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【緊急連載4】マイケル・ジャクソンに不可能はない?東京ディズニーランドが無料で“独占開放”した!!

土曜日, 6月 27th, 2009

滞在期間中の9月29日。千葉・浦安の東京ディズニーランド。この日は午後7時に閉演して、マイケル・ジャクソンのために“独占解放”した。まさに前代未聞の出来事だった。当日はミッキーがマイケルを出迎え、ミッキーの案内で園内を回った。
「最初に立ち寄ったのは“ミート・ザ・ワールド”。その後、スペース・マウンテンの乗り、主演している3D映画『キャプテンEO』を観て、自画自賛していました。ディズニーランドは、姉のラトーヤ・ジャクソンやスタッフ250人も招待し、34種類あるアトラクションの中から13種類を厳選するなど、マイケル一行のために無料解放した。もちろん、レストランの食事も無料でした。約4〜5時間はディズニーランドで楽しんだが、この数時間のためにディズニーランドが要した経費は5000万円だったそうです。ディズニーランド側はマイケルが来たことで計り知れないイメージ・アップに鳴ったと言っていましたが…」(当時、マイケルを取材した芸能記者)。
ところで、マイケルの公演は、ソロとしては初めてのワールド・ツアー――それも、ツアーの皮切りが日本だったこともあって、世界中から300人を超えるマスコミ陣が殺到した。
そのステージは、レーザー光線とバリライトの光の中でセクシーに歌い踊るダイナミックでエキサイティングなものだった。会場の照明が消えると、ドラムのリズムに乗ってステージ中央の床が上がり始める。円盤のような光の坂の下から4人のダンサーと共にマイケルが登場すると、後楽園球場に詰めかけた4万人の大歓声が巻き起こった。
マイケルは、黒いコートを脱ぎ捨てると、宇宙服のようなレザーのスーツに。緑と赤のレーザー光線が、銀色の宇宙船の舞台セットに当たって、バリライトが光のシャワーになる幻想的なステージは、まさに別世界だった。
「スタート・サムシング」で幕を開けたステージは「今夜もビートイット」や「ビリー・ジーン」、「BAD」、新曲「キャン・ストップ・ラビング・ユー」などをヒット曲を歌い、大ヒット曲「スリラー」では、ダンサーがモンスターに扮し、5人で迫力満点のダンスを披露した。詰めかけたファンはネコの目のように移り変わる魅惑のステージに釘付けとなりとなり、現実を忘れて酔いしれた。
「会場前には、マイケルを一目見ようというファンも殺到しました。ダフ屋も横行し、逮捕されたダフ屋は6500円のチケットを11万円で売りさばいていた。異常な盛り上がりでした」(音楽関係者)。
ワールドツアーは日本公演に続いてオーストラリア、ニュージーランド、全米、欧州と続き、その後は、メキシコ、ブラジルと1年かけて全世界を回った。ワールドツアーのギャラは総額で200億円。マイケルはペプシコーラと22億円でCM契約を結んだが、マイケル起用で全米ではペプシがコーラのシェアでトップになったという。
マイケルは、よほど日本が気に入ったらしく、公演終了後も帰国の様子を見せず「一時は10月末まで滞在する」という情報も出た。しかし、サスガに日本人スタッフから不満の声も?出始めたこともあって、10月19日、日航機731便でロスに飛び立った。
成田空港に現れたマイケルは「私は功明ちゃんを愛してます」と英語と日本語で刺しゅうしたジャンパーを着ていた。これは、当時、群馬県高崎市で起こった「功明君誘拐殺人事件」を知ったマイケルが、特注で作らせたジャンパーだった。「マイケルの初来日は、最後の最後まで日本のファンを意識したパフォーマンスを忘れなかった」(音楽関係者)という。(つづく)

