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タバコはたとえ1000円になってもやめない!! 松山千春ラジオから復帰!! ステージは8月29日の大阪城ホール!

月曜日, 7月 21st, 2008

image207.jpgimage206.jpg不安定狭心症で倒れコンサート・ツアーを中止し、療養していたフォーク・シンガーの松山千春が20日夜、北海道・札幌のSTV(札幌テレビ放送)で復帰会見を行った。会見後には、同局(STVラジオ)のスタジオからFM NACK5のレギュラー番組「松山千春のON THE RADIO」を生放送、元気な声をファンに届けた。ステージは8月29日に大阪城ホールで行われる読売テレビ50周年記念コンサートで、やしきたかじんとのジョイントを行う予定だ。
千春は福岡での公演が終わった先月25日未明、ツアー移動中、大阪の知人宅で胸部に痛みを訴え、救急車で大阪・羽曳野市の医療法人春秋会城山病院に搬送された。検査の結果、不安定狭心症と診断され急きょ、緊急手術で経皮的冠動脈形成術(けいひてきかんどうみゃくけいせいじゅつ)の処置を行った。
「今までに味わったことにない苦しみと痛さだった。強いて表現するなら心臓を素手で握られているような痛だった。とにかく、横になれない。心臓を押さえてかがむのが精一杯だった。救急車の中では痛くて叫んでいた」
と当時を振り返った。
千春は新曲「我家」とアルバム「起承転結11」を5月21日に同時発売し、春の全国ツアー「我家」の真っ最中だった。しかし、ドクターストップがかかったことから6月27日の三重県文化会館以降の東京公演と北海道公演を含む全7公演を全て中止した。
「自分自身の気持ちとしては、東京の公演は出来るかと思っていたが、周囲はとんでもないと言われた。ただ、入院して3日ぐらいしてからは、とにかく北海道に帰りたかった。頭の中は北海道に戻ることしか考えていなかった」。
今回は、ツアーとは別に生まれ故郷の北海道・足寄町でも7月8日にコンサートを行うことになっていた。足寄町開町100年記念事業「松山千春ふるさとコンサート2008」として足寄町総合体育館で計画されていたものだ。千春にとって、足寄町での本格的なコンサートは88年9月23日の足寄西小学校以来、実に19年10ヶ月ぶりで意気込みを見せていただけに、病気とはいえ、足寄町でのコンサートまでも中止せざるを得なかったことはショックという以上に悔いの残るものになった。それだけに
「足寄でのコンサートは、どんなことがあってもやる。今、役場ともスケジュールを調整している。秋にはやりたい」。
それにしても
「入院中は、いつも何気なく観ていたテレビでさえ観たいとも思わなかった。新聞も読める状態じゃなかった」
という。
また、倒れてから一番最初にメールが届いたのは小田和正だったことも明かした。
7月14日には、経皮的冠動脈形成術を再度行い薬剤溶出ステント(網目状の金属製チューブ)を5本留置した。
「本当は、3本でいいらしいけど、俺の場合は2本余計に入れたようだ。これからは、心臓の薬を飲み続け、糖尿病の治療もしていかなければならない」
というが、その一方で
「ファンは心配してくれているけど、タバコは吸い続けると思う。例え1000円になっても吸い続ける。好きなものもやめ、ただ生きながらえるのはイヤだし、これからも自分らしい人生を歩んでいきたい。もちろん歌手として暴れていきたい。それで、胸をやられたら、それはそれで寿命なんだろう」
と淡々と語っていた。
ステージの復帰に関しては、8月29日に大阪城で行われる読売テレビ開局50周年コンサート。やしきたかじんから出演依頼を受けて出演を約束していたものだ。
「これは、やしきとの約束だから絶対に出る。例え、医者からストップがかかっても出る」
自らの病気よりやしきとの友情を優先すると断言していた。千春らしい。
因みに、8月25日に放送する日本テレビ開局55年記念ドラマ「霧の火〜終戦の5日後、樺太に散った九人の乙女たち」では主題歌「思い」を書き下ろしている。

【入院の経過】
※6月25日
大阪の知人宅で胸部に痛みを訴えたことから大阪・羽曳野市の医療法人春秋会城山病院に搬送。不安定狭心症と診断され経皮的冠動脈形成術(けいひてきかんどうみゃくけいせいじゅつ)の処置。
※7月3日
大阪・羽曳野市の医療法人春秋会城山病院を退院。札幌に戻る。
※7月7日
札幌市の心臓血管センター北海道大野病院に再検査のため入院。
※7月9日
血管造影検査の結果、二股に病変が見られ、さらに経皮的冠動脈形成術の手術を受けた箇所にも再狭窄の兆候が見られたため再度、経皮的冠動脈形成術を受けることを決定。
※7月14日
経皮的冠動脈形成術により薬剤溶出ステント(網目状の金属製チューブ)を5本留置する。(薬剤溶出ステントは、冠動脈ステントを植え込んだ後に起こる再狭窄、再治療の必要性を減らすために開発された。ステントの表面に塗られた薬剤が徐々に血管の壁に放出されることで、薬剤の塗られていないステントと比べて再狭窄を抑えられる)
※7月16日
心臓血管センター北海道大野病院を退院