80年代の世界的ロックスター、ボーイ・ジョージの末路はホモ仲間の逮捕・監禁で禁固15ヶ月

英ロンドンの裁判所の陪審は昨年12月5日、ホモ専門の“出会い系サイト”で知り合ったノルウェー人男性に手錠をかけ拘束した挙句、監禁したとして逮捕、起訴(07年4月)されていたボーイ・ジョージ(本名=ジョージ・オダウド)に対し「有罪」の評決を出した。そして、その量刑が「禁固15ヶ月」とロンドンの刑事法院からボーイに言い渡された。ボーイは、ノルウェー人のヌード写真を撮って揉めたと言うのだが…。
ボーイ・ジョージの全盛期は80年代だった。彼は、英国のロック・グループ“カルチャー・クラブ”のボーカル。何と言っても“女装”で人目を引きつけ、日本では「ロンドンの玉三郎」の異名を持っていたほどだ。
 カルチャー・クラブは、82年に出したデビュー曲「君は完璧さ」は、英国など世界18ヶ国で1位に輝いた。この曲は650万枚を売り上げる爆発的大ヒットとなった。当時、人気を独占していたマイケル・ジャクソンと競り合うほどの人気だった。英国の航空会社「ヴァージン・アトランティック」のリチャード・ブランソン社長率いる「ヴァージン・レコード」の”ドル箱スター”でもあった。84年に発売されたアルバム「カラー・バイ・ナンバーズ」は、日本でも30万枚をセールス、3回の来日公演を行っている。
 しかし、85年ありから急に人気も落ち始め、グループは休業。さらに人気凋落の果てに麻薬にのめり込んでいった。それだけではない、ボーイの周辺では死亡事件など奇怪な事件も起こるなど世界のロック・ファンを震撼させるようになった。
 事件の始まりは86年7月8日朝のことだった。ロンドン警視庁はボーイの兄ケビン・オダウド、そしてボーイの“愛人”だった男性ポップス歌手のマリリンら5人をヘロイン所持と、ボーイへのヘロイン受け渡し容疑で逮捕、ボーイの自宅も家宅捜索した。
 家宅捜索でボーイの自宅からはヘロインは発見されなかったが、警視庁はボーイにも事情聴取を要請。しかし、ボーイは8日朝から行方不明になってしまった。一時は「米国に逃亡か」という情報も流れマスコミは大騒ぎになった。しかし、ブランソン社長が9日に「ボーイは病気療養で入院している。絶対安静の状態だ」と記者発表。さらに、ボーイの所属事務所が英BBCのニュース番組で「ボーイはドラックから回復するために療養している」と明らかにした。結局は、ボーイがヘロイン中毒に陥って悪化していることを公式的に認めたのだ。
 しかし、政治力と言うか…。リチャード社長は、当時の英首相だったサッチャーから信頼を得るほどの人物だっただけに、警視庁も「ボーイの治療が終わるまで取り調べは見合わす」と発表してしまった。ところが、国内外から「ボーイだけ例外扱いするのはおかしい」と批判の声が上がったことから、7月12日に逮捕に踏み切った。この時、ロンドンの簡易裁判所はボーイに250ポンド(当時の日本円で約5万9000円)の罰金刑を言い渡している。異常に軽い量刑だった。
いずれにしても、ボーイの1日の麻薬代は800ポンド(約21万8000円)にも上ると言われ、本人は「僕は中毒じゃないから大丈夫」と否定していたが、25キロも痩せ髪も薄くなり、顔にはヘロイン中毒患者に特有の白い斑点のようなものも見られ、それまでのふっくらとしたセクシーな容貌からは果てていた。何と、英大衆紙「デイリー・ミラー」からは「ヘロイン中毒死寸前」と書かれたこともあった。しかし治療で奇跡的に?回復したボーイは、お調子者なのか「少年少女は麻薬と手を切ろう」と何と、麻薬撲滅に動くようになった。
「当時の英国はサッチャーのキモ入りで麻薬撲滅のキャンペーンが展開されていたんです。撲滅運動のトップはダイアナ妃(故人)がいたほど。そういった意味で、関係者は人気は落ち目でもロック界の大スターだったボーイがキャンペーンに参加してくれれば結構」(洋楽関係者)という雰囲気だったらしい。
しかし、常習性のある麻薬は性癖と同じで“縁”は切れなかった。86年12月20日、麻薬所持の疑いで再びロンドンで逮捕された。「ホモ仲間の家でのパーティーからの帰宅中に逮捕された」(関係者)という。
起訴されたボーイは、翌年3月20日にロンドン裁判所は「保護観察処分2年」の判決を言い渡した。その後は、暫く大人しくなっていたが(ニュースにならなかっただけかもしれないが…)、動き出したのは4年前の05年10月。今度は、コカイン所持と警察への虚偽通報の疑いで米ニューヨーク市警によって逮捕された。「自宅に泥棒が入ったと虚偽の通報をしたんです。通報で駆けつけた警察が自宅を調べたらコカインがあった。虚偽通報の動機は不明でした」(関係者)。実に不思議な人である。翌06年、裁判所は米マンハッタンで「5日間の奉仕活動をする」との判決を下し、ボーイはマンハッタンで掃除など地域奉仕活動を行なった。しかし、それでも懲りないボーイは今回の事件を起こしていた。
 ロック界の大スターの末路としては悲しすぎる。ま、これがロックなんだろうけど…。

