奮だった。やはり「体操の名花」とか「五輪の名花」と言われ、当時、日本中を沸かした“伝説の体操選手”だからだろうか…。余りにも興奮し過ぎ?たのか、すでに68歳になるチャスラフスカに開口一番「今でも平均台に昇れますか!?」なんて質問を飛ばしていた。
因みに、チャスラフスカのニッポン放送・徳光訪問の模様は、来週15日の「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」(毎週土曜日・朝5時〜10時50分)で放送される予定だ。