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M.ジャクソン究極のショート・フィルム(MV集)「マイ ケル・ジャクソンVISION」DVD3枚組で世界同時発売!!

木曜日, 10月 14th, 2010

“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソンが亡くなって1年半。今まだマイケルものは人気が高いが、ここにきて究極のショート・フィルム(ミュージック・ビデオ)集「マイケル・ジャクソン VISION」が、DVD3枚組で11月24日にソニー・ミュージックジャパンインターナショナルから世界同時発売されることになった。商品は「完全生産限定盤」だそうで税込定価7980円を予定しているとか。
このDVDは、常にエンタテインメントの可能性に挑戦し続けた「マイケルの想像力(ヴィジョン)が詰まった映像(ヴィジョン)の全て」が初めて一つに詰め込まれた、完全・究極のマイケル・ジャクソン映像作品集だという。DVD3枚組というのも凄いが、収録内容は、初期の頃のプロデュース作品から、エンタテインメント業界、ひいてはポップ・カルチャーそのものに多大な影響を与えた歴史的なショート・フィルムまでを、完全未発表映像と過去未発売映像15曲を含む全42曲で収めているそうだ。それにしても映像の収録時間は4時間半以上にも及ぶという。正直言って中途半端な気持ちじゃ全て観切れない。観るだけでも一苦労だ。
ところで、このDVDの中に収められている2本のショート・フィルムは、これまでにマイケルの映像集に収録されることのなかった作品だそうで、他にも、マイケルが個人的に保管していたコレクション(パーソナル・アーカイブ)映像も史上初めて網羅されてことになっている。「ロングヴァージョンが存在するショート・フィルムはフルレングス・ヴァージョンで収録。その全てに、映像・音声ともに新たにデジタル・リマスターが施されています」とソニーミュージックでは説明している。。
因みに、同社によると、今回はパッケージの仕様も豪華なものになっていているらしい。パッケージが売れない昨今、さまざまな工夫を加えている。まず、3枚のディスクを収めるケースには6面デジパックを、ジャケットには角度によって絵柄が変わるレンティキュラー仕様を、外装には、ゼロ・グラヴィティを見せるマイケルのシルエットが、ゴールドで箔押しされた透明スリーヴを採用した美麗パッケージとなっている。そればかりではない。ブックレットはマイケルのパーソナル・アーカイブからの秘蔵写真を満載した60ページの豪華版(日本語対訳ブックレット)となっている。

【収録内容】
■トータル収録時間:4時間40分、全42曲のショート・フィルムを収録している
■過去未発表/過去未発売映像、あわせて15曲のショート・フィルムを初収録している
■EPIC在籍のジャクソンズ以降に制作されたショート・フィルムを網羅している
■映像・音声ともに、『マイケル・ジャクソンVISION』のためにデジタル・リマスター

【収録曲】
※DISC1(1時間54分44秒)
01.今夜はドント・ストップ (4:12)
02.ロック・ウィズ・ユー (3:22)
03.あの娘が消えた (3:35)…初収録
04.ビリー・ジーン (4:54)
05.今夜はビート・イット (4:57)
06.スリラー (13:42)
07.BAD (18:05)
08.ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール (9:24)
09.マン・イン・ザ・ミラー (5:03)
10.ダーティ・ダイアナ (5:05)
11.スムーズ・クリミナル (9:27)
12.アナザー・パート・オブ・ミー (4:45)…初収録
13.スピード・デーモン (10:08)…初収録
14.カム・トゥゲザー (5:40)…初収録
15.リーヴ・ミー・アローン (4:39)…国内盤初収録
16.リベリアン・ガール (5:34)

※DISC2(2時間08分07秒)

01.ブラック・オア・ホワイト (11:01)

02.リメンバー・ザ・タイム (9:16)
03.イン・ザ・クローゼット (6:05)
04.JAM (7:59)
05.ヒール・ザ・ワールド (7:32)
06.ギヴ・イン・トゥ・ミー (5:29)
07.フー・イズ・イット (6:34)
08.ウィル・ユー・ビー・ゼア (5:55)
09.ゴーン・トゥ・スーン (3:38)
10.スクリーム (4:47)
11.チャイルドフッド (4:29)
12.ユー・アー・ノット・アローン (5:34)
13.アース・ソング (6:44)
14.ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス
  =ブラジル・ヴァージョン (7:08)
15.ストレンジャー・イン・モスクワ (5:33)
16.ブラッド・オン・ザ・ダンスフロア (5:27)
17.ゴースト (3:58)…初収録
18.ユー・ロック・マイ・ワールド 13:30秒ヴァージョン初収録
19.クライ (4:57)…初収録

※DISC3(BONUS DISC/36分12秒)
01.今夜はブギー・ナイト/ジャクソンズ (3:32)…初収録
02.エンジョイ・ユアセルフ/ジャクソンズ (3:31)…初収録
03.キャン・ユー・フィール・イット/ジャクソンズ (9:37)…初収録
04.セイ・セイ・セイ withポール・マッカートニー (4:57)…初収録
05.ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス
=プリズン・バージョン (4:52)…初収録
06.WHY/3Tfeaturingマイケル・ジャクソン (4:33)…初収録
07.ワン・モア・チャンス (4:03)=過去完全未発表…初収録