【緊急連載3】初来日公演で“愛猿”バブルス君を伴って記者会見に出席したマイケル・ジャクソン

土曜日, 6月 27th, 2009

マイケル・ジャクソンの初来日公演は、全14回の公演で42万9000人を動員し、約26億円分のチケットを全て売り尽くす盛り上がりとなった。
チケット以外の売上げもハンパじゃなかった。各公演先で売れたプログラムやポスターなど”マイケル・グッズ”の総売上だけでも推定だが7億円を軽く上回ったという。公演収入と合わせると、33億円を超える札束を僅か1ヶ月間で稼いだことになる。世界NO1スーパー・スターと呼ばれる所以である。
来日して一夜明けた87年9月10日。マイケルの最初の仕事?は、午後零時半から宿泊先の赤坂キャピトル東急で催されたパーティーだった。マイケルは、”愛猿”のチンパンジー、バブルス君を伴って出席した。この催しは、マイケルが飼っている動物たちのキャラクターを、“マイケルズペット”という名称でライセンス使用している日本の会社「MRM」と、「スコーレ」がマイケルのために開いた歓迎パーティーだった。
そして、その夜は後楽園球場に向かった。「公演の下見」と思ったら、向かったのは球場ではなく、隣に併設された「後楽園ゆうえんち」。マイケルは、この遊園地を夜7時から2時間半借り切ってジェットコースターなど乗り物を楽しんだ。「マドンナは連日、ディスコで踊っていたが、マイケルは遊園地。仕事とはいえ追いかける取材陣も、さすがに呆れていましたよ」(芸能関係者)。
しかし、マイケルは「後楽園ゆうえんち」だけでは飽き足りず、ついに「東京ディズニーランドを1日借り切って遊びたい」とも言い出した。
マイケルとディズニーランドは非常に深いつながりがある。もともとディズニーの大ファンであるマイケルは、ミッキー・マウスなどの縫いぐるみを集めまくって、ロスの自宅には、専用の部屋まであるほど。また当時、ディズニーランドでは、マイケルを起用した短編3D映画「キャプテンEO」が上映されて大評判になるなど、ディズニーランドにとってマイケルは、イメージアップの「大貢献者」にもなっていた。
しかし、ディズニーランド側は「年内の休園日はない」としていた。だが、滞在期間中の9月29日、ディズニーランドは急遽、午後7時で閉園することを決定、マイケルのために解放することを決めた。ディズニーランドが1人に”貸し切る”のは、もちろんあり得ないことだが、マイケルには不可能はなかった。(つづく)

【緊急連載2】マイケル・ジャクソン日本初公演は1回のステージが1億7000万円、14回公演で総額24億円を費やす!!

金曜日, 6月 26th, 2009

87年9月。マイケル・ジャクソンの初来日が過熱したことには理由があった。芸能関係者は言う。
「マイケルは、大変な親日家で日本公演は夢だった。で、86年の秋にも1度、計画されたことがあったんです。広告代理店の電通と大手プロモーターが動いて、一時は決まるかに見えた。ところが土壇場に来て流れてしまった。理由はマイケルのギャラだった。公演費用とギャラが破格でスポンサーが逃げてしまったと言います。1年経って、来日が実現したのは円高で外タレを呼び易くなったということも大きいが、マイケル側が来日を強く望んでいたことから、契約面での交渉がトントン拍子にいったと言います」。
しかし、来日公演の裏側では札束が乱れ飛んだことは事実。主催の日本テレビは、マイケルに推定で13億円のギャラを支払ったと言われている。が、公演に際して日本テレビは総額3億円もの掛け捨て保険に入り、マイケル側も50億円の「興行中止保険」に入ったことだった。
と言うのは、このマイケルの日本公演は、1回のステージで1億7000万円、14回公演の総額では24億円もの経費がかかった。しかも、この経費の殆どはマイケル側が負担するという契約になっていたからだ。 
「日本テレビが招聘したので、ギャラは当然、日本テレビが出すが、通常の外タレ公演とは違って、マイケルの場合はギャラの他に公演による利益も全てマイケル側に入る破格の契約になっていたんです。要するにマイケルが公演を仕切っているようなものだったんです。だから50億円もの興行中止保険に入る必要があったんです」(興行関係者)。
もっとも、この50億円の中には、滞在期間中の事故も含まれている。
「異国の地で1ヶ月間も滞在しようというんですから、保険に入るのは当然でしょう。いつ、どこで何が起こるか分かりませんからね。ただ、50億円が高いか安いかと言う点に関しては考えは違うかもしれませんが、ま、当時、全米芸能人所得第9位のマイケルですから、50億程度の保険は高くはないかもしれませんね」(音楽関係者)。
因みに、滞在先のキャピトル東急に運び込まれたマイケルの荷物は4トラックで2台。衣装ケースだけでも11個もあったという。また、コンサートの機材も6月のマドンナの98を大きく上回る150もあったという。マイケルの初来日は、身の回りの荷物も含めハンパじゃなかった。(つづく)

【緊急連載1】マイケル・ジャクソンの初来日!! 宿泊のキャピトル東急ホテル10階を1億3000万円かけてリフォーム!!

