1ヶ月間も前に…。さだまさし実父・佐田雅人さんが12月10日に長崎原爆病院で逝去していた

業界ネタと言われれば、単なる業界ネタである。
もっとも、このブログ自体が、業界ネタだから別に断る必要もないのだが…。シンガーソング・ライター、さだまさしのお父さん、佐田雅人さんが12月10日に多臓器不全のため長崎市茂里の日本赤十字社・長崎原爆病院で亡くなっていたという。90歳だった。
正直言って驚いた。だいたい亡くなったのが丁度1ヶ月前の話である。この情報化時代に、亡くなったことを1ヶ月間も知り得なかったわけだから。おそらくファンも知らなかったことだろう。
佐田さんは、昭和51年(76年)11月にさだまさしのソロ・デビューをキッカケに設立した個人事務所「さだ企画」の社長に就任した。56年(81年)には中華人民共和国中央電視台と共同で製作した映画「長江」(東宝)の製作総指揮も務めた。その後、平成3年(91年)には事務所の社長を次男の繁理氏に譲って会長に退いたが、平成19年(07年)には会長職も退任した。
しかし、昨年10月に体調を崩し、長崎原爆病院に入院していたが、12月に入ってからは昏睡状態が続いていたと言う。その間、さだはコンサートやレコーディングなどの合間をぬってたびたび病院を訪れ、看病していたそうで、最期にも立ちあったと言う。
葬儀は、12月12日に仙台で行われたチャリティーコンサート後の13日に長崎市内の寺院で密葬として執り行われたそうだ。関係者によると、年末に向けて、全国6都市での恒例のディナーショーや、昨年は大みそかに国技館で行われたカウントダウン・コンサートなどスケジュールが詰まっていたことから「発表は見合わせていた」。ただ、関係者によると、佐田さんは闘病中、国技館で21年ぶりに行われたカウントダウン・コンサートを楽しみにしていたと言う。
2月2日には、都内のホテルでお別れ会も予定しているというが、しかし、入院していたことも、亡くなったことも全く気づかなかったとは…。この業界、実は、気づかないことばかりなのかもしれない。