東日本大地震で生島ヒロシの妹夫婦も…。217時間ぶりに2人が奇跡的救出で一縷の希望!!

恐怖の大震災から10日間が経とうとしているが、フリーアナウンサー生島ヒロシ(60)は、大津波で大打撃を受けた、宮城県気仙沼に住む妹の亀井喜代美さん(57)夫婦と未だに連絡が取れずにいる。今日(20日)には、宮城・石巻市で、警察官がガレキの下に阿部寿美さん(80)と孫の任(じん)さん(16)の2人が生存しているのを発見し、2人とも救出された。ニュージーランドの大地震でもそうだったが、「72時間(3日間)の壁」なんて言われていたが、今回2人は217時間ぶりの救出だった。それだけに、生島も「もしかしたら…」と一縷の希望を持ち続けているという。
生島は、今年2月に母親を亡くし、その四十九日の法要と納骨を13日に東京で行うことになっていた。法要には当然、妹夫婦も出席する予定だった。
生島は大震災のあった11日、講演会のため仙台を訪れていた。絶好のタイミングだった。「だったら一緒に東京に行こう」ということになり、妹夫婦とは講演会の終了後、仙台市内のホテルで待ち合わせる約束だった。
ところが、その11日に気象観測史上初めてというマグニチュード9.0という巨大地震が宮城を中心とした東北に襲いかかった。
巨大地震の起こった午後2時46分。生島は丁度、講演会の真っ最中だった。しかし、突然の巨大地震に会場は大混乱となったという。しかも、逃げ出した瞬間、後方にあったポールが生島を目がけて倒れてきたという。「間一髪だった」と地震当時の恐怖を語る。やっとの思いで会場を出た時に生島の携帯が鳴った。午後2時55分ぐらいのことだった。相手は気仙沼に住む喜代美さんだった。
「大丈夫だったか」と言う生島に対して、喜代美さんは「とてもじゃないけど、今夜は行けそうもない」と答えた。きょうは無理だろうと思った生島は、落ち着くようにと諭、電話を切った。その直後のことだった。10mもの大津波が気仙沼の街を呑み込んだ。
生島は、大津波の情報を耳にして言葉を失った。慌てて携帯で電話をかけたが、全くつながらない。生島は頭の中が真っ白になったという。震災から1週間経ったが、未だに喜代美さんと連絡が取れないと言う。
生島は、喜代美さんの安否を気遣って、あらゆる手段で呼びかけている。関係者によると「当然でしょうが、彼自身は、まだ希望を捨てていません」と代弁する。しかも、石巻市では20日、217時間ぶりに80歳のおばあちゃんと、16歳の孫が奇跡的に救出された。まだまだ、生存者がいる可能性は十分にある。しかも、避難所にしても未だに混乱している。あるいは、どこかで連絡が出来ずにいるのかもしれない。生島は喜代美さんとの再会に一縷の希望を持ち続けている。