金曜日, 6月 26th, 2009

「人生50年」なんて言うが、その50年という短い生涯にピリオドを打ったマイケル・ジャクソン。彼にとっては、あるいは“太くて短い人生”だったのかもしれない。
日本各地で43万人のファンを動員、マイケル旋風を巻き起こした米国のロックスター、マイケル・ジャクソンの初来日は、ビートルズの来日以来の大フィーバーとなった。
「今世紀最大のスーパースター」と呼ばれたマイケル・ジャクソンが初来日してから22年の年月が経った。87年9月。日本公演は東京・後楽園球場(現東京ドーム)の他、兵庫・西宮球場、大阪・大阪球場、そして神奈川・横浜スタジアムの5都市で全14公演だった。動員数43万人というのも、当時としては前代未聞のスケールだった。
「来日してから帰国するまで40日間も滞在した。世界のスーパースターが、これほどまで長期間、日本に滞在するなんてハッキリ言って異常なこと、考えられないことでしたね。しかも、連日連夜、外出するから正直、追跡取材も大変でした。余談ですが、マイケルは”愛猿”とでも言うのか、チンパンジーのバブルス君まで連れてきたから、話題的にも追いかけるネタも多かった。テレビ局はもちろんスポーツ各紙は、マイケルの特別取材チームを作って空前の追跡劇を繰り広げました」(当時の芸能記者)
マイケル・ジャクソンが日本に初上陸したのは87年9月9日だった。成田空港はマイケルの来日の瞬間を取材しようと約300人の報道陣でゴッタ返した。
午後4時15分。米ロサンゼルスからマイケルを乗せたJAL61便が定刻通り到着した。
「空港のサテライトも取材陣が殺到した。この年は(87年)、6月にマドンナが初来日して大騒ぎになったが、マイケルの初来日は、マドンナを上回るフィーバーぶりだった。取材陣の数もマドンナ以上だった」(前出の芸能記者)。
マイケルは、家族やスタッフら20人とともに姿を現した。薄いピンクのシャツに黒いサングラスという軽装のマイケルは、レスラーばりの長身のボディーガードに前後をガッチリ護られて通路を歩いた。到着ロビーは、テレビカメラのライトやカメラマンのストロボがいっせいに光り、異次元空間となった。
到着後、マイケルは黒の高級国産車のハイヤーに乗り、警備関係者ら4台の車に守られて東京に向かった。東関東自動車道、首都高速湾岸線では新聞社や写真週刊誌が依頼したオートバイや取材車両とカーチェイスを展開。その後、マイケルは宿泊先である東京・元赤坂のキャピトル東急ホテルに入った。
「キャピトル東急への宿泊はマイケルの要望というより要求だったんです。このホテルは、かつてヒルトンホテルだったんですが、その時に宿泊したのがビートルズだったんです。つまり、ビートルズの大ファンだったマイケルは、ビートルズと同じホテルに泊まりたかっただけなんです。しかも、ビートルズと同じ10階のフロアーに…。ホテルでは、マイケル用にインペリアルスィートを1億3000万円をかけてリフォームしたそうですが、部屋代は一泊25万円だったといいます」(音楽関係者)。
因みに、マイケルの滞在中に、その部屋を訪れたのは、松田聖子だった。「日本で一番人気のあるアーティスト」ということで異例の招きを得たと言われた。もちろん、同じソニー・ミュージックエンタテイメントの所属だったこともあるのだろうけど…。(つづく)

自殺説も否定できず…。マイケル・ジャクソン死去の謎を探る。健康面に不安。精神安定剤や鎮痛剤の大量摂取の疑いも!?

