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島田紳助芸能界引退騒動…「暴力団との親密交際」と言うが最大の問題は捜査当局による個人情報リーク!!

水曜日, 8月 24th, 2011

元お笑いタレント、島田紳助の芸能界引退騒動。一夜明けて、メディアも大騒ぎだが、今や相手は「一般の人」。危ない書き方は出来ないし、家はもちろん、家族や周辺の取材も難しい。ある意味じゃ、紳助の戦略勝ち!!って言った感じもする。が、どうにもシックリいかない。紳助は、反社会的な人間と付き合っていたから、ケジメをつけて芸能界を引退したのかもしれないが、これまで30数年間、芸能界の第一線で活動してきた。6本ものレギュラー番組を持ってきた。そういった、これまでの経緯もある。そういった意味じゃ、社会的責任として、今回の騒動を明らかにする責任だってあるはず。
やりたくもない記者会見を行って、一応、説明すべきところは説明した。別に悪いことはしているとは思ってないが責任を取って芸能界を引退したわけだし、社会的制裁も受けた。だから、もういいじゃないか、一般の人になったんだから静かにしておいてくれ…ってことだろうけど、それは、余りにも一方的過ぎる。55歳のいい大人のする行動じゃない。どう考えても無責任である。
当然、紳助の、これまでしてきた悪事の数々は明らかにすべきだろうが、明らかにしたら、紳助のことだから大爆発するだろう…。カネも豊富にあるし、訴訟をしまくるに違いない。
それにしても、紳助の悪事は悪事として、納得できないのは大阪府警や大阪地検など捜査当局のやり方だろう。紳助と元プロボクサー世界チャンピオン、渡辺二郎被告(現在、最高裁に上告中)とのメールや、指定暴力団関係者とのメールや手紙のやり取りなど、この内容は、どうみたって捜査当局のリーク。それも5年も前もの携帯メール…。恐ろしい。捜査当局は、目的達成のためなら、どんな些細な個人情報でも盗み取っていることが証明されたことになる。しかし、これって大問題なのでは…。
これまでも、大相撲のメール事件とか何やらあったが、あれは賭博など犯罪捜査が前提となっていた。しかし、紳助の場合は…。突き詰めれば、何らかの事件性のあるメールのやり取りはあったのかもしれないが、現時点で出回っているのは、暴力団関係者とメールや手紙のやり取りをしていた、写真を撮っていた、交流があった…という程度のものばかり。しかし、そういったことを、平気でリークする捜査当局というのは一体…。どうみても理解できない。これって国家公務員法にも違反するんじゃないか?法治国家・日本は、もはや自由のない管理国家になってしまったことになる。これじゃ、中国どころか北朝鮮も批判できないだろう。そういったことにマスコミが片棒を担いでいたら世話ない!!
だいたい、渡辺被告など「羽賀研二事件」を持ち出してくる神経も理解できない。大阪府警や大阪地検など捜査当局は、表向きは「暴力団追放」「暴力団撲滅」とか言うに違いない。しかし、実際には大阪府警、大阪地検のお家の事情があることは明白。保身のためなら何でもやる。これは、どうみても「権力の乱用」だろう。
橋下徹は、紳助の”悪友”だったが弁護士でもある。府知事を辞して大阪市長選に出馬するとか騒いであるが、そんな「大阪都」構想の前に、腐り切った「大阪府警」の体質も見直した方がいい。

島田紳助の引退会見は元プロボクシング世界王者・渡辺二郎被告を 「暴力団関係者」と言わせるものだった…!?

水曜日, 8月 24th, 2011

20110823234340.jpg20110823234151.jpg 島田紳助の引退会見。
結局、この会見のポイントは、紳助は「A」と言っていたが、元プロボクシング世界王者・渡辺二郎被告(大阪高裁で実刑判決を受け現在上告中)を「暴力団関係者」と言わせ、世間に認識させたことだった。
渡辺被告は元タレントの羽賀研二と共に未公開株売買を巡り恐喝未遂罪に問われている。その渡辺被告と島田が携帯電話のメールをやり取りしていたことが判明したのだというのだが、それで「芸能界を引退」とは、ちょっと不自然すぎる。
要するに、今回の島田紳助問題というのは、大阪府警は何としても渡辺二郎被告を「暴力団関係者」としたいがために仕組んだものではないか。何故か…。これは第一審で無罪、そして二審で有罪(現在上告中)となった羽賀被告を何としてでも「有罪」にしたいからだろう。そのためにも、渡辺被告を「暴力団関係者」としたかった。
って言うことは、二審で「有罪判決」が下った羽賀被告は、現在上告中だが、最高裁でひっくり返る可能性があるのかもしれない。そのためにも、先手を打った…。今回の紳助の会見は、大阪府警の思惑が見え隠れしてしょうがない。
そもそも、羽賀被告が「無罪」になったら、大阪府警はもちろん大阪地検も大汚点になる。万が一、そんなことになったら、またまた世間から批判されかねない。
と言うわけで大阪府警は紳助の情報をチラつかせたに違いない。だいたい、5年も前ものメールを、誰が保存しているというのか。そんなの警察しかあり得ないだろう。暴力団絡みの問題だけに、いくら情報をリークしたって問題にならないと大阪府警は思っているに違いない。何か、昨年、世間を揺るがした相撲取りのメール事件に似ている。
その証拠に、会見で紳助は渡辺被告を「A」と言っているのに、読売新聞は平然と実名で報じているし、共同通信までが実名で配信した。こんなことって【ヘッドロック】じゃあるまいし前代未聞だ。どう見ても、メディアも大阪府警の思惑通りに動いているとしか思えない。
ま、紳助の場合、レギュラー番組も多いし、社会的な影響も大きい。そういった意味で「責任を取った」と言われれば、そうかもしれないが、この程度で芸能界を引退されたら、これからの芸能界はどうなっちゃうの?って思ったりする。いずれにしても、紳助の芸能界引退は、芸能界に悪しき前例を作ってしまったことだけは確かだろう。

