長良プロ会長の妻で現社長の実母。神林公恵さんの葬儀に2500人以上参列

実に盛大な葬儀だった。中村玉緒や氷川きよしなどが所属する長良グループの「長良プロダクション」の長良じゅん会長の奥さんで、同プロの神林義弘社長の母親でもある、神林公恵(かんばやし・きみえ)さんの葬儀・告別式が6日、東京・青山葬儀所で営まれた。公恵さんは、10月7日に心不全のため逝去した。すでに通夜と密葬は執り行われている。それにしても、きょうは始まる15分ぐらい前に行ったが、すでに列は葬儀所の門から出ていた。それから待つこと1時間。ようやく列が動き出した。焼香が終わって外に出るまで1時間半…。少なく見積もっても2500~3000人が訪れたに違いない。芸能人も多数来たが、あの元横浜のハマの大魔神夫妻も来ていた。もちろん、供花の数も半端ではなかった。

投資ジャーナル・中江滋樹逮捕でクローズアップされた元アイドルの倉田まり子 (1)

自宅に火を付けようとしたとして滋賀県警近江八幡署は4日、現住建造物放火未遂の疑いで、元投資顧問会社「投資ジャーナル」会長の中江滋樹を逮捕した。中江といえば、かつて「兜町の風雲児」と呼ばれた男である。そして、中江と言えば、元アイドルの倉田まり子だった。
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中江は9月22日、現住建造物放火未遂の疑いで現行犯逮捕された。ところが、麻原彰晃を真似たのか、意味味不明のことを口走ってばかりいて取り調べにならなかった。このため、逮捕の日に釈放し、その後は入院していた。
中江は、84年に「投資ジャーナル事件」で逮捕され、6年の実刑判決を受けたが、服役後8年間も行方不明になっていた。その中江が、今回「放火未遂」を引き起こしたことから「消息」が明らかになった。この中江の消息が確認されたことで、再びクローズアップされたのが、「中江の愛人」などと報道された倉田まり子(本名・坪田真理子)だった。
当時、倉田は人気絶頂のアイドルだった。
1960年11月20日、長崎県諌早市生まれ。東京・目黒の日の出女子学園高校卒業。中学2年の時にTBS「家族そろって歌合戦」に母親、妹と出演してスカウトされたのがデビューのキッカケとなった。79年1月に「グラジュエイション」でキングレコーからデビューした。東京音楽祭、日本歌謡大賞、日本有線大賞、日本レコード大賞などで新人賞を獲得。また、NHKの人気番組だった「レッツゴーヤング」では司会にも抜擢された。華々しい中にいた。しかし、事件の結末は、倉田の芸能界引退を余儀なくさせてしまった。
中江と倉田の事件の発端は84年9月。当時、創刊を準備していた写真週刊誌「FRIDAY」(講談社)が引き金となった。とは言っても、掲載されたのは、創刊1ヶ月前に発行された「テスト版」。このテスト版に掲載されていたのが倉田と中江のツーショットだった。見開きのページに載った写真は、むさくるしい長髪に口ヒゲの中江が、満面笑顔で倉田の肩に手をかけたものだった。
当時、中江は、投資顧問会社「投資ジャーナル」会長だった。100億円の金をも動かす「兜町の風雲児」ともてはやされた。三浦友和・百恵夫妻が住んでいた東京・高輪のオークション「ペアシティ・ルネッサンス」に住み、外車を乗り回していた。
ところが、このテスト版が出た時、「投資ジャーナル」は、証券取引法違反で警視庁から摘発されていた。「絶対に儲かる」と騙して、7600人もの客か
いずれにしても、警視庁が証券取引法違反容疑で「特別捜査本部」なんかを設けるのは異例のことだった。中江は「戦後最大の詐欺師」として報道され続けた。その中江とのツーショットだけにショッキングな1枚となった。中江と倉田の写真について、芸能関係者は次のように語る。
「83年の初め、赤坂の高級料亭で撮った記念写真だった。中江氏がオーナーを務める月刊誌『パルム』の取材の際に中江の要望で撮ったようです。当時の編集者から流出したようですが、入手に動いた金は数十万円とも数百万円とも言われていました」。
しかし、中江とのツーショットの写真だけでは、「兜町の風雲児とアイドルとの親密な関係」程度のネタにならないが、マスコミを震撼させたのは、写真以上に、倉田が84年2月に東京都目黒区中町に購入した3階建ての豪邸だった。購入金額は6700万円だった。
(つづく)

「長崎は今日も雨だった」のクールファイブ、内山田洋さんが死去

「東京砂漠」や「そして神戸」「噂の女」などスタンダードなヒット曲で知られる、内山田洋とクールファイブの内山田洋さんが肺がんのため3日に死去していた。70歳だったという。内山田さんは前川清と一緒に「内山田洋とクールファイブ」を結成したのが68年だった。デビュー曲の「長崎は今日も雨だった」は、69年の日本レコード大賞新人賞。テイチクエンタテインメントに所属していたらしいが、最近の目立った活動はなかった。しかし、内山田さんの死去で、今年の「紅白」には、前川清の出場は確実」になったかもしれない。歌唱曲は、もちろん、内山田さんの作曲した「東京砂漠」だろうか。