所詮は八方美人コメンテーターだった白石真澄。民主、自民も推薦見送って千葉県知事選は森田健作で決まり!?

image001.jpg「千葉県知事選」と言ったら、やはり“青春の巨匠”森田健作だろう。
今年は、その「千葉県知事選挙」の年。3月29日に選挙が予定されている。「衆院選」より後になるかと思っていたら、麻生太郎が“総理”に執着していることもあって結局は、衆院選の前になってしまう感じだ。
それにしても、その千葉県知事選は、いち早く“出馬宣言”した白石真澄【写真】がいるが、この女、噂以上の“大根役者”のようだ。しかし、当初は、この“大根役者”を民主党と自民党、公明党の3等が“相乗り推薦”しようとしていたんだから唖然呆然である。
もっとも、一番情けないのは、こんな女を千葉県知事選に担ぎ出してきた民主党千葉県連だろう。小泉純一郎が郵政民営化の選挙に打って出た時に“刺客”の候補にも上がった(結局は断ったらしいが)。しかも、内閣府の「構造改革特区推進本部評価委員」や「少子化社会対策検討会委員」など要職を務めているらしい。要するに、自民党の別働隊のような女だったのだ。そんな白石を担ぎ出してきた民主党っていうのも、政権を取ろうと意気込んでいると思っていたら、地方では一枚岩じゃなかった? だいたい、評論家とか大学の教授(白石は東洋大学、関西大学の教授らしいが…)出身の政治家は、竹中平蔵に象徴されるように使い物にならない。
しかも、白石もちゃっかりしていて、自民党にもアプローチするは、公明党にもいい顔するなど八方美人ぶりを発揮していた。やはりテレビのコメンテーターなんかをやっていると、そうなってしまうのか? 食わせない女とは白石のような女のことだろう。
しかし、結局は、民主党も推薦を見送り、今度は、頼みの自民党まで「推薦できない」と言い出した。このままでは、森田健作の天敵「公明党」だけということになってしまう(白石の旦那は創価学会らしい)。もはや、白石は“知名度頼み”って感じだ。しかし、いくら知名度があっても、やっていることに主体性がないから公明党に推薦され、どう動こうとも泡沫候補になりかねない。
しかし、前回の知事選の時は「健康上の理由」とか言って、出馬を固辞していながら出馬して、思いがけない僅か6000票差でかろうじて当選した堂本暁子は、何と今回は「また出馬する」なんて元気がいいらしい。76歳だよ。まさか「後期高齢者」の代表なのか?自民党も、前回、公認した経緯もあるし、やっぱり「今回は白石」なんて都合のいいことは言っていられないだろう。
結局は、まだ、出馬宣言はしていないが、前回は落選したが森田健作という線で落ち着きそうだ。森田なら俳優として知名度も高いし、何と言っても衆議院議員としても実績もある。ビジョンもなく考え方もブレやすい白石とは違う。ただ…。まさか、調子に乗って、宮崎県のそのまんま東(東国原英夫)を、応援に呼ぼうなんてことは…そんなことは、まさかないだろう。そのまんまなんて、所詮はバカの一つ覚えのように「高速道路を作れ」と叫ぶか、宮崎県の特産品をPRをするしか能がないのだ(いくらPRしても宮崎県の認知度は低いらしいが…)。森田は、あんな宮崎県知事と一緒にならないことを祈りばかりだ(そういえば、17日の午後にBSで放送していた2時間ドラマに、そのまんま東が犯人役で出ていた)。