きょうは何の日!? X JAPANのギタリストだったHIDEさんが亡くなって今年13年目の命日!!

ゴールデン・ウィークと言うと毎年、何か大きな事件がある。丁度13年前――98年5月2日。X JAPANのメンバーでギタリストだったHIDEさん(本名・松本秀人=享年33)が首つり自殺をしたのも、この日だった。当時、全国紙までもが大ニュースとして取り上げ、ファンの後追い自殺が相次ぐなど社会問題にまでなった。
 改めて当時を振り返ってみた。
 悲劇が起こったのは午前7時半頃のことだった。東京・港区南麻布の自宅マンション寝室で、HIDEさんが首をつってぐったりしているのを、同棲中だった恋人Aさんが発見、119番した。「救急車が駆けつけた時は、かすかに脈はあったが意識不明の状態だった」(関係者)と言われる。
 午前8時52分、東京・渋谷区広尾の都立広尾病院に搬送された。が、応急処置のかいもなく亡くなった。警視庁麻布警察署は現場検証や検査の結果、自殺と断定した。
 HIDEさんは、タオルをたてに引き裂いてヒモ状にし、寝室のドアの内側のノブに結びつけ首をつっていた。当時、事務所関係者は「前日の1日午後、テレビ番組の収録をし、その後、スタッフと食事をした。自殺をほのめかすような言動はまったくなかった」と語っている。
 HIDEさんが帰宅したのは朝方の6時30分のことだったという。スタッフでもある弟(当時30
歳)が車で送って自宅マンションに戻った。恋人のAさんが出迎えた。HIDEさんは、ランニングシャツにトランクスの姿で寝室のベッドに直行したという。それから1時間後、部屋から大きな物音がしたため、不審に思ったAさんが寝室を覗きに行くと、HIDEさんが首をつっていたという。
「HIDEさんは、5月13日に『ピンクスパイダー』、さらに27日には、『EVER FREE』と、立て続けに2枚のシングルを出す予定でレコーディングも終わっていたんです。アルバムのリリースも決まっていた。もちろん、全国ツアーも計画していて、日程も決まっていました。本人もやる気十分で自殺の心当たりは全くない」(当時の所属レコード会社「ユニバーサル・ビクター」=現・ユニバーサルミュージック=関係者)。
所属事務所のスタッフも「ソロ活動のシングルは自己最高の50万枚を売り上げていた。仕事は順調で自殺する要因など全く思い当たらなかった」と肩を落とした。
 X JAPANは、82年に結成された。HIDEさんが参加したのは、結成から5年目の87年。当初は、インディーズでの活動だったが、89年にメジャー・デビューすると人気は爆発した。いわゆるビジュアル系バンドブームの基礎を築いたといっていいだろう。
しかし、活動を続ける中でYOSHIKIとボーカルのTOSHIとの確執が表面化。X JAPANは看板2人の分裂で、97年末に事実上の解散をした。
HIDEさんは98年1月からソロ活動を始めた。しかし、周囲に対しては「『元X JAPAN』と呼ぶのはやめてくれ」と言い続けていたという。「オレは今でも『X JAPAN』の看板を下ろしてはいない。いつまでもオレは『X JAPAN』なんだよ」。
HIDEさんはそう話していた。
それだけに、HIDEさんの自殺に関して、一部の音楽関係者の間からは「X JAPANの内部分裂を悲観したものだったのでは…」という声もあった。しかし、遺書もなく、HIDEさんの自殺にはいくつかの謎が浮上していた…。 
 ところで、HIDEさんの自殺を、リーダーだったYOSHIKIは滞在先の米ロサンゼルスで知らされた。「自殺」と聞いてYOSHIKIは一瞬、絶句した。顔は青ざめ、激しい動揺をうかがわせたと言う。
 当時のYOSHIKIは、複数のプロジェクトを立ち上げ、レコーディングの真っ最中だった。しかし、HIDEさんの死を告げられると、そのすべてを中断して緊急帰国した。帰国したYOSHIKIは、言葉を失っていた。「YOSHIKIは、葬儀が終わるまで一切お話ししないと思います」。
殺到する報道陣に、関係者はそう対応した。
HIDEさんの所属事務所「ヘッドワックス・オーガナイゼーション」は、事務所の転居を準備中だったこともあって、住所が決まっていなかった。そのため、行き場のなくなった報道各社は、YOSHIKIの経営するレコード会社「エクスター・レコード」に押し寄せた。殺到する報道陣に同社スタッフは悲鳴をあげ、警察まで出動する騒ぎとなった。
 当然だがファンからの問い合わせも殺到した。X JAPANのイベント場所の定番だった東京・原宿の五輪橋周辺は悲報を聞いて大勢のファンが駆けつけた。少しでも詳しい状況を知ろうとするファンが報道陣に詰め寄るシーンもあった。
 HIDEさんの自殺は、関係者の話などから、その後、「泥酔状態による衝動的な首つり自殺」と言われた。
 「確かに、HIDEさんの酒の飲み方は尋常ではなかった。それこそ記憶がなくなるまで飲み明かすような日も多かった。酔った勢いで看板を蹴って、足を骨折したこともありました。とにかく発作的な行動をとることが目立っていたことも事実です」(音楽関係者)
 そういった傾向は、X JAPANの解散が決まった97年の秋あたりから出てきたという。
 医療の専門家は、HIDEさんの首つり自殺の原因について「飲酒が引き起こしたエレペルノ症候群(アルコール寝ぼけ)」の可能性を指摘した。それでも、
 「HEDEは、今年はオレの年にすると意気込んでいた。HIDEは都内にスタジオの建設も準備していて、ゴールデン・ウィークに入る直前には、土地購入で仮契約を結んでいた。ミュージシャンとして順風満帆だった。そのHIDEが自殺すること自体、納得できない」
 と「自殺」に納得しない関係者も多かった。
 ところで、HIDEさんの突然の自殺にショックを受けた熱烈なファンの自殺も相次いだことも当時、社会問題となった。
 「女子中学生が首つり自殺を図るなど、全国各地でファンの後追い自殺も起きたんです。アイドル歌手の岡田有希子さんが自殺した時と同じ現象が起こったんです。これは最悪の事態が起こったと大騒ぎになりました」(関係者)
 この事態に当時、YOSHIKIは異例のコメントを発表した。
 「今回のことは事故だと思っている。絶対にそういうこと(自殺)はしないでほしい」。
 HIDEさんの十三回忌の法要は昨年5月2日、東京・中央区の築地本願寺で営まれた。法要には諸事情で欠席したボーカル、TOSHIを除くXのメンバーやバンド仲間だったLUNA SEAのメンバー、GLAYのリーダー、TAKUROなど、親族や関係者約500人が参列した。ゴールデン・ウィーク中での法要だったこともあって、徹夜組も含め全国から4万人近いファンが献花に訪れるいなど改めて、HIDEさんの根強い人気を証明した。
 ところで、あれだけHIDEさんを利用し尽した元総理の小泉純一郎さんは何をやっているんだろ…。