日本大衆文化開放から10年…。JASRACと韓国KOMCAがようやく相互管理契約

日本音楽著作権協会(JASRAC)は、「韓国のJASRAC」と言われる「韓国音楽著作権協会(KOMCA)」との間で相互管理契約を締結した。契約始期は08年1月1日。JASRACの加藤衛理事長が訪韓、ソウルのロッテホテルで両団体が管理する音楽著作物に関する相互管理契約を結んだ。これまでは、韓国のアーティストの音楽は、日本の電波になかなか乗りにくかったが、今回の相互管理契約によって、とりあえず、KOMCAが管理している楽曲に関しては、日本でも紹介されやすくなる。
しかし、日韓の音楽交流は、「日本大衆文化開放」の名の下に98年から本格化していったが、10年経って、ようやくである。
この「日本大衆文化開放」は、当時の金大中大統領が訪日した際に「日本文化開放」の方針が明らかにされたのが最初だった。同年10月「第1次日本文化開放」として一部の映画やビデオ等の映像関係での開放が行われ、翌11年9月には「第2次」として、小ホール(2000人以下)での日本語公演が許可された。この「第2次」の開放で韓国公演を行ったのがHOUND DOGやペニシリンだった。しかし、この2つのバンドが、10年後に法廷に立つとは当時、誰が想像したことか…!?
その後、00年6月には「第3次」として、日本語公演が全面的に開放された。また、条件付ながらも日本のアニメの劇場公開やテレビ番組の放映も初めて認めた。この開放で、CHAGE&ASKAがソウル市内の蚕室(チャムシル)体操競技場で2万人の日韓親善コンサートを行った。
――こういった、日本大衆文化の開放の背景には、02年の「日韓W杯」に向けてのタイミングもあった。それだけに、「第4次」の日本語CD解禁は当然、「W杯前」と思われたが、何故か見送られた。
「小泉(純一郎)首相の靖国神社参拝や歴史教科書検定問題で日韓に関係が冷え切ってしまったことが原因です」(音楽関係者)。
そういった中にあって、韓国でも人気の高いポップ歌手、BoAが日本市場でも大ヒットしたことも功を奏し、04年には日本語CD解禁となった。
日本語CDの全面開放とほぼ同時に、日本では韓流ブームが巻き起こった。
韓国から続々とアーティストが日本に上陸、ムーブメントを巻き起こした。こういった日韓の音楽交流が今回の契約につながったといえそうだ。
KOMCAとの相互管理契約で、JASRACが契約を締結している外国団体は112団体(82カ国4地域)となった。

こうせつ「岩見沢フォークジャンボリー」ドタキャンの裏に垣間見たアーティスト大友康平の本性⑩

書くかどうするか悩んだが、やはり書き記しておくべきだろう…。
HOUND DOGの大友康平には、前事務所の「マザー・エンタープライズ」が独立後に組んでいたスケジュールがあった。05年7月9日に東京・北の丸の日本武道館で行われたHOUND DOGの現時点では“最後のコンサート”後のスケジュールだ。
南こうせつが呼びかけ北海道・岩見沢で7月30日に行われたフォークジャンボリーである。このイベントには、当日まで全く出演予定がなかった松山千春も飛び入り出演したりして盛り上がった。
実は、このイベントに大友は出演する予定だった。ポスターやチラシにも明記されていた。だが、大友は出演をドタキャン。その損害(ポスターやチラシの作成部分での100数万円)はマザー・エンタープライズが支払って責任をとった。
大友は、このイベントについて、最初は「聞いてなかった」と言っていたが、実は、このイベントに出演することを「独立後」の4月にニッポン放送の自身の番組で叫んでいた。
「岩見沢に行くぞ!」
と。このことについて、大友は
「番組の盛り上げるために、仕方がなく言ってしまった」
と言い放った。スタジオには、こうせつもいたらしく、ついつい言ってしまったってわけか!?
だけど、「行くぞ!」と叫んでおいて、「実は、行く気なんてありませんでした」とは、シャレにもならんだろ!マッチポンプよりタチが悪い!
この部分でも弁護人と論戦?になったが、どうやら、マジに岩見沢フォークジャンボリーには出演する気持ちはなかったみたいである。ところが、その場の盛り上がりで、ついつい?言ってしまったというのだ。実に無責任な行動だが、大友は反省するどころか逆ギレ気味に?開き直って
「そんなことは、よくあること」
なんて言い出した。
ハッキリ言って、これは大友康平のファンはともかく、南こうせつに対してはもちろん、他の出演者や岩見沢のフォークジャンボリーに来たファンに対しても失礼である。いや、失礼という以上に無礼な発言である。それも公共の電波を使って、しょうがなくノリだけで発言したことを平然と言ってのける無神経さ。一体、どういった神経をしてるのか!? ロシアのt.A.T.u.以外である。
だいたい、こうせつと大友は、10年間も広島で“平和コンサート”を行うなど、苦楽を共にしてきた関係なはず。それなのに、何故…!?
僕の知り合いには
「アーティストだから…」
なんて、片付けちゃう声もあった。しかし、そんなのアーティストであろうと何であろうと、小島よしおじゃないが、そんなの関係なぁい!である。
大友もHOUND DOG として25年。プロのアーティストである以上、まして、個人事務所まで立ち上げて心機一転、新たな気持ちで挑もうというアーティストなんだから、そんなこと間違っても言っちゃいけないことだ。まず、常識では考えられない言動である。
一事が万事だ。今回の証人尋問で、僕はアーティストとしての大友康平の人間性と言うか品性を見た思いだった。これについて大友は、今回の裁判とは別に断罪されなければならない! こんな態度を容認するなら、少なくとも音楽ビジネスは崩壊するだろう。これはマザーとは関係ない、大友の真価を問われる問題だ!
実は、この年の8月、広島で大友と会った。こんな問題になる前のことで、大友とも普通に話した。もちろん、イエホックの坂田社長とも名刺まで交換した。しかし、岩見沢で、そんな事実があったとは…。2年以上も過ぎた今になって初めて知り、ショックな思いがした。
(つづく)