まずはムード作りから!? ビクターエンタテイメントがオフィス移転して心機一転のコンベンションで「元気さ」アピール!?

ビクターエンタテインメントのコンベンション「MUSIC STORM」が、東京・渋谷の新オフィス、ファーストタワーで行われた。
思い起こせば、僕が最初にビクターに行ったときの社名は「ビクター音楽産業」だった。当時は、原宿のド真ん中、キディランドの向かいにある「ピアザビル」に本社があった。ピンクレディーは解散していたが、まだ桜田淳子も活躍していたし、サザンオールスターズもいた。アイドルでは小泉今日子はもちろん松本伊代とか、「金八先生」で人気になった伊藤つかさなんかもいた。もちろん、酒井法子や荻野目洋子もいた。
その後、ビクターエンタテインメントに社名が変わり、SMAPなどが出てきたが、12年ぐらい前に表参道の交差点近くにある「パラシオタワー」に越した。余談ではあるが、裏のマンションには宮沢りえが住んでいた…。
ビクターエンタテインメントは、日本コロムビアやキングレコード、テイチクエンタテインメントと並んで日本では、戦前からある老舗レコード会社の1つ。それだけに、音源の財産は豊富だ。もっとも、財産はいっぱいあっても、「宝の持ち腐れ」なんてことになっちゃ価値がないのだが、ビクターエンタテインメントは、やはり「腐っても鯛」のようなものだったかもしれない。
いずれにしても、ここ数年は音楽業界の低迷もあって元気がなかった。売り上げは落ちるし、リストラもあったのかもしれないが、どんどん社員が犬のニッパー君を置いて?立ち去って行った。ある時は社内の内紛なんかもあったりして、突然に社長が変わったりした…なんてこともあった。まあ、今になってみれば懐かしい話であるが…。
そのビクターエンタテインメントも、この1〜2年は何かと激動の年だった。コナミへの売却話から、ソフトバンクの孫正義社長が「買収する」なんて話まで。とにかく、全国紙の「読売新聞」の1面なんかで報じたものだから、それはそれは真実味があったんだが、今振り返ると、あの話はどうなったのか?
そういったゴタゴタの中で、09年11月に社長になったのが斉藤正明氏だった。斉藤氏は、元東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)の代表取締役会長兼CEOだった人。斉藤氏が東芝EMIの社長だった頃は「サザンオールスターズが移籍か?」なんて、噂まで出ていたが、それが今じゃ、サザンオールスターズのいるレコード会社の社長になっているんだから、この業界は分からない。
因みにだが、斉藤氏の東芝EMI時代の実績は何だったかと言うと、洋楽制作本部長、EMI本部長、Virgin本部長などを歴任して、97年に代表表取締役社長に就任した。その在任中に宇多田ヒカルや椎名林檎、鬼塚ちひろ、矢井田瞳など多数の新人アーティストが生まれた。
さてさて、話を戻してビクターエンタテインメントだが、7月19日に渋谷の六本木通り沿いにある新しいオフィス(渋谷ファーストビル)に移転した。実に綺麗なオフィスである。そして、そこで開かれたのが「MUSIC STORM」だったわけだが、考えたら、斉藤氏は東芝EMI時代も似たようなコンベンションをやっていて、そこから宇多田なんかをデビューさせた。今回のコンベンションが斉藤社長の発案だったのかどうかはいいとして、まずは、この催しを継続していくことに尽きるだろう。
それにしても、ビクターが、今回のようなコンベンションを開いたのは初めてじゃないか? 予算もかかるし、これはよっぽどヒット曲を出さないと大変だ。まあ、来週は桑田佳祐のシングルやSMAPのアルバムが出るから大丈夫だろうけど…。
いずれにしても、さまざまな思惑が入り混じっていただろうけど、会場にはレコード店の販売担当者やマスコミ、音楽関係者など300人以上が詰めかけた。いやいや、何だかんだ言われていても、実は、みんなビクターエンタテインメントに期待しているんじゃないか…そんな感じだった。
現在、ビクターエンタテインメントには9つの制作部門とアニメ音楽制作の関連会社があるが、そのプレゼンだけで130分。途中、斉藤和義が来て歌ったりしたが、意外にラインナップも揃っていてビックリした。
まあ今回は、本社を移転したこともあるが、ある意味で心機一転「元気」で「活気のある」ビクターエンタテインメントをアピールしたことは確かだ。
所詮、この音楽産業なんて、まずはムード作りだから…。

TAIJIマネジメントの謎!! TPSだけではなくTAIJI with HEAVENSのライブもキャンセル!CDも出せない状況に…(下)

