アジアに広がるのりピー人気!! 00年日本人アーティストでは初めて香港でファンの集い…

20091022132004.jpg20091022132136.jpg“のりピー”こと酒井法子に対して、中国や台湾などから早くも復帰に向けてのオファーが来ているという。確かに日本の国内では、早期の復帰に対して批判の声がある。しかし中国、香港、あるいは台湾では、そういった日本国内の事情など、どこまで考えているのか正直言って疑問である。単に話題と人気があれば…ということかもしれない。
もっとも、サンミュージックが契約を解除してしまっている現在、酒井のスケジュールに関して、どこにオファーしたらいいのか全く分からない状態となっているだけに、今後の成り行きだけが注目される。それにしても、アジアでの酒井の人気は、いったいどれだけあったのか? これは、著書「酒井法子 孤独なうさぎ」では書き切れず、割愛してしまったが僕の、取材から改めて振り返ってみた。
20世紀最後の年――00年秋。酒井は98年に続く2年ぶりの香港コンサートを香港コンベンション・センターで行った。この会場は、香港が中国に返還されたのを記念して建設された香港最大のイベント・ホールだった。コンサートは「酒井法子香港演奏会」のタイトルで開かれたが、2日間の公演で2万4000人が詰めかけた。しかも、会場に詰めかけたファンの9割以上が香港の地元のファンで、驚いたのはカップルでの観客が圧倒的に多かったことだった。
ま、コンサートはさておき、この時、実は、香港のファンを対象にした「ファンの集い」も行っている。当時、酒井に限らず日本人アーティストが続々と香港を中心にアジア進出を図っていたが、現地のファンを対象に「ファンの集い」を開催したのは、酒井が初のケースだった。
当時、取材したところでは、香港では公認、非公認を含め、酒井法子のファンクラブは、少なくとも10団体あった。しかも、その会員は、推定だったが1万5000人から2万人が参加していたというから、それだけでも酒井人気の凄さが分かる。因みに、この時に行ったファンの集いは、公認のファンクラブが対象だったが、その会員だけでも1万人以上が登録されていた。それだけに参加者の抽選は大変だったようだ。
また、こういった人気を背景に、所属していたビクターエンタテインメントも、香港公演に合わせて香港だけで記念盤の発売をしたりしていた。ベスト・アルバムだが、コンサートで歌う曲を収めたものだった。
「正直言って、こういった取り組みも日本人アーティストとしては異例のケースだったと思う。やはり人気の度合いを証明している」(香港のレコード関係者)。
因みに、このアルバムは00年11月1日に発売され、香港だけで7万枚を売り上げた。
(つづく)