イースター島への旅行から生まれた4部作とは…酒井政利氏が音楽プロデューサー50周年を徳光和夫と語る!!

holiday-P1030266_ed.jpg酒井政利氏が音楽プロデューサーとして50周年を迎え9日、ニッポン放送「徳光和夫 とくモリ! 歌謡サンデー」で紹介された。酒井氏は「今年は日本のレコード産業がスタートして100年目の年。その中で半分の50年もレコード産業に携わってくることが出来た。日本のレコード産業の一翼を担っていくことが出来た」と感慨深げだった。
酒井氏は、立教大学で長嶋茂雄氏と同期。大学を卒業後、一旦は映画会社の「松竹」に入社したが、60年10月に日本コロムビアに移り音楽制作人生がスタートした。一番最初に担当したのはホリプロの社長も務めたこともある守屋浩。その後、担当した青山和子の「愛と死をみつめて」で日本レコード大賞を受賞した。67年、CBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)が設立されたのに伴い、同社に移り最初に手掛けたのはフォーリーブスだった。その後、南沙織と郷ひろみをデビューさせ、いわゆる「アイドル路線」を築き上げた。山口百恵やキャンディーズ、宮沢りえなど多くのアイドルを生んできた。50年の音楽プロデュース生活で手掛けてきたアーティストは300組を超え、その総売り上げは3500億円とも言われる。
今回は、酒井氏が音楽プロデューサー50周年を迎えたことを聞きつけた徳光が「低迷する日本の音楽業界を何とか盛り上げる起爆剤にしたい」と言うことから、自身のラジオ番組「とくモリ!」の中で紹介された。番組では、酒井氏の音楽プロデュースの手法や当時のエピソードなどが語られた。
中でも77年に広告代理店「電通」の企画で、作詞家の阿久悠さんやデザイナーの横尾忠則氏らとイースター島に1か月半も旅行したことを吐露。この旅行の中から、阿久さんの「UFO」(ピンクレディー)が生まれ、酒井氏は「異邦人」(久保田早紀)、「魅せられて」(ジュディ―・オング)、「時間よとまれ」(矢沢永吉)、「いい日旅立ち」(山口百恵)の4部作を生んだ。

超人気アイドルだった広末涼子!! 12年前の早大受験→入学は芸能人の一大学入学という枠を飛び越え社会現象に(中)

Candle JUNEと”電撃再婚”にた広末涼子と言えば、かつては人気アイドルだった。その広末が最も話題になったのは12年前の98年11月。早大教育学部国文学科を受験することが発覚した時だった。早稲田受験→入学は、芸能人の一大学入学という枠を飛び越え、ヤジ馬から報道陣までが大学に殺到する社会的な事件に発展した。
08年11月19日。広末は、高校の成績を重視した「自己推薦制度」を利用して受験した。22日に筆記試験を受けた結果、見事に合格した。ドラマ、CM、歌手と引っ張りだこで「日本一忙しい女子高生」と言われ続けてきた広末の進路だったこともあって、早大ばかりかマスコミも大フィーバーとなった。芸能記者が言う。
「07年に入学した斉藤佑樹(教育学部社会科社会科学専修)や福原愛(スポーツ科学部)の時も、大騒ぎになったが、広末の時は、それ以上。異常な加熱ぶりだった。とにかく、入試から合格発表、入学、学生生活…その全てがニュースになったほどです。広末1人が話題を独占してしまったほどで、社会現象にもなりました」。
広末は、高校2年だった97年末に進学を決意、その後、受験校選択に悩んでいたそうだが、最終的に早大を決めたのは「子供の頃からの憧れだった」(関係者)と言う。
「広末は、芸能活動も学業を優先にしてきた。高校3年に進級する際の欠席日数は僅か18日で、成績も5段階評価での平均が4.5と優秀だった。そういったことから高校側も早大を勧めたようです。早大の推薦基準を十分に満たしていると言うのが、その理由だったようです。一般試験は2月に行われるが、自己推薦入学の試験は11月で、論文と面接というものでした」(芸能記者)。
しかし、広末の早大受験が発覚して以来、学生の間では「歓迎派」と「反対派」が入り混じり、大隈銅像の周辺には、それぞれが看板を立てるなど、前代未聞の騒ぎに発展した。
「広末の早大受験は、不透明な部分が多かったんです。と言うのは、広末の通学していた都内の高校から早大進学と言うのは無理もあった。実際に、広末の進学校として当初は帝京大学という情報も出ていたほどです。要するに、彼女の早大進学はイメージアップを図りたい広告代理店、所属プロダクション、それに生徒を集めたい早大の思惑が一致したとも言われました。もちろん今でも真実は不明ですが、ただ、周囲が広末を、第二の吉永小百合に仕立てようとした思惑はあったと思いますよ」(当時を知る芸能記者)。
そういったこともあってか、学生の間からは「すでに合格は決まっていた」などという根拠のない噂まで出る始末。
「教育学部の推薦倍率5.2倍。まして、広末の通学していた高校から早大に合格する生徒は毎年1〜2人。学年200人中、テストの順位は平均50番ぐらいだったとい広末が、その狭き門をこじ開けたのだから、あらぬ噂が出るのも不思議ではない部分もあった」(前出の芸能記者)
さて、晴れて、早大に合格した広末だが、不安は「大学の授業についていけるか」ということだった。その点に関しては「他の学部に比べて教育学部国文学科は楽な学科が多いから大丈夫でしょう。仕事で休むことがあっても代返可能な授業も結構ありますから」(教育学部の学生)。
しかも、教育学部といっても教育課程は取らなくてもいいので「芸能活動を優先しても卒業は可能」と言われた…
(つづく)

