都はるみショック! 音楽プロデューサー中村一好氏首吊り自殺の真相を探る!!(上)

20080408191702.jpg歌手・都はるみの所属事務所「プロデュースハウス都」と個人事務所「都はるみ事務所」の代表取締役社長を務めていた音楽プロデューサーの中村一好氏の首吊り自殺は、さすがに驚いた。4日午後1時40分頃、東京・赤坂の自宅マンションで健康器具にロープをかけて首を吊っている中村氏を事務所の社員が発見したという。警視庁麻布署の検視の結果、自殺と判明した。事件性はない。死亡推定時刻は4日未明と思われる。60歳だった。死因は急性心不全と発表された。
中村氏は、山口県出身。東京大学文学部を卒業後、72年に日本コロムビア(現コロムビアミュージックエンタテインメント)に入社した。2年後の74年に制作部に配属されディレクターになった。ちあきなおみ「矢切の渡し」や新沼謙治「嫁に来ないか」、内藤やす子「思い出ぼろぼろ」、美空ひばり「おまえに惚れた」、石川さゆり「天城越え」など、昭和の歌謡史に残るヒット曲の数々をプロデュースした。
はるみの担当ディレクターになったのは81年。「大阪しぐれ」や「浪花恋しぐれ」「大阪しぐれ」「夫婦坂」などを手がけた。しかし、はるみは、84年に「普通のオバサンになりたい」と言って、一旦は芸能界を引退したものの、87年に音楽プロデューサーとして復帰、オーディションで全国を行脚して、新人・大和さくらを発掘。「王将一代、小春しぐれ」でデビューさせた。この時も中村氏が強力にサポートした。89年には、ハワイでの「桜祭り」にも同行し、はるみの第1号新人・大和さくらをバックアップした(写真)。
中村氏は、89年に日本コロムビアを退社し、「プロデュースハウス都」の代表として、はるみの音楽活動を一手に仕切った。CDはもちろん、コンサートの企画や構成も手がけてきた。先月3月4日からは、東京・新宿コマ劇場で座長公演「好きになった人」が行われた。デビュー45周年を記念したもので、新宿コマの座長公演は24年ぶりだった。中村氏は構成、演出を担当し、3月20日の千秋楽まで見守った。これが中村氏の最後の仕事になってしまった格好だ。
関係者は「自殺は信じられない」と一様に驚くが、一部からは
「公演などを含めた借金がかなりあった。正直言って事務所の運営は首が回らない状態だったようだ。それに加え、はるみのマネジャーだった蓑毛政嗣さんが3月18日に肺癌で亡くなったことで憔悴し切っていた」
という。

(つづく)