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C型肝炎、鬱病、自殺未遂…。“伝説の音楽プロデューサー”三浦光紀氏はハワイと日本を行き来する生活

木曜日, 12月 3rd, 2009

20091202174305.jpg久しぶりに音楽プロデューサーの三浦光紀さんに会った【写真】。
もう、かれこれ8〜9年ぶりぐらいになるかもしれない。三浦さんはケビン・コスナーと親しく、よくケビン・コスナーについて聞かされたことを思い出すが、実際には、音楽プロデューサー。もっとも最近は「伝説の音楽プロデューサー」になってしまっているらしい。
その三浦さんと、吉祥寺で会った。
実は、三浦さんは3年ぐらい前に、住んでいた広尾のガーデンフォーレストで自殺未遂を図った。
「C型肝炎でインターフェロンの治療を行っていたんだけど、その副作用だったんだろうね、おそらく使いすぎだったのかもしれない。鬱病にもかかっていたんですよ。で、自宅で無意識的に首を吊ろうとしていた…。そこに、たまたま姉が来て…。不幸中の幸いだったというか、大事にならないで済んだんですよ」
ただ、その後は1週間ぐらい全く意識不明で、記憶がないという。
「発見されて、すぐに裏にある日本赤十字広尾医療センターに運ばれたようなんですよ。懇意にしていた先生がいましたからね。その後、母親と姉の住んでいる吉祥寺病院に移り、治療したんですけど、記憶が戻ったときは、手足を拘束されていました。いつ記憶が戻って、また自殺を図るんじゃないかと思われていたようです。いずれにしても、精神病院に長期入院して治療していたんです」
2年前に、退院した後は、ハワイに渡り、ハワイの別荘での生活になったという。
「やっぱり、環境が変わると精神的もいいみたいでね。ハワイで生活したことで、鬱病も治りました。もっとも2日に1回は肝炎の治療で点滴を受けたりしたり、肝炎の場合は、肝臓がんになる率が普通の人の1000倍あるらしいので、その検査も受けたり…」
今年に入ってからは、ハワイと日本を行き来しての生活を送っているという。広尾のマンションは引き払い、現在は吉祥寺に住む母親の元で生活をしているそうだ。
いうまでもなく、三浦さんは、キングレコードでベルウッドレコードを興した人。あがた森魚「赤色エレジー」などをプロデュース。他に、はっぴいえんど、矢野顕子、高田渡、加川良など、70年代のフォーク、ロックの歴史を築いてきた。80年代後半から90年代前半は、徳間ジャパンコミュニケーションの専務取締役で徳間グループの総帥だった徳間康快氏(故人)の右腕となった。宮崎アニメの「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」などの音楽制作を行ったほか、伊藤つかさ、ZIGGY、BOφWYなどのプロデュースも行っている。
最近は、70年代に三浦さんが手がけた楽曲を集めたCDの企画が来ているそうだ。
「何か、伝説のプロデューサーなんて言われちゃってね。でも、ここ数年、業界の人との接触は絶っていたんです。もっとも、佐高信さんとか、はっぴいえんどの連中や矢野さん、高田とか…、かつて関わったアーティストの人とかは、親しいですからね、会っていましたけどね。そういった人たちではなく、業界の人で会ったのは、渡辺さんが久しぶりですよ」
なんて言っていた。
いずれにしても、元気そうでよかった。
来年3月には再びハワイに行くらしいが、日本とハワイを行き来しての生活なんて羨ましい限りである。
「まあ、病気をしたり、何らかのキッカケがなければ出来ないでしょうね。ただ、今は生きていてよかったと思っていますよ。C型肝炎はあるが、それ以外に悩みもないし、ストレスもない。正直言って爽快。最高な気分で生活していますよ」。