またまた“出来ちゃった”で再婚!? 広末涼子が全身刺青のCandle JUNEと結婚発表(上)

肉食系の広末涼子が、全身刺青のキャンドル・アーティスト、Candle JUNEと入籍したという。焼肉で精力をつけた挙句の”出来ちゃった再婚”に違いない。やはり、デート前に広末に焼肉を食べさせたのが悪かったなんてことも…。
広末は、早稲田大学を中退した03年12月15日、モデルの岡沢高宏と入籍・結婚した。この時も”出来ちゃった結婚”だった。しかし、04年4月に子供が出来ても遊び好きは抜けきれなかった。05年7月に再び芸能界に復帰したものの、08年3月に岡沢と離婚した。離婚は時間の問題と思っていたが、何だかんだと長く続いた。しかも、翌年に出演映画「おくりびと」が、第81回アカデミー賞でオスカー(外国語映画賞)に輝いた。
 Candle JUNEとは噂が出る前は、09年6月のこと広末のファンだという永井大がアタックして交際していたようだが、今年に入って破局していた。Candle JUNEとは今年3月に、Candle JUNEが主催している「LOVE for HAITI」というハイチ大震災の支援イベントに参加したことがキッカケらしい。「守るべきかけがえのない子供がいて、心から打ちこめる仕事がある自分は、『これ以上、何も望むべきではない』という気持ちで私なりに理想の家庭像を描き、少しでも近づけるように努力してきました」(自身のホームページより)
その上で、
「プライベートな生活におきましては、これまで経験したことのないような壁や困難を感じることが多々あった」とし「そんな時に”恋愛感情”というより、静かな安らぎを感じさせてくれる彼の穏やかな人柄に惹かれ、また信念を持って真摯に活動に打ち込む姿勢と行動力に信頼感を抱いた」
というのだ。ま、だからCandle JUNEというのだろう…。
いずれにしても、結婚は「熟慮を重ねた上」らしいが、出来ちゃった以上は、選択肢は少ない…。
しかし、Candle JUNEは、国内外のイベント等の演出ばかりかキャンドルの店舗経営に携わっていて金を持っている。広末にしては、ますます出身地の高知に「ふるさと納税」が出来るってわけか!? それにしても、意外に単純で騙され安い女かもしれない…。
因みに、Candle JUNEも、自身のブログで広末との入籍を発表している。
いずれにしても、今は結婚で目出度いが、またまた離婚に向けてのカウントダウンは始まった!? 別に不幸を期待しているわけではないが、それが広末のキャラかもしれない…。
(つづく)