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マイケルの秘話: 数回寝たことがある!? 映画「ホーム・アローン」の子役だったマコーレー・カルキンとの関係…

火曜日, 6月 30th, 2009

マイケル・ジャクソンの死去は世界中の音楽ファンを悲しませているが、連日の報道でCDやDVDは爆発的なセールスとなっているという。しかし、マイケルと言ったら、やっぱりスキャンダラスな部分を語らずにはいられない。早い話、スキャンダラスでなければスーパースターになれないということである。
そのマイケルで話題になったのが、子役の俳優として知られたマコーレー・カルキンとの関係である。
マコーレー・カルキン-―「世界一有名な子役」として「ギネスブック」にも認定されている。彼は、映画「ホーム・アローン」に主演するなどで爆発的な人気になったが、マイケルの少年に対する性的虐待にも登場してきた。
カルキンは、マイケルの「ブラック・オア・ホワイト」(91年)のプロモーションビデオ(PV)に出演したり、マイケルとは何かと親交が深かった。そういった中で、出てきたのが、マイケルとの関係だったわけである。
米メディアによると、カルキンはPVに出演する前の90年――10歳の頃から4年間の間に数回、マイケルと一緒に寝たことがあると認めている。このことから、05年にマイケルの裁判(カリフォルニア州サンタマリア地裁)での裁判に、マイケル側の証人として出廷したこともあった。
少年時代にマイケルから性的虐待を受けたか?と問われたカルキンは「一度もない」と証言。マイケルと「数回寝たことはある」と報道されたことについても「遊び疲れて寝てしまっただけ」とした上で「とても自然なことだった」と説明した。
また、不自由な少年期を過ごした者同士として「(マイケルとは)話が合った」と振り返った。
もっとも、検察側の証人として出廷したマイケル邸の元料理人は、91年当時について、2人がビデオゲームで遊んでいた時に「マイケルがカルキンに性的イタズラを加えているところを目撃した」と衝撃的な証言をしていた。
結局、マイケルとカルキンの仲が良すぎたことが「誤解を生んだ」と判断。地裁は、カルキンの証言を採用し、マイケルの少年への性的虐待裁判は無罪となり、釈放に結びついたと言われる。
カルキンは、80年8月26日に米ニューヨークに生まれた。父親は舞台俳優で、7人兄弟の3番目で、兄姉も俳優、さらに伯母は映画「ダイ・ハード」でブルース・ウィルスの妻を演じたボニー・ベデリアという、俳優一家の中で育った。4歳からYMCAのダンス・スクールに通いバレエを習い、アメリカン・バレエ・スクールに進み、ニューヨークのシティ・バレエ団で「くるみ割り人形」などの舞台に立った。その後、87年に映画デビューしたが、出世作は90年の「ホーム・アローン」(クリス・コロンバス監督)への主演大抜擢だった。
同映画の世界的ヒットで、カルキンは一気にスターダムに上りつめ、「マイ・ガール」や「ホーム・アローン2」「リッチー・リッチ」など僅か4年間の間に9本もの映画に主演した。
しかし、人気が高まる一方で、カルキンの家庭はズタズタだった。両親がカルキンの芸能活動を巡って対立、父親から暴力を振るわれたりでノイローゼになり、その結果、カルキンはアルコール依存症となり、96年5月には「家庭内の問題が解決するまで俳優を続けることは出来ない」と事実上の引退宣言をするまでに発展した。
マイケルと、どこか似たもの同士だったことは間違いない!