金曜日, 6月 26th, 2009

Image109.jpgImage108.jpg「信じられない」「ショックでいてもたってもいられなかった」。
マイケル・ジャクソンが搬送された米ロサンゼルスのカリフォルニア大ロサンゼルス校付属病院(UCLA付属病院)前は、ファンでパニックになった。
「信じたくない」
ファンは、マイケルの死を未だに受け止められない様子だった。また、マイケル・ジャクソンの横断幕を持ったファンは、マイケルの名前を叫び続けていた。
ヒット曲を多数生んだ一方で、ゴシップもつきまとったのもマイケルだった。しかし、その素顔は大の”親日家”でもあった。
マイケルが西ロサンゼルスに移ってきたのは今年5月だったと言われる。マイケルの主治医でもあったマネジャーを切った直後のことだった。ロサンゼルスの音楽関係者は言う。
「やはり、マイケル自身は金も欲しかったが、その一方で健康面にも不安があったのだと思う。自分の体力に限界を感じていたはずです。そういった意味でも、7月13日のロンドン公演は、さまざまな工夫をして、自身の登場時間を減らす演出を考えていたようです。1回のステージで2時間。マイケルは、体力的に1時間程度のステージが限界だったはずです」。
そのために、わざわざ医師をマネジャーにしていたのだが、そのマネジャーも切らざるを得ない状況になった。それは、マイケルにとってはあるいは苦渋の選択だったのかもしれない。
健康面も管理し、常にアドバイスをし続けてきたマネジャーを切ったことで、マイケルの健康面に不安が出てきた。一部情報では「精神安定剤や鎮痛剤など、薬物を大量に摂取するようになった」とも言われるが…。
死因は、心筋梗塞と言われるが、それが薬物によるものか、あるいは持病によるものなのかは現時点では不明である。もちろん、自殺説も否定は出来ない。
マイケルの顧問弁護士は「25日の朝、マイケルが自宅で倒れたと、弟のランディから連絡を受けた」と説明しているが、その倒れた状況は実際には不明である。しかも、自宅からUCLA付属病院に運ばれ、集中治療室で蘇生措置を受けたが、その際の対応は厳重で、すべてがシャットアウトされた中で行われた。「隠しておきたい」部分があったのかもしれない。
(つづく)

※写真=マイケル・ジャクソンが搬送されたUCLA付属病院と病院前で横断幕を広げマイケルの名前を連呼するファン。

死因は急性心筋梗塞?マイケル・ジャクソン死去!! 米テレビは訃報ニュースを繰り返し放送

金曜日, 6月 26th, 2009

Image339.jpgImage336.jpgまさかの死だった。
“キング・オブ・ポップ”と呼ばれ、数々のビッグ・ヒット曲を生んできたマイケル・ジャクソンが25日、米ロサンゼルスで搬送先のカリフォルニア大ロサンゼルス校付属病院(UCLA付属病院)で亡くなった。
25日午後零時21分(日本時間26日午前4時21分)、西ロサンゼルスの自宅からロス市警に「マイケルが倒れている」の一報が入った。救急隊が駆けつけたのは何と、通報から僅か5分後だったという。マイケルは心配停止状態だったため、その場で蘇生措置を施され、UCLA付属病院に緊急搬送されたが午後1時7分(日本時間26日午前5時7分)に死亡が確認された。病院関係者は「手の施しようがなかった。急性心筋梗塞です」と話した。
しかし、ロスに行って、僅か2日前である。地元のプロダクション関係者やイベント関係者とマイケルの話になった。
「マイケルがロサンゼルスに戻ってきて、7月13日に行うロンドン公演のリハーサルを始めている」
という話からだった。
しかし、マイケルの話は、いつものようにスキャンダラスに包まれていた。
この夏からマイケル・ジャクソンとジャクソンズ、ジャネット・ジャクソンの合同コンサートを計画していたが、その一方で、マイケルが勝手に単独公演を契約してしまったというもの。7月13日に予定したロンドン公演は、その単独での公演だった。このため、合同コンサートを計画していた米国のイベント会社は、ロンドンの公演主催者とマイケルのマネジャーを相手に日本円で40億円もの損害賠償を求める訴訟を連邦裁判所に起こしていた。その裁判が7月から行われる予定だったと言われる。
そのためか、それまでのマイケルのマネージャーは2ヶ月前に突然に解雇され、新しい女性マネジャーの元でマイケルのマネジメントがスタートしていたというのだ。
この2ヶ月間に、マイケルの周辺で何が起こっていたのかは、わからないが、精神面で大きな変化があったのかもしれない。「鎮痛剤の大量摂取」という薬物説もあるが、その一方で、自殺説もある。「精神的に病んでいた。躁鬱的になっていたともいいます」と現地の音楽関係者。また、地元のメディア関係者は「とにかく、金に困っていました。ロンドン公演が契約違反だったことはマイケル自身も承知していたはずで、確信犯だったと思いますが、事態が思わぬ方向に行ってしまったのかもしれません。とにかく、マイケルの周辺は謎ばかりですから…」と語っていた。
地元のテレビはマイケル死去のニュースを繰り返し流している。CNNはもちろんFOXテレビは、マイケルの特集番組も【写真】。また、FMラジオはマイケルの曲ばかりを1日中かけままくっている。
(つづく)

※写真=マイケル・ジャクソンの訃報を報じる米テレビ(米FOXテレビより)

RIAJ「着うたフル」週間チャート。 20歳の女性シンガーJASMINEデビュー曲初登場1位!!