紳助逸話!! レギュラー番組の低視聴率に露骨な作戦!島田紳助のなりふり構わぬ非常識な行動に批判!!

水曜日, 8月 24th, 2011

島田紳助の芸能界引退騒動については、どこも書くだろうから、ここは【ヘッドロック】流に、紳助の”笑い話ネタを紹介すると…。
前述した通り、今でこそ”視聴率男”の異名をとる島田紳助だが、かつては視聴率に苦戦したことがあった。紳助が司会を担当していたテレビ朝日/ABC「クイズバトルロイヤル・待ったあり」がそれ。この番組、余りの低視聴率に紳助も落ち込んでいたと言われる。
「関西では視聴率が16%あるのに、何で東京が僅か3%しか取れないんだ!」
と叫んだこともあったほど。
もっとも、それが単に低視聴率だけだったら、それだけの話だが、紳助は視聴率を上げるために露骨な作戦に出た。何と、視聴率が東京で10%を超えたら、番組のアシスタントを担当していたタレントの大島智子とエッチが出来るという、前代未聞の「SEX契約」をスタッフの前で交わしたというのだ。この珍事に、ある放送関係者の間からは
「いくら視聴率を上げる作戦とはいえ、実にナンセンスな話です。しかも、相手は番組のアシスタントですからね。いくら視聴率が低いからといっても、これは明らかに番組の私物化ですよ。まあ、紳助らしいと言えば紳助らしいが…」
という声が出れば、芸人仲間からは
「彼は、視聴率を上げるためだったら何でもやる。話題の1つや2つ作るのは何でもない男だから…」。
しかし、紳助のプライドをかけた?大島との「SEX契約」は、さすがに大島ファンから反発を食い、芸能界でも話題と言うより、大きな事件に発展した。
ところで、この問題?の「クイズバトルロイヤル〜」は、91年4月18日から半年間、テレビ朝日系列で放送された。もとは、関西ローカルで深夜に放送されていたが、高視聴率だったことからゴールデンタイムの全国放送に格上げになった。
しかし、当時の裏番組には「水戸黄門」(TBS)、「だいじょうぶだぁ」(フジテレビ)、「世界まる見え!テレビ特捜部」(日本テレビ)があった。どれも15%以上の番組ばかりだった。
コトの発端は、男性週刊誌で山城新伍さん(故人)の対談に大島が出演。紳助が司会をしている「クイズバトルロイヤル〜」の視聴率が東京地区で秋までに10%を2回超えたら、紳助は大島に対して、SEXをする権利を有する、という契約をスタッフの前で交わしたことを、山城がバラしてしまったことだった。早い話、紳助と大島は、この絶不調の視聴率を上げようと企てたと言うのだが…。
「大島のファンは怒っているようだけど、正直言って、とてもじゃないが10%なんて不可能な話ですよ。いくら、大島と”SEX契約”を結んでも、実現なんて不可能なこと」
と言われた。 が、「紳助のことだから、本当にやりますよ。彼は本気だから」(芸人仲間) などという声も。大島も、山城の「やらせる?」との質問に「ハイ!」とキッパリ応えていたことから、逆に話題は沈静化するどころか注目の的となった。
「紳助は、芸人仲間に会うたびに、大島とのSEX契約を宣伝してもらおうと話しているようです。山城さんは、紳助から頼まれ、一肌脱いで雑誌で喋っただけで、紳助の作戦だった」
と、うがった見方をするテレビ関係者もいた。
いずれにしても、良識のある放送関係者の間からは
「視聴率アップを狙ったものとはいえ、前代未聞の悪態。だいたい、SEX契約で契約書を交わしたなんて言語道断」
といった批判が高まった。
当然だろうが、紳助の個人的な契約に視聴者も納得するはずがない。逆に、反発を食らい視聴率は、目標の10%どころか発覚後も3〜5%の間をウロウロする始末だった。
「大島とのSEX契約以上に、低視聴率の方が話題になっていた。今まで思い描いていた”紳助神話”が崩れたわけですから。そういった意味では紳助も青ざめていたはず」(業界関係者)。
東京進出ということで大島とコンビを組ませたのに3〜5%の視聴率では全く勝負にならない。結局、前代未聞の物議をかもした「クイズバトルといヤル〜」はスタートして僅か半年、91年9月16日で打ち切られた。