オリコンから訴えられ外国人記者クラブに逃げ込んだ?ライターの烏賀陽弘道(2)

論点がボケてきたのは、オリコンがフリーライターの烏賀陽(うがや)弘道に対して、名誉棄損として「5000万円」もの損害賠償を求めたことだった。ま、5000万円が破格な金額であることは誰にでも分かる話だが、損害賠償を請求されるのは当然なことだ。しかし、烏賀陽は「コメントは責任を持って言った」と言っているわけだし、ライフワークとして取材してきたわけだろうから、当然「面白い! 受けて立とうじゃないか!! オリコンの化けの皮を剥いでやる!」と言うのかと思ったら、どうも、5000万円に腰を抜かしてしまった。トホホ…。曰く「烏賀陽弘道という一個人に対して、5000万円という巨額の損害賠償金を支払うよう求める民事訴訟を起こしてきた」とし、「これは武富士と同じ手口の言論封殺の恫喝訴訟じゃないのか」「意見の異なる者を高額訴訟で社会的に抹殺するなんてのは、民事司法の体裁をとった言論妨害じゃないのか」と慌てだした。でも、烏賀陽本人は「コメントしたことは、烏賀陽の取材経験でも、音楽業界内のソースから何度も出た話で、特に目新しい話や驚くような話はひとつもない」。と言っている。要するに、何も目新しくもないコメントを「サイゾー」は、わざわざ烏賀陽に語らせたのか? いずれにしても、どうでもいいけど「暇ネタ特集」を組んだ「サイゾー」が訴えられないで「何で、コメントを出しただけの俺が訴えられるんだ! しかも、5000万円なんだ!」と烏賀陽は言いたいのであろう。だけど、コメント料を貰っちゃったわけだし、何をわめこうとも、訴えられちゃったんだから、もう仕方がないだろう。口は災いの元である。かの柳沢厚労相だってそうじゃないか! ついつい言っちゃった言葉が命取りになってしまうのだ。それにしても「烏賀陽の取材経験でも、音楽業界内のソースから何度も出た話」と言いながら「見解が違うというだけで、個人に5000万円を請求するなんて」という発言は、正直言ってプロのライターの言葉じゃない。これまで取材を重ねてきたわけだろうし、当然「自分が正しい」と思っているのなら、正々堂々と闘えばいい話である。「ついに、自分のライフワークに決着をつける時が来た」と思わないのか? オリコンもだらしない。だいたい「謝罪すれば許してやる」なんて甘いことを言っているんじゃない!! 徹底的に争えばいい。しかし、烏賀陽っていうのも情けないライターである。「AERA」や「サイゾー」で、書きたいだけ書いて、言いたいだけ言って、いざ文句を言われたら「言論封殺」と吠える。もっと情けないのは、その程度の男に、記事を依頼したり、コメントを求めるメディアである。しかも、支援する仲間がいるんだからビックリ! 本来の仲間なら、「法廷で 明らかにしろ!」と促すべきだろう。ところが烏賀陽は、何故か、法廷より場外乱闘を求めたいらしく、7日には外国人記者クラブで記者会見をするらしい。ホリエモンや石原真理子に刺激されたのか? しかし、外国人記者クラブって、案外と暇なんだろうか?いずれにしても、この論点は、コメントをするにあたって、「取材したのか」「確認作業は怠っていなかったのか」という、烏賀陽の取材ライターとしての初歩。…と言うより根幹を指摘されているんだから、いい加減「一個人に5000万円」とか「言論封殺」「恫喝訴訟」なんて、周囲に同情を求めるべきじゃない!!