金曜日, 6月 26th, 2009

photo_m.jpg㈳日本レコード協会(RIAJ)は、有料音楽配信「着うたフル」の週間チャートを公表した。調査期間は6月17日から23日。
前週まで4週間連続でトップを独走し続けてきたGReeeeN「遥か」が4位に後退した。そのGReeeeNに代わって1位の座を射止めたのは20歳の新人女性シンガー、JASMINEのデビュー曲「sad to say」【写真】。JASMINEは13歳からゴスペルクワイアに参加し、17歳から本格的にシンガーとして活動開始したという。驚異的なボーカルと、歌詞の表現力で僅か1年あまりでソニー.ミュージックとメジャー契約を結んだ。注目の新人というだけあってパワープレイも強力だった。レコチョクとのタイアップCMが6月17日からスタートした他、全国のFM、AMラジオのパワープレイは多いのか少ないのか分からないが26局にも。とにかく、J−WAVEが力を入れたらしい。今やラジオの力はなくなったと思っていたが、まだまだ底力は残っているっていう証か!? また、MTV「hot seat」は6月度のパワープレイになっている。
2位には木村カエラ「Butterfly」が11位からランクアップした。
また、3位にはGIRL NEXT DOORの新曲「Infinty」が初登場。同曲は、フジテレビ系ドラマ「アタシんちの男子」主題歌として起用されていたが、最終回が何と9.8%と10%割れ。正直言って、この数字では盛り上がりに欠けてしまう。TBSドラマ「ぼくの妹」のように、視聴率が低い
と、主題歌に起用されても、いきののがかり「ふたり」のように10位から22位に転落してしまう。いきものがかりとしては、期待外れだったかもしれない。
その他、初登場では、大阪発のガールズ・ロック・バンドのSCANDAL「少女S」が5位にランクされた。彼女たちの第3弾シングルが「少女S」。テレビ東京系アニメ番組「BLEACH」オープニングテーマの起用されている。こちらは40局ものFM/AM/CSでパワープレイを獲得した他、多くのテレビ歌番組にも出演してきた。このプロモーション展開は、彼女たちにとっては効果があった。
8位には青山テルマの新曲「二人の約束の日」が初登場でランクインした。

【有料音楽配信週間チャート・ベスト10】 ※カッコ内は前週
1(―) JASMINE 「sad to say」 
2(11) 木村カエラ 「Butterfly」
3(―) GIRL NEXT DOOR 「Infinty」
4(1) GReeeeN 「遥か」
5(―) SCANDAL 「少女S」
6(2) MINMI 「アベマリア」
7(14) Mey J. 「Garden feat.DJ KAORI.Dirry‐MO, クレンチ&ブリスタ」
8(―) 青山テルマ 「二人の約束の日」
9(4) 加藤ミリヤ×清水翔太 「Love Forever」
10(3) JUJU feet JAY,ED 「明日がくるなら」
次(―) AZU 「I WILL」

キャロル再結成が進んでたのに失踪か!?死亡説まで…元キャロルのジョニー大倉に怪情報

水曜日, 6月 24th, 2009

元キャロルのジョニー大倉が失踪して行方が掴めないという怪情報が…。未確認情報であるが“死亡説”まで出始めている。当然、詳細は不明だが、「携帯電話に電話したら使われていなかった」なんて情報まで…。来年には、キャロルの再結成が予定されていただけに、ジョニー大倉に何が起こったのか気になるところである。
ジョニー大倉は、71年に矢沢永吉らとキャロルを結成、ミッキー・カーチスのプロデュースでデビューした。大倉はギターと作詞を担当。矢沢永吉と共に曲作りのコンビを組んで、73年に発売した「ファンキー・モンキー・ベイビー」が大ヒットして一躍スターダムに。しかし、75年に解散し、ソロ活動を開始した。その一方で俳優にも活動の場を広げる。82年に映画「遠雷」では「日本アカデミー賞」優秀助演男優賞を受賞している。
01年TBS系列の番組「サンデージャポン」に出演した時には、「不死身のロックンロールジャーナリスト」と自称したこともあった。さらに04年には俳優の窪塚洋介の転落事故に触れ、「彼も僕も(自殺)未遂じゃない。自分もキャロル時代は何かを埋める為に奇行に走っていた」とコメントした。
08年12月、休止を発表した大倉は、自らのホームページに
「ボクはまったく、ちぐはぐな今の地球に少々疲れました」
「ボクは少しの間、地球を離れます」
などと書き記していたという。
先週、池袋で大倉の姿が目撃されたが「表情は普通だった」と言う。一時は、矢沢永吉との関係がギクシャクした時期があったが、今年に入ってからはキャロル再結成の話が進み、来年には再結成することで合意していたとも言われる。それだけに、未確認情報であっても気になることころだが、さすがにロサンゼルスからでは情報がつかめない!?…単なる“怪情報”だったらいいのだが。