TAIJI with HEAVENSについても、TAIJIのマネジメントとプロデュースをやっていたYOUプロダクションの北見輝美マネジャーは、それまで決まっていたイベントの出演やライブを軒並みにキャンセルし「CDも発売しない方向になっていた」そうで、ついには、婚約者だった元マネジャーの赤塚友美さんに対しても「バカ発言を繰り返していた。気性の荒さが伺えるようになった。周りから見るとTAIJIは誰かに言わされている感じで、喋り方やメールの内容も普段のTAIJIではなくなってきたのも事実でした。僕は、北見さんや神生さんの管理下で、どう進むのか、TAIJIさんをどうしたらいいのか分からず、周りの音楽関係者に異変を伝え、TAIJIさんとも距離を置こうと決意していたんです」とDAI。
 こんなこともあった。SHUが当時を振り返る。
 「5月末ぐらいだったかな? 日本は震災の復興をしなきゃいけない時期だったし、自粛ムードがあった時に、TAIJIのブログで、『サイパンでのんびり過ごしてます』とか『ゴーカートしています』みたいな内容がアップされていたので、北見さんにメールしたんです。『自粛ムードの中、本来は勇気を与えるために先導しなきゃいけないTAIJIが、ああいう感じのブログをアップするのはよくないんじゃないですか?』って。それも、3月から何もアップしていないで、いきなり『サイパン』はないじゃないかと…。そしたら『心が狭い方ですね』みたいなメールが来ました。TAIJIが元気にしている姿を伝えるのはわかりますが、彼はアーティストであって、今後の活動も考えたら、あんな内容をブログにアップする時期じゃないと思ったんです」。
 さらに、北見については
「首をかしげるような発言が多かった。ある時、TAIJIのことに関して僕とやり取りしているメールを他の人に見せていることが分かった。ですから『そういうことは、ビジネス的に許されるんですか』と言ったら、北見さんから電話がかかってきまして『折り返し電話ください』と留守電が入っていたんです。折り返しってサイパンに…ですよ(笑)。で、電話したら、HEAVENSのメンバーからTSPのメンバーまで悪口を言うし……しかも、それはTAIJIが言っていると、TAIJIのせいにする。その後は、もう疑問符だらけでしたね。ある時、TSPで保管しているお金を支払ってくれと来たんです。僕は、『TAIJIが言っているなら払いましょう』と言ったら、北見さんは『では、TAIJIの口座にお願いします』と言っていたのですが、請求書は北見さんの口座でした…。TSPが活動して稼いだ昨年の収入を、後から出てきた北見さんの口座に振り込むのはどうかと思い、不審に思って赤塚さんに確認したんです。そしてら、北見さんから『赤塚さんが、SHUさんは心が醜い人と言ってます』とメールが来たんです。僕は、赤塚さんのこともよく知っていますし、絶対にそんなことを言う方ではないということも分かっています。ですから、北見さんに『ホントに赤塚さんがそう言ったんですか?』と聞き返したら、今度は『TAIJIが言ってます』と来ました。もう、僕には意味が分からなかったですね。もう、この人とは関われない『早く気づけ、TAIJI!』とも思っていました」。
次々に出てくるマネジメントへの疑問や疑惑の数々。そういった中、一部ではTAIJIは「殺された」とする”他殺説”まで浮上してきている。TAIJIの死の謎は深まるばかりだ。
今や、北見は「一般人…」を理由に「顔も名前も出せない」と言いたいのだろうけど、今回の問題は、人が亡くなっているのである。ある意味では、六本木ヒルズ・レジデンスで起こった押尾学による田中香織さんの変死事件と同じである。
「ウヤムヤに終わらせたくはない」。
DAIとSHUは
「俺たちは、正々堂々と顔を出して、本当のことを話しているんだから…」
と言う。逮捕され、自殺を図ってから、もう1ヶ月も経とうとしている。正直言って、この、前代未聞とも言うべき、余りにも不可解な事件を何とも思わない芸能ジャーナリズムというのも不可思議である。

※【ヘッドロック】は実名で書いていますが、音楽誌「WeROCK」では北見と神生氏の名前についてはイニシャルになっています。

TAIJIは人脈の多い北見マネを信頼し、顧問のことは「先生」「上の方」と呼ぶ「神」のような存在だった!?(中)

TAIJIのマネジメントとプロデュースを手掛けていたと言う「YOUプロダクション」の顧問になったと言う神生一人氏について、DAIは「人にはない力を携えているみたいで、企業の立て直しのコンサルタント業を営んでいる人物と聞かされた」というのだ。そこで、DAIは「低音傷害の持病がある」と言うと、神生氏が「治してやる」と言い出し、超能力者のような行動に移って、DAIに“気”のようなものを投げかけてきたとか。もっとも「何も変化もなく改善はしませんでしたが…」。

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しかし、北見や神生氏に対し、SHUは「何故、TAIJIに近づいてきたのか? 何が目的なのか?という疑問を持ち続けていた」と疑問を呈す。だが「TAIJIは、人脈のある北見さんのことを信頼し、神生さんのことを『先生』とか『上の方』と呼ぶようになっていた。北見さんも、神生さんのことを宗教家やマジシャンでもなく『神』のような存在と言っていたので、正直言って『大丈夫かな…?』と感じるようになっていた」と吐露している。
 ただ「僕とTAIJIのそれまでの活動を踏まえても、僕らの力では限界を感じていた。TAIJIは、もっと大きな舞台が似合うと思っていたし、それには大きなプロダクションが必要だと考えていた時でもあったんです。そんな時に、すごく親身になってTAIJIの世話をしたいというから、お願いしますという感じだったんです」とSHUは肩の力を落とす。
 ところが、その北見の行動に異変が起こり始めたのは5月に入った頃だったと言う。

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 「実は、7月末に東京と大阪でTSPのライブが決まっていたんですが、5月になってもリハーサルの予定が出てこない。すると、前マネジャーだった赤塚さんに確認すると、北見さんから『ライブは全部キャンセルになりました』と連絡が来たんです。ですから『そのことはTAIJIは知っているのか』と聞いたところ『今の状態ではライブは無理』との回答が返ってきたんです。TAIJIは、酒もやめて体調も良かった。TSPのことや曲作りのこともやり取りしていたので『一体、どうしたんだろう?』と、ますます疑問が広がってきた」(SHU)。
 しかも、その頃から、北見はTAIJIからSHUやDAIを離そうとするような行動を取り始めたと言う。
 「納得のいかないことを感じていたわけだから、早くTAIJIに警告を出すべきだったと今は後悔しています」とSHUはうなだれた。
(つづく)