カニバリズム的な側面も性的興味はなかった? 幡ヶ谷の亜澄さんバラバラ事件

東京・幡ヶ谷の「武藤歯科」で起こった、禁断の兄妹バラバラ殺人事件。――歯科医の予備校「メディカルマインド」に通学していた武藤勇貴が、妹で東海大学短期大学部2年の亜澄さんの頭を木刀で殴り、その後、タオルで首を絞めあげた挙句、浴槽の水に沈めて窒息死させ、さらに、遺体をバラバラに切断した。東京地検は、勇貴を殺人と死体損壊で起訴したが、相変わらず「被害者の言動に憤慨した」ことが犯行の原因としている。しかし、単に「言動に憤慨」したとしては、余りにも異常性のある行動だ。地検は、勇貴が遺体を食べたというカニバリズム的な側面が噂されていることに関しては「名誉毀損にあたる」としており、あくまで「カニバリズム的な側面はなかった」と否定している。さらに「犯行は性的興味や死体に対する異常な関心に基づくものでもない」とした。しかし、犯行後の行動自体が異常に満ちている。このことは、いずれ裁判で明らかになっていくだろうと思うが、「性的興味がなかった」という勇貴が、何で亜澄さんの胸部を剥ぎ、性器をえぐり取ったのか? それだけじゃない。亜澄さんのパンティやブラジャーなど、下着を持って予備校の合宿に行った。どうみても、バラバラにした行動と内面的な部分で関係があったとしても不思議ではない。これは明らかに、性的な何かがある。地検も「遺族の心情に配慮した」ことは確かだろう。しかし、だからといって、これだけの社会的問題になった事件の捜査事実を隠ぺいしてしまうのは、ある意味で問題だと思うのだが…。

論点がボケてきた「オリコン」対「フリーライター・烏賀陽弘道」の訴訟問題(1)

論点がボケてきた「オリコン」対「フリーライター・烏賀陽弘道」の訴訟問題(1)一体、どうなっているのか? オリコンが「名誉棄損」で提訴したフリーライターの烏賀陽(うがや)道弘である。最初に、この問題は一体、どういったことなのかを説明したい。キッカケは、06年4月号の雑誌「サイゾー」に掲載された烏賀陽のコメントだった。これは「オリコンのランキングの信憑性」についてのものだが、その中身は、「オリコンは調査方法をほとんど明らかにしていない」とか「オリコンは予約枚数もカウントに入れている」などと烏賀陽がコメントしたことに始まった。しかし、考えてみれば、オリコンの調査方法は、ある程度、明らかにされているし、それなりに音楽業界に携わっていたら、この烏賀陽のコメントには、ちょっと疑問を感じるはずだ。だいたい、単にデータに信頼性があるか否かといったら、個人的な問題になってしまう。これはオリコンに限らず、テレビ視聴率の調査会社「ビデオリサーチ」だって、何だって、疑問を感じたら、全て怪しい。そういった中で、松本清張が、小説「渦」の中で視聴率について「猫も見ている視聴率」という表現は傑作だった。いずれにしても、烏賀陽がオリコンの調査方法に疑問を持っていることはいい。しかし、問題は、疑問を感じた烏賀陽が、その調査方法について、どれだけ取材したのかが問題なのだ。おそらく、思い込みだけで取材していたのではないか? オリコンは「(烏賀陽氏の)コメントは事実誤認」している。その上で、「事実確認の取材を怠った」とも。要は、烏賀陽が、「サイゾー」とはいえ、公器の雑誌にコメントする以上はしっかり「取材をしていたか?」「事実確認をしていたか?」ということを指摘されているのでる。さらに言うなら、コメントをするだけの「裏づけ」や「証拠」があったのか? ということにもなる。 これは、フリーライターであろうと何であろうと、プロとしての基本である。雑談で言うのとはわけが違う。もっとも、烏賀陽は「コメントは責任を持って言った」と言っているんだから、これは、自信を持って言ったことは確かだ。しかも、烏賀陽は、今回だけではなく、その前にも「AERA」(朝日新聞社=03年2月3日号)でも、オリコンのデータに対しての信憑性について疑問を投げかけていた。要するに、オリコンのランキングの信憑性について疑問を投げかけるのがライフワークだったのだ。よほど、烏賀陽は、オリコンのランキングを批判するだけのデータや証拠を握っているに違いない。だったら、裁判所で明らかにするしかないのだ。いや、明らかにすべきなのだ。ところが、状況は、どうも違う方向に進みだしている。(つづく)