所属事務所を無視!! 「麻布建物」倒産事件で逮捕され弁護士資格を剥奪された人物が“代理人”となった酒井法子

酒井法子の逮捕で、警視庁渋谷警察署と酒井法子側の間に立ってきたのは「みやび法律事務所」だった。渋谷警察署は、この「みやび法律事務所」を通じて、酒井に出頭を要請してきた。では「みやび法律事務所」とは一体…!? 実は、この法律事務所を代理人として立てたのは、酒井の逃亡を手助けし行動を共にしていたと言われる継母(育ての親)と、その親しい関係にある男性――不動産会社の経営者だった。何度も繰り返すことになるが、東京・渋谷の道玄坂で高相祐一が逮捕された際、酒井を迎えに来た時、高相と酒井から「社長」と呼ばれていた人物である。
この不動産経営者が、酒井の出頭にあたって、渋谷警察署との“交渉窓口”として依頼したのが「みやび法律事務所」だった。
現在、酒井の弁護人を担当するのは、この法律事務所の榊枝真一弁護士である。榊枝弁護士は、何と、高相祐一についても担当弁護人となっている。要するに2人の間を行き来しているのである。
話は前後するが、渋谷警察署は、この法律事務所に出頭要請し、酒井は出頭した。その際、酒井は逃亡を手助けしていた不動産経営者を伴ってきたと思われる。それにしても、理解出来ないのは、担当弁護士を決めることに、所属事務所のサンミュージックには全く相談していなかったことだ。まさに常識を逸脱した暴挙だった。
ところで、担当弁護士になった榊枝弁護士は「事務所からの指示で弁護人となった」と言う。表向きには「酒井から依頼された」としているが、厳密に言ったら「法律事務所で受けた仕事」ということになる。
実は、不動産経営者の男性は、富永義政・元弁護士に”代理人”として依頼したのだ。そして、その富永・元弁護士が設立したのが「みやび法律事務所」だったのだ。
早い話、不動産経営者の男性は、富永・元弁護士に依頼し、富永・元弁護士が渋谷警察署と出頭に関して交渉を重ねていたということになる。ところが、この富永・元弁護士、とんでもない素性の人物だった。
実は、富永・元弁護士というのは、負債総額5468億円の大型倒産で話題になった「麻布建物」の弁護士だった。しかも、その際、「麻布建物」の資産隠しをし公正証書原本不記載、同行使罪の疑いで逮捕されていた。それによって弁護士の資格を剥奪されていたのだ。だから「元弁護士」というわけだが、それにしても、そんな人物を、何で酒井の“代理人”なんかにしたのだろうか? 継母の気持ちも分からないが、それ以上に依頼したという不動産会社経営者の考えも理解できない。しかし、少なくとも、「麻布建物」の倒産事件で問題となった弁護士を信頼するような不動産経営者なんだから、ロクでもないことは想像できる。また、富永・元弁護士は、ジャニーズ事務所が平成9年に提訴した「SMAP追っかけ本事件」で、被告人側の代理人弁護士でもあった。
ところで、酒井の覚せい剤事件は、現時点での感じでは「不起訴」か「起訴猶予」になる可能性もある。それにしても、この代理人と弁護人というのには、ちょっと疑問である。

酒井法子“覚せい剤事件”の深層…継母と親しい不動産会社社長らが手助けし継母と共に失踪、逃走していた!?

覚せい剤取締法違反(所持)の疑いで逮捕された酒井法子。事務所のサンミュージックにも連絡をよこさず失踪、逃走を繰り返し8日夜に出頭してきたわけだが、その間、新宿区や中央区など都内を泊まり歩き、山梨にも行ったという。では、その間、誰と一緒にいたのか?
実は、酒井の失踪と同時に連絡がつかなくなった酒井の継母――育ての親だった。しかし、酒井と継母の2人で移動していたとも思えない。そこには、継母の交際している男性もいたと思われる。この男性こそ、渋谷・道玄坂で夫である自称プロサーファーの高相祐一が逮捕された際、酒井を迎えに来たという人物――「社長」と呼んでいた人物だった。
この人物は、都内で不動産会社(建設会社という情報もあるが…)を経営する社長だそうで、年齢的には60歳後半の初老だとも言われているが、どういった素性の人物かは特定されていない。ただ、継母と交際している男性とあって、酒井も親しくしていたようである。酒井の知人によると「業界にも顔が広くて、頼りになる」と言っていたそうで、「プライベートでゴルフなどにも行く間柄」でもあるようだ。その、不動産会社を経営する男性が運転する車で行方をくらましたと言われている。
時間は前後するが、高相が酒井を呼び出した3日未明、酒井は、知人の飲み会(パーティーとも言われている)に出席していたようだ。その飲み会には、10歳の長男もいた。高相に電話で呼び出された酒井は、まず、その場で長男を預け、高相のいる道玄坂に向かった。その後は、報道されている通りだが、確かに、酒井は長男を預けていた。酒井は、一旦、その飲み会の会場に戻り、そこで、改めて長男を再び預けたのか、あるいは都内某所の友人の家に行って、長男を預けたと思われる。預けた友人は、酒井が“妹分”として可愛がっていた女性だという。報道されている、高相の愛人だったかどうかについては調べがついていない。いずれにしても、酒井の長男と、その女性が一番仲がよかったようなのだ。そういった意味で、酒井は長男を預けたのだろう。しかも、支度金として50万円を渡したといわれている。
その後、酒井は大急ぎで南青山の自宅マンションに戻り、ボストンバックだけを持って家を出た。継母とはマンションで待ち合わせた可能性が高い。酒井の失踪生活は、そこから本格的に始まった。
失踪する前、酒井は、高相の母親に電話をかけたが、話の内容は不明だ。しかし、高相の母親には電話をしておきながら、所属事務所のサンミュージックには連絡を入れていなかった。
もっとも、失踪中には、さらに協力者が加わっていたのではないかという声もある。一部には、西麻布のクラブ「A」の関係者が(酒井と)合流していたのではないかというのだが、真相は掴めていない。