オヤジと韓国女性との会話!「僕の恋人になれば入国管理局は大丈夫!心配しなくていいから…」

20080423145212.jpg20080423145624.jpgそのオヤジは言った。
「僕の恋人になれば、全て大丈夫だから!! いや、心配はないから!大丈夫だから…」。
オヤジは、目で訴えながら女性の手をテーブルの上で握りしめた。
東京・赤坂見附の駅前にあるコージー・コーナーでの会話である。
女性は、韓国人。まだ慣れない、片言の日本語だった。話の内容から、どうやら赤坂のクラブに勤める女性らしい。歳は、24〜25歳って感じだった。しかし、オヤジは60歳はいっている感じだった。
「僕の恋人になれば、入国管理局は心配しなくて大丈夫だから。韓国から何日の何時何分の何便で羽田に到着するのか、成田空港に到着するのか知らせてくれれば、そこに必ず僕が迎えに行くから。イミグレーション(入国管理)は大丈夫。僕の恋人と言うことで何とでもなるから心配しないで。だから、僕とそういう関係になれば…」
オヤジは、胸のポケットから何やら手帳のようなものを取り出した。
「この手帳があれば大丈夫なんだよ。この手帳を見せれば、イミグレーションでは、警察手帳と同じぐらいの威力があるから。大丈夫。僕を信用して!」
韓国女性は、それでも不安そうな感じだった。
「心配しないで。本当に大丈夫だから。僕に任せておいて。僕の恋人だったら、本当に大丈夫だから」。
「店で働く時も心配しなくていいから。警察が入る時は、すぐ分るから、そしたら、すぐキョウコちゃん(韓国女性の名前らしい)に連絡するから。そうしたら、店を休めばいい。心配する必要は全くない」
「実は、色々な店からイミグレーションの情報を教えてくれって言われるんだよ。でも、余りやっちゃうと、危ないからね。ママからも頼まれるんだけど…。でも、キョウコちゃんは、僕が守るから大丈夫。○○(店名)で、キョウコちゃんが僕の隣に座ったとき、僕は、あー、何て可愛い子なんだって思ったんだよ。その後だったよね。確か四谷から電話したんだけど、連絡がとれなくて。諦めていたら、今度はキョウコちゃんから電話がかかってきた。正直、嬉しかった…」
とにかく、韓国女性のキョウコちゃんは、頷いているだけで、ほとんど話さない。オヤジが一生懸命に口説くばかりの声だった。
「君が、○○のチーママになったら、店も大丈夫だから。僕の恋人になってくれれば、本当に心配しなくていいから」
韓国女性が、何やら、他の男性客の話をし始めた。すると、オヤジがやや感情的に
「ダメダメ。ロマンス・グレーの男はダメだから。信用しちゃダメ。ロマンス・グレーの男は本当に危ないからね。ダメダメ!」。
「とにかく、僕だったら大丈夫だから。信用して! だから、何日の何時何分の何便に乗って、羽田に到着するのか、成田に到着するのか連絡してもらえば,すぐに迎えにいくから、大丈夫。大丈夫だから、僕を信用して」。
それにしても、こんな話をコージーコーナーなんかでするなよ! それにしても、どーしょうもないオヤジである。

山口・光市母子殺害。死刑の是非より日本古来の「仇討ち」の復活を!死刑執行は遺族の手で!!

山口県光市の母子殺害事件で、最高裁による差し戻しを受けて広島高裁は、犯行に及んだ当時18歳だった被告に死刑を宣告した。最高裁が「死刑相当」とした、差し戻し控訴審判決だっただけに、死刑宣告は十分に予想できたことだ。
それにしても被害者遺族の本村洋さんの精神力というのはたいしたものだと思った。例えば、記者会見での本村さん。取材陣の質問に対して自分の考えを的確に答えるというのは、なかなか出来ないことだが、本村さんの答弁は実に見事だった。しかも、表情を何一つ変えずに、淡々と胸のうちを語る。しかし、その応えは冷静で、感情に流されていない。被害者弁護団の安田弁護士とは大違いだった。人権擁護の弁護士なんかより、本村さんのは術の方が説得力があり、よっぽど重みがあった。この際だから被害者弁護士は、本村さんに授業料を払って話し方の勉強した方がいい。
ところで、今回の死刑宣告で、死刑の是非がクローズ・アップしたが、現実として国民の7割以上が死刑制度を支持している以上は、その流れは変わらないだろう。今回の判決にしても、おそらく国民の7〜8割は「妥当は判断」と思うはずだ。来年からの「裁判員制度」とは関係のないことだ。しかし、やはり、現実に厳罰が「無期懲役」と「死刑」の間に何もないのは問題だろう。やはり、米国のように、懲役50年、100年とか、刑期の見直しも必要だし、「死刑」とは別に、やはり、これまで何度も言い続けてきたが、日本古来の「仇討ち」を復活すべきだろう。例えば今回のケースでも、本村さんが望むなら「仇討ち」を容認すべきだ。仇討ちだから、被告を煮ようが焼こうが本村さんに任せる。被告が命乞いをして、万が一、本村さんが、仇討ちの途中で「許す!」と言ったら、それで刑は執行したことになる。とにかく、被害者に対して仇討ちをする権利を与えることをもはや検討すべきだろう。
いつだったか、鳩の遺伝子を持つコンパスMANが、死刑の執行で「ボタンを第三者の刑務官が押すのはおかしい」ととっていたが、これも、その通りである。死刑執行には被害者の遺族、あるいは親族も同席させ、ボタンは遺族、あるいは親族など血縁者に押させるべきだろう。もし遺族や親族が「押せない」と訴えるなら、死刑執行は中断、あるいは中止である。
来年からの「裁判員制度」は、絶好の機会。この際に刑罰についても再検討すべきだろう!