今や何でもアリのロス!! スーパーで北海道土産!? 宗教団体は立正佼成会と天理教が…

水曜日, 6月 24th, 2009

20090623140051.jpg20090623143508.jpgロサンゼルス市内のスーパーに入ったら、何と「北海道・十勝 牛乳キャラメル」「北海道・十勝 バターキャラメル」「北海道・夕張メロンキャラメル」なんかが売られていた。もちろん、あの田中義剛の「生キャラメル」とは全く違う。それにしても、価格が日本円で約220円前後…。いくらロサンゼルスだからといっても、ちと高い!?
驚いたと言えば、もう一つ。リトルTOKYOの近くに、何と、立正佼成会と天理教団が隣り合わせに並んで建っていた。さすがに、これにはロス在住の日系人も笑いが…。
「佼成会と天理教は隣り合わせですが、この辺には、宗教団体がいっぱいありますよ」。
ロスでは、今や何でもアリなのかもしれない!?

マイケル・ファミリーの合同コンサートと単独コンサートの二重契約でマイケル・ジャクソンは音楽活動ズタズタ!!

火曜日, 6月 23rd, 2009

20090622161759.jpg20090622221434.jpgハリウッド・サンセットにあるライブ・ハウス“Whisky A GoGo”に来た【写真】。数あるライブ・ハウスの中でも、ここは、ローリング・ストーンズやヴァン・ヘイレンなどがライブを行うなど、ロサンゼルスでも老舗の会場だそうだ。最近は、ヘビメタ系アーティストが多数、出演しているという。この日は、Gravity Core、LF、Missing Gloree、Lemon Drop Kickといったロッカーが演奏を競っていた。が、正直言って知らないグループばかりだった。
そのライブ・ハウス”Whisky A GoGo”で聞いたのがライブというより、マイケル・ジャクソンの噂話だった。
マイケルは最近になって、ロサンゼルスに越してきたらしいが、そのマイケル、2ヵ月ぐらい前に突然、マネジャーを変えたというのだ。
「それまでは、男性の医者をマネジャーにしていたようなんです。何で、医者なんかをマネジャーにしていたのか分かりませんが、今度は、女性がマネジャーになりました。コンサートの関係をやっていた女性らしいですけど…でも、突然のマネジャー交代は、かなり不可解なことみたいですよ」。
しかも、ここにきて、7月にロサンゼルスで予定していたコンサートをキャンセルしたという。キャンセルというよりドタキャンに近い!!このコンサートは、マイケル・ジャクソン&ジャクソン・ファイブ&ジャネット・ジャクソンの合同コンサートだったという。もっとも、大騒ぎして行うことになったコンサートだけに、その後になって来年3月に延期したいと言い出したらしい。
「実は、マイケルは7月13日にロンドン公演を皮切りに、ワールド・ツアーをやると言い出した。リハーサルも、移住したロサンゼルスでやっていたようですが、これは明らかに二重契約です。そういった意味ではロンドン公演も微妙になっている。ロサンゼルスの合同コンサートは、5公演を予定していたんですが、マイケル側が中止を言い出したことで、大騒ぎになってしまった。そこで、来年の3月に1公演だけやると…。中止の理由は、どうも7月のその時期に裁判があると言うんですけどね。いずれにしても、自分から言い出したコンサートを、今にになってやめるなんて、余りに無責任だと周りは呆れていますよ」。
合同コンサートの時期にマイケル側が突然に「ロンドン公演をやる」なんて発表したものだから当然、アメリカのコンサート・プロモーターは激怒。マイケルとコンサートの独占契約をしたにも拘らず、ロンドン公演をやるのは「明らかな二重契約」と、アメリカのプロモーターはマイケルのマネジャーとロンドン公演の主催を相手に4000万ドル(日本円で40億円)の損害賠償訴訟が連邦裁判所に起こした。マネジャーの交代は、そういったこともあるのかもしれない。
しかし、二重契約までするなんて、よっぽどマイケルは、金に困っていたのだろう…。それにしても、こんなことをやっていたんじゃ、音楽活動もズタズタだ!!