“照明、踊り、華やかさ…このステージに私も立ちたかった”元グラドル小向美奈子の初ストリップが千秋楽を迎えたが…

火曜日, 6月 30th, 2009

holiday-P1020012.jpgholiday-P1020022.jpgholiday-P1020014.jpgholiday-P1020019.jpg覚せい剤を使って逮捕され、執行猶予付き有罪判決が下った元グラドルで、借金の返済のため?ストリッパーに転身した小向美奈子の初舞台が東京・浅草のロック座で行われていたが、その舞台が29日に千秋楽を迎えた。約1ヶ月、25日間の公演だった。
契約を解消された前所属事務所との“覚書”で、「ヌードにならない」「ビデオ、写真集を出さない」「芸能活動は一切行わない」と約束していたにも拘らず、いきなりストリップ劇場に出ることが分かり、前所属事務所は「出演禁止」の仮処分を東京地裁に求め、その仮処分が下ったのにも関わらず“強行出演”してきた。どうやら、ストリップ出演は「芸能活動」ではなく「風俗嬢の仕事」というのが理由らしいが、その結果、とにかく、テレビや新聞、週刊誌を賑わせてきた。人気グラドルでも、単なるチンコロネエちゃんだった小向が、今や“時の人”となった。大したものである。
何といっても、千秋楽には、僕も行ってしまったほどである。しかも、ロック座の劇場では“出ベソ”と言われる飛び出したステージの先端、いわゆる“カブリツキ”に座ってしまった。両隣には、大きな花束を持ったオタク風のニイちゃんが、小向を応援していた。それにしても、前の席はいいが、観ていると首が疲れる。これには参った!!
さて、その小向のストリップの感想は後に回して…。
さすが、千秋楽とあって最後の回には300人が詰め掛け、会場は熱気に包まれていた。聞くところによると、初日と同じくらいの入りらしい。入場料8000円で300人。たった1回のステージで240万円。1日4公演だから、1000人入ったとして1日だけで800万円の売り上げである。これが25日というと…。
ところで、公演後、会場内で小向による記者会見が行われたが、これも凄かったのは、テレビ局、週刊誌や新聞のカメラマン、記者と軽く150人を超えていた。「恐るべし!小向!!」である。
しかも会見が行われたのは午後11時45分である。深夜の記者会見に、何でこんなに来るの?って感じである。正直言って「風俗嬢」の会見ではない。これは明らかに「芸能人の会見」である。
会見の前に司会の女性が「記者会見の会場をどこにするか検討してきましたが、再起を賭けて臨んだ、このロック座での会見を小向が望んだ」と説明していた。しかし、ここ以外、時間的にも会見する会場はないだろうけど…。それに、ロック座にとっても宣伝になるわけだし。
緊張しきった表情の小向は、まずは今回の騒動を謝罪した上で「25日は長かった。私の中では、無事に終わることが出来るか不安だった。でも、終わってみると、そういった不安を乗り越えてきたことが、自分にとって大きな自信にもなった」と言い、出演したことに「後悔はない」といった表情を見せていた。
「(ストリップ出演は)知人に、ロック座を紹介してもらい、初めてストリップを観させていただいた時、それまで抱いてきたストリップのイメージがいっぺんに変わりました。照明、踊り、華やかさ…。このステージに私も立ちたいと思いました。まさに芸術の場だと思う」。さらに「ストリップは、体で表現できるもので、素晴らしい。これからも機会があったらやりたい」と意欲を見せていたが、まるで、ロック座のストリップを宣伝しているかのようだった。
因みに、ロック座では小向に「3~4ヶ月に1回の割合で今後も出演してもらいたい」とラブコールを送っていた。
ところで、肝心な契約を解消された前事務所との問題だが、出演禁止の仮処分が出ていながら強行出演したわけだが「現時点では話し合いは全く進んでいない」そうだが、今回は「黙認」だったうだ。そういったことから今後は、小向本人が前所属事務所と直接、話し合って解決を図っていくのだという。そういった意味からか、嘘か本当か「所属事務所は決まっていません」。
いずれにしても、全てが計算され尽くされたような今回の小向のロック座出演だったが、では、小向の初ストリップはどうだったか?彼女のような人気グラドルが、いきなりストリップに転身したのは前代未聞のこと。それも、借金を返済するために自分が決めたのだからいいだろう。が、正直言って、彼女は、ストリッパーには向いていない!! だいたい踊りも不十分。いや踊りのセンスがないといった方が適切かもしれない。彼女は会見でストリップは「芸術」と言っていたが、彼女のストリップは芸術なんかじゃなく、小向の場合は、グラドルの単なる“裸ショー”だろう。素人でも、あんな踊りはしない。しかも25日もやってきて…。もちろん「頑張っている」ことは分かるが、ぶっちゃけ、小向のステージは“ショー・ビジネス”では通用しない。前記したように「人気グラドルだった小向の裸踊り…」という程度のものだった。会見で「(ストリップは)体で表現できる…」って言っていたけど、何を表現したかったのか?ちょっと理解できなかった。正直言って、小向以外の周りのストリッパーが上手すぎるのだ。それもみんなスタイルが良すぎる。それに比べ小向は、驚くように太っていて、何故かステージの上では浮きまくっていた。あれにはショックだった。これが、あの人気グラドルだった小向?と思ってしまったほどである。いやいや驚いた。ハッキリいってイメージダウンは明らか。前所属事務所は、そのことが分かっていたのではないか?いろいろな意見があるだろうけど、小向にとってストリッパー転身は失敗だったことは確かだ。