小室哲哉らとのコラボも宙に…。都はるみの今後は精神面で耐えられるかどうかがポイント

都はるみのショックは大きい。
発表したコメントは、気丈なところを見せているが、だが”愛人”とも言われ続けた音楽プロデューサー中村一好氏の自殺は、はるみの心に深い傷を残した。
中村氏の自殺した、東京・赤坂のマンションは、はるみの名義のマンションだった。それだけでもショックは大きい。中村氏の自殺した当日について、はるみは
「3日の晩、私は島根の公演で東京を離れておりました。4日昼になっても連絡が取れないことを不審に思った事務所の者が自宅に行き、発見しました」
とコメントをしているが、気になるのは、何故、中村氏は島根の公演に同行しなかったかである。この件に関しては、後に述べるが、はるみとの間に何かが生じたのか? あるいは、同行できなかった事情が中村氏にあったのか? である。
また、はるみは、中村氏について
「この数年、中村の酒量は増え、毎晩呑んでは自棄的になっていました。これを、傍にいるものとして何とか止めなければならなかったのですが、何度も何度も約束しましたのにそれもかなわず、どうしても止めることができませんでした」
と綴っているが。やはり、はるみのプロデュースと事務所経営の板ばさみになっていたとしか思えない。この部分については、前回、このブログでも書いたので割愛するが、聞くところによると、事務所の借金は数億円あったとも。
ただ、元NHKのプロデューサーだった湊氏との間で企画していたドキュメンタリーは順調に進んでいたはずなのに…。この企画に関しては、どこもマスコミも裏を調べられないのかどうか知らないが追いかけてこないが、はるみが小室哲哉をはじめ、CRAZY KEN BANDの横山剣、細野晴臣らとコラボレーションする企画だった。NHKエデュケーショナルが制作を進めていた。湊プロデューサーと中村氏との話し合いもトントン拍子に進んでいたと言われ、所属レコード会社のコロムビアミュージックエンタテインメントも大ノリだった。結局、中村氏が亡くなった現在、この企画も宙に浮いてしまった形だ。おそらく、企画自体が消滅してしまう可能性もある。
すでに、はるみが出演し放送する予定だった、NHKの「BS日本のうた」に関しても出演を見合わせる方向のようだ。すでに収録も終わっているものを、コロムビア側から「見合わせ」を要請したという。
「実は、NHK『BS日本のうた』の収録は、島根の公演の際に行ったんです。その収録に一好氏が同行しなかったのは実は、今、振り返ると不思議といえば不思議だったんです。その部分に関しては謎ですね」(NHK関係者)
はるみは、コメントの中で、今後について
「今私が出来ることは、歌い続けることだと思います。歌い続けること、それが、彼が一番望んでいることだし、彼の遺志を継ぐことだと思っています」
と意気込みを見せているが、これも正直言って疑問である。
すでに、決まっているスケジュールは、事務所の運営のために、どう無理してもこなさなければならない。ただ、昨年は恩師の作曲家・市川昭介氏に旅立たれ、今年に入ってからはマネジャー、そして今回の中村氏。孤独感を感じているはずである。問題は、この状況下で、はるみが精神的に耐えられるかどうかにかかってきた。

歌い続けることが彼が一番望んでいたこと…中村一好氏の自殺で都はるみがコメント

所属事務所「プロデュースハウス都」と個人事務所「都はるみ事務所」の代表取締役社長を務めていた音楽プロデューサー中村一好氏の自殺したことに対して、演歌歌手の都はるみがコメントを発表した。“愛人”とも“事実婚”とまで言われた中村氏とはるみの関係。その中村氏の自殺に、はるみが、どのようなコメントを出すのかが注目された。「みなさまへ」と題した、はるみのコメントは次の通り。
                          ※  ※  ※

このようなことを文書でみなさまがたにご報告しなければならないことを、まずはお詫び申し上げます。
私の歌手生活のパートナーである、また私を個人的にも支えてきてくれた中村一好は、4月4日未明自ら命を絶ちました。
この突然の死によって、仕事の関係のみならずご親族、友人らの皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしました。これを本当に申し訳なく思っております。本当にご免なさい。心からお詫びいたします。
私はいまだにこの事実が信じられません。何故このようなことを彼がしたのか、その原因についいぇこの間考え続けていますが、思い当たることがなく、事故だったのではないかと思わざるを得えないほどです。
ただ、この数年、中村の酒量は増え、毎晩呑んでは自棄的になっていました。これを、傍にいるものとして何とか止めなければならなかったのですが、何度も何度も約束しましたのにそれもかなわず、どうしても止めることができませんでした。
3日の晩、私は島根の公演で東京を離れておりました。4日昼になっても連絡が取れないことを不審に思った事務所の者が自宅に行き、発見しました。葬儀は、ご親族の方の希望でご親族のみで済まされました。私もまた遠くから彼とお別れさせていただきました。
何故、彼を思いとどまらせることが出来なかったのか、私はこれを悔やんでも悔やんでも悔やみきれません。きっと私は生涯、本当に止めることが出来なかったのだろうかと自問します。そして、彼の思い出とともに、この責めも引き受けていこうと思います。これはとっても重く押し潰されそうになるかもしれません。
でも、今私が出来ることは、歌い続けることだと思います。歌い続けること、それが、彼が一番望んでいることだし、彼の遺志を継ぐことだと思っています。
私は、彼に多くを支えられてここまで来ました。その出会いから今までのことを心から感謝しています。彼なくしては今の私はありませんでした。願わくは、彼亡き後も変わらぬご支援、ご教示をいただけますよう、心よりお願いいたします。
                                               2008年4月10日
                                                   都はるみ