【速報】 反省なしのホリエモン!! 夕べはよく寝て7時に起床しジムで一汗。昼飯は銀座・松坂屋の海鮮弁当平らげる

某新聞社のキチガイ・デスクが吠えまくる。
「こんな極悪人を許しちゃいけない!」
極悪IT族ホリエモンの公判である。
裁判所に入った時のホリエモンは、白のワイシャツに黒のスーツ姿だった。もちろん、ネクタイはしていない。さすがにTシャツでは来なかった。午前10時。 入廷したホリエモンは、白のワイシャツに濃紺のスーツ姿。しかも、何と青のネクタイを締めていた。ちゃっかり、着替えのスーツを持ってきていたのだ。入廷 する直前、廊下で慌ててネクタイを締めたというのだ。
公判が始まった。罪状認否で、裁判長が「他に言いたいことはないか」とホリエモンに問うと「特にございません」。しかし、これが罪状認否だと知らされると、慌てた様子で
「悪意に満ちた訴状です」と言い直し、全面無罪を主張した。
公判中のホリエモンは、最初は訴状を1ページ1ページ、神妙に見ていたが、15分過