ペニシリンなんかには興味はない!援助する気もない! 証人喚問でオメガ横濱会長が証言(その1)

人気ロック・グループ、ペニシリンと、ペニシリンのマネジャー、そして音楽・映像事業を行っている「オメガプロジェクト・ホールディングス㈱」が、ペニシリンの前所属事務所「ティアーズ音楽事務所」から起こされている民事訴訟の7回目の口頭弁論が7日午後、東京地裁で行われた。証人として、ペニシリンのマネジャー新井理仁氏、そしてオメガプロジェクト・ホールディングス㈱の横濱豊行会長と近藤宜影社長が出廷した。訴えられているのは、ペニシリンのHAKUEI、千聖、GISHO、O-JIRO、マネジメント業務を担当していた新井理仁氏、そして、オメガプロジェクト・ホールディングス㈱の近藤社長(ペニシリンのベイシストGISHO)。今回の訴訟は、ペニシリンが事務所独立後、前事務所「ティアーズ音楽事務所」が所有していた、楽器や音響装置、衣装類、さらにはファンクラブの会員データまでも無断で持ち出したことから、損害賠償を求めている。被告人として喚問に出廷した新井氏は「ダンボールにして100箱分を4tトラックで運び出した。新横浜の駅前の倉庫に運んだ」と持ち出しの事実を認めた。しかし、その倉庫に関しては「知り合い20~30人に電話して、ようやく借りた倉庫だった」と述べ、その知り合いについては証言を拒んだ。だが、調べた結果、新横浜駅前の倉庫は、オメガプロジェクトの関連会社でコンピュータ関連の「ファイ」が所有するものだった。ったく、それじゃ知り合いではなく身内だろう。また、ペニシリンの独立に関して、新井氏は、もともとティアーズ音楽事務所でマネジメントをやっていたはずだが「社員ではなかった。雇用もされていなかった」とした。雇用されていない人が、どうして給料を受け取れたのか疑問である。ところで、衣装や機材の持ち出しに関して、前回(10月27日)の証人喚問で当時、ペニシリンが所属していたオメガA.Tミュージック社長だった嵯峨学氏は「全て、オメガプロジェクト・ホールディングスの横濱会長の指示だった」と証言していたが、今回の証人喚問で横濱会長は「ペニシリンには興味もなかったし、援助もする気がなかった。持ち出しに関しては指示したこともないし、そういったものには関心もなかった」と答えた。また、近藤社長も「持ち出しの事実は知らなかった。必要な楽器や衣装は各自持っているし、持ち出したものが即必要なものではなかった」とした。要するに、新井氏が勝手に持ち出したっていうことか?(つづく)

ついに東スポが携帯サイトを立ち上げた!! 初日からアクセス殺到とか!?

あの東京スポーツが、ついに携帯サイトに進出してきた。このネット社会で、携帯サイトへの進出に関して東スポだけは沈黙し続けてきた。そりゃそうだ、危ないことばかり書いているし、何と言ってもエロ・ページだけは、どうにもならない。しかし、水面下では着々と準備を進めてきたようだ。その結果、ついに今週から本格的にスタートを切った。内容は、東スポ1面の名作アーカイブなんてのもあるけど、ウリは、やっぱり「芸能情報速報」。ただ、「若槻千夏が体調不良」とか「柄本明が緊急入院」と、正直言って本領を発揮し切れていない。他に、デーブ・スペクターのコーナーとかグラビアのコーナーなんていうのがあったけど、どーしょうもないのが、「スクープ!! 東スポ裏芸能」である。人のネタを書くんじゃない!! インチキITライター安芸智夫の主宰する【サイバッチ】と【ヘッドロック】の揉め事を面白おかしく書いている。全く読んでいてつまらない。まあ、面白かったのは、ホリエモンの新恋人と言われた太田在の一件だった。しかし、ハッキリ言って、このサイトの最大のウリは、このコーナーになることは確実だろう。みんなキチガイ記者になって書きまくってもらいたいものである。ただ、サイトを見るには290円かかる。安いか高いかは見る人の価値観の問題だろうけど、でも、聞くところによればアクセスが集中しているらしい。
http://tospo.jp
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プレイバック! 怪しい関係だった投資ジャーナル元会長・中江滋樹と元アイドルの倉田まり子(2)

当時、「FRIDAY」は、テスト版だったが倉田に取材を試みている。その時、編集部が「(東京・目黒区中町の)自宅は(「投資ジャーナル」の)中江滋樹からの贈りものだったのでは」と質問したことに対して、倉田は真っ向から否定していた。実は、倉田は、84年3月31日に所属のキングレコード、ニューバンブー音楽事務所との契約が切れたことをキッカケに活動を停止していた。85年春まで1年間、活動を”休業する”ということだった。で、4月に会見をやっていたが、倉田は「引退ではなく、あくまで充電。カムバックしたら歌手ばかりではなく女優としても活動したい」と意欲を見せていた。 ”一時ではあるが”普通の女の子”に戻って、英会話の個人レッスンなどに通い、その合間にはアルバイトに精を出していたという。そういえば、”普通の女の子”に戻りたいとか言って解散したキャンディーズもいた。都はるみは”普通のオバサン”になりたいと言っていた。当時は、この言葉が流行だったのか!?話は逸れたが、中江との関係が発覚してからというものマスコミは「芸能活動を休業して、アルバイトだけでローンが返済できるのか。だいたい23歳の女の子が東京の一等地に6700万円もの豪邸を購入するのは余りにも不自然」と倉田を疑った。だが、倉田は「家は6400万円。敷地23坪。4LDKの2階建。これは、ある金融機関から借金して買ったもの。月50万円の20年払いになっています。(中江)会長さんから買ってもらったものでも、援助してもらったものでも断じてありません」と”潔白”を主張していた。倉田は強く否定したにも拘らず、中江との”黒い交際”を裏付ける有力証言が続出した。「歌手や女優が金があって、しかも理解のあるパトロンを持つことは珍しいことではないし、非難されることでもない。ただ、倉田の場合は相手が悪かった。金の流れに注目が集まっている中で、嘘を貫き通してきたことが問題を大きくしてしまった」(某週刊誌の編集担当者)。しかし、倉田は一貫して中江との関係を否定し続けた。まさに意地の張り合いである。事件発覚から1ヶ月たって、会見に応じた倉田は、テレビ・レポーターからの質問にケンカ腰だった。「(6700万円は)決して、やましいお金ではありません。ある人からお借りしたものです」「名前は明かせませんが、中江氏ではありません。(月々100万円のお手当てがあったという噂については)そんなのも貰っていません。身に覚えのないことです」。また、事務所を辞め、芸能活動を休止した後のローンの返済や生活費に関しては「パーティーで歌ったり、ちゃんと仕事をしていました。1回出演すれば20~30万円のギャラが入りました」。どうでも中江の”愛人”にしたいテレビ・レポーターと、芸能界復帰も視野に入れ、気丈にも涙さえみせずに否定し続ける倉田の壮絶なバトルが連日、繰り広げられた。レポーターからは、マネジャーもいない倉田に「どこまでシラを切る気なんだ」「嘘ばかり言うんじゃない」と罵声まで飛んだ。テレビ・レポーターが一番元気のいい頃だった。しかし、倉田が強く否定すればするだけ疑惑は深まっていった。倉田は八方ふさがりの状況となり、一時は「死にたい」と、自殺まで口走ったこともあったという。(つづく)