Archive for 1月 13th, 2010

結婚1周年…。ロッカー“雅−MIYAVI−”がEMIに移籍して心機一転、音楽活動を再始動!!

水曜日, 1月 13th, 2010

1604430578_thumbnail.jpgロック・アーティストの“雅−MIYAVI−”が、ユニバーサルミュージックからEMIミュージック・ジャパンに移籍して、音楽活動を再出発することになった。ユニバーサル時代は、“雅−miyavizm−”だったが、再スタートは“雅−MIYAVI−”。アーティスト表記を変えての心機一転、始動だという。第一弾は、3月24日に発売するDVD「NEO TOKYO SAMURAI BLACK WORLD TOUR vol.1」。
このDVDは、昨秋9月14日の東京・渋谷C.C.Lemonホール(渋谷公会堂)を皮切りに1ヶ月間に亘って繰り広げられたツアーの模様を収録したもの。同ツアーはロシア、ヨーロッパ、南米、アジアまでを駆け巡るワールドツアーだったが、DVDは、そのツアーの完全密着ドキュメンタリー映像になっているそうだ。バックステージなんかも映し出しているというのだが、すでに、今秋の発売を目指して第2弾のDVDも準備されているそうで、新生“雅−MIYAVI−”は、CDというより映像(DVD)で攻めまくるようである。
しかし、そんなことはどうでもいい。“雅−MIYAVI−”と言えば、ハワイ出身の異色シンガーmelody【写真】と一昨年末に“極秘結婚”していた。共通の知人を介して知り合ったらしいが、すでに2人の間には子供まで生まれている。そういった意味でも、まさにに女房、子供のためにも頑張らねばならないってわけかもしれない?
ところで、そのMelodyも結婚を期に芸能界を引退しているだけに、中には「誰?」という人も多いだろう。そういった人のために簡単に説明しておくと、彼女は、82年2月24日にアメリカ・ハワイで生まれ。もっとも生粋の日本人らしいが、実際には「ハワイで生まれ育ち」というのがウリだった。要するに早見優のようなものだ。しかし、幼少期からバレエ、ジャズダンス、ヴォイス・トレーニング、ピアノ…と、音楽的英才教育を受け「シンガーとして日本でデビューすることを夢見ていた」という。「Dreamin’Away」で歌手デビューした彼女は、透明感溢れる歌声は“プラチナム・ヴォイス”と言われた。また、m-floのフィーチャリング・シンガーとして「miss you」に起用され話題となった。ファン層は20〜30代前半の女性で、ファッション業界からも注目を浴びていたらしい。04年1月21日にリリースしたファースト・アルバム「Sincerely」はオリコンチャート初登場3位を記録、またファーストDVD「Sincerely Yours」も初登場4位を記録した。
今年2月24日で28歳になる。EMIミュージック・ジャパンに移籍出来たことだし、何より結婚1周年。子供も生まれてメデタシメデタシ。昨年に続いて、今年は彼女の誕生日の2月24日にバンド仲間などを呼んで、さらに盛大なバースデー・パーティーでも開くのだろうか!?
因みに、“雅−MIYAVI−”は、日本人の母と在日韓国人2世の父の間に生まれた。出身は大阪。 Gacktをリスペクトしていて、3年前に、X JAPANのYOSHIKIに誘われGacktと3人でユニットを結成したりなんかした。幼児期、サッカー選手を目指していたこともあったが、中学の時に足を負傷したことで断念。その後、入学した高校も中退した時に音楽と巡り合い、音楽活動を開始したという。今回、DVD化した渋谷C.C.Lemonホールは、03年にファースト・ライブを開いた思い出の会場だった。

器具の置忘れで2度の開腹手術、極めつけは術後の糸の切り忘れ…帝京大・医療センターの医療事故(5)

水曜日, 1月 13th, 2010

20100102214550.jpg子宮頸癌により子宮全摘出と右卵巣摘出手術を受けた際、腸を押さえる為の器具【写真】を置き忘れ、2度に渡って全身麻酔と開腹手術を受けた患者が、病院側に謝罪を求めたが、なかなか謝罪に応じない。患者のIさんによれば、入院中から(器具の)置き忘れについては再三にわたって説明と謝罪を求めていたという。
しかも、退院後には術後の糸の切り忘れまで発覚した。患者のIさんは患部が化膿して、さらに苦しむことになる。しかし…
前回も記述したたが、病院の副院長補佐は
「人間のやることでミスがあり得ないってことはないというのが、安全管理学をやる人の常識です」
と言い、さら
「アメリカでは、医療のミスによって年間4万5000〜5万人が死んいでるという政府の報告書が出ました」
とまで理屈を語り始めた。
これが、最も充実した総合病院として知られている千葉・市原市の「帝京大学ちば総合医療センター」で起こった医療事故である。
医師の不足も含め、医療は今や社会問題になっているが、関係者は「医療現場は危機的な状況」と言う。患者にしてみれば、病院や医師を頼るしかないが、万が一、事故が起こってしまった場合、どうしたらいいのか? ただ問題なのは、その医療事故が「どうにもならなかった」事故か? それとも「医師の不注意による」事故なのか?であるが、今回の帝京大学
ちば総合医療センターの医療事故は、どう見ても後者に該当する。いくら設備が整い、充実していたとしても、これでは意味がない。宝の持ち腐れもいいところだ。患者側にしてみれば、それこそ宝の山に入りながら手を空しくして帰るようなものである。
だいたい、事故後の病院、医師の患者に対する対処の仕方にも大きな問題があった。明らかに危機管理のなさ、緊張感のなさが浮き彫りになった事件だった。
結局、病院側との話し合いは未だ解決していない。現状では「泣き寝入り状態」になっているという。
話し合いの出席者
病院側=副院長補佐「F」と「M」と名乗る男、女性看護師、産婦人科看護師長「T」の4人  
患者側=患者の「I」と、患者の夫「A」の2人

I 「それから、今日の診察なんですけども…」
F 「はい」
I 「左側のドレインが入ってた上に切られてない糸が残ってました」
F 「今日ですか?」
I 「まぁ、2日前までですね。もう痛くて痛くて化膿して自分たちでハサミを消毒して切ったんですけど。そのことをN先生に言ったんですけども…」
F 「それで?」
I 「それは切り忘れだ、と」
F 「うん」
I 「でも、癒着してからじゃ遅いですよね。痛い思いはまた私がするんですよね。何度も何度もおなかを確認してると思います。消毒もしていますし。目に見えないものじゃないんですよ」
F 「うん…そうですか。それはそれは…(軽いため息)」
A 「それはそれはじゃなくて、何か言うことないんですか?」
F 「本当に申し訳ございませんでした。よろしいですか」
A 「良くないです」
F 「そうですか(笑いながら)」
A 「ちゃんとした形で謝罪してください。」
F 「ちゃんとした形?」
A 「例えば、頭を丸めるなりなんなり…」
F 「え?」
A 「例えば、頭を丸めるなりなんなりして責任取ってもらえますか!?」
F 「取りません」
A 「責任取らないと…」
F 「頭剃るような…。あの、頭剃るような仕事ではございません」
I 「R先生…」
A 「机の上に手置いて手組みながらね『すいません』て…」
I 「R先生から謝罪があった時に母も立ち会ったんですけども」
F 「はい」
I 「アレは謝罪する方の姿勢ではないと…」
《つづく…ここまでで11分30秒》