仏の“親日二枚目スター”アラン・ドロン。75歳を記念して「アラン・ドロン生誕75周年記念映画祭」開催へ…

木曜日, 10月 14th, 2010

フランスの二枚目スター、アラン・ドロンが11月に75歳を迎える。だからどうしたと言う訳じゃないが、一部では、ちょっとした盛り上がりになっている。
…と言うのは、75歳を迎えるドロンの足跡を振り返って、「アラン・ドロン生誕75周年記念映画祭」が企画されているのだ。で、企画しているのはIMAGICA TVというところ。何でも、60年代のドロンの出演作5本を10月23日~11月12日まで東京・新宿K’scinemaで一挙上映するというのである。
同記念映画祭では、国内ではおよそ46年ぶりの公開となる歴史活劇「黒いチューリップ」も上映する他、「地下室のメロディー」日本初公開時に国内で撮影されたドロン出演の限定予告編を本編上映前に予定している。まさにファン必見とも言うべきお宝映像の特別上映である。因みに、上映作品は他に「若者のすべて」「世にも怪奇な物語」「あの胸にもういちど」などなど…。
それにしても、アラン・ドロンとは…。今さら、ドロンについて説明することでもないが、彼の来日は大いに盛り上がった。中でも、77年4月17日の来日は、日本中の映画ファンを魅了したという。せっかくだから当時の様子を振り返っていることに――。
ドロンにとって、77年4月17日の来日は12年ぶりの来日だったという。
午後5時10分、羽田着の日本航空404便で来日したドロンは、紺のスーツに白い絹のマフラーと言うダンディーなスタイルで下り立った。
 この時の来日の目的は”刎頚(ふんけい)の友”というべき俳優・三船敏郎(故人)の所属する個人事務所「三船プロ創立15周年」記念パーティーへの出席と、ドロンの新作映画「友よ静かに死ね」のキャンペーンだった。
 ドロンの来日に、東京・羽田空港は早朝から大フィーバー(今では、こんな言葉使わない?)となった。ファンの”出迎え1番乗り”は、この日の朝7時だった。東京・池袋の女子高生4人組だったという。「野性的だし、小さい頃から苦労していた人で、雰囲気がある。絶対に会いたくて始発できた」。
 人気絶頂だったドロンの来日と会っては、空港はファンでゴッタ返すことは十分に予測できていたが、当時を知る記者は「それにしても異常な警備体制だった」と振り返る。
 ドロンを招いた「三船プロ」は、ドロンの警護用に23人ものボディーガードを雇い、ドロンの周辺をガッチリとガードした。他には警視庁も羽田空港署員が20人、他に機動隊も50人出動するなど、空港周辺は物々しい雰囲気となった。
 ドロンは、羽田空港に到着したものの、なかなか姿を見せなかった。ロビーはファンでパニック状態になっていた。
 当時、取材した記者は「ロビーは関係者が出てきただけでも、キャーという叫び声の出る状況だった。しかも、1000人近いファンが出口に殺到して大混乱になった」と言う。
 だが、ロビーで待ち構えるファンをよそに午後6時10分、突然に「アラン・ドロンさんは、すでに都内に向かっています」とのアナウンスが流れた。混乱を避けたドロンは裏口から脱出してしまっていたのだ。
 肩透かしをくったファンは納得できず、その場に泣き崩れる女性ファンも。「ヒドイ! 裏から出るなんて」。手に手にポケットカメラを持った女子中学生の一団から悲痛の声が上がっていた。まさに裏口から”ドロン”したアラン・ドロンだった?
 もっとも、ドロンが宿泊する東京・日比谷の帝国ホテルはファンも少なく混乱はなかったと言う。
 ドロンの宿泊した部屋は、最上階の1661号室。「ロイヤルスウィートルーム」と呼ばれる部屋で、同ホテルでは、「インペリアルスウィートルーム」に次ぐ豪華客室だった。滞在中のドロンは殆どルームサービスで食事を済ませたという。
ドロンは5日間滞在して22日に帰国した。
それにしても、ドロンの親日ぶりは有名だった。ブランド商品の販売会社「ソシエテ・アラン・ドロン・ディフェージョン」を設立したが、日本でも25年前の85年9月に「アラン・ドロン日本オフィス」を開設している。
 「ドロンは79年に本格的な実業界に乗り出し、ネクタイや香水、ライター、メガネ、傘、ベルト、ハンカチなどの販売を始めたんです。日本オフィスは、自身のブランドの拠点として開設したようです。
 ドロンは洋服業界にも興味を抱いていた。和服好きの恋人、カトリーヌ・プールの影響だったと言う。そういったこともあって、87年には京都の大手メーカー「染秀」と共同で、初のオリジナル和服ブランド「カトリーヌ・プール アラン・ドロン」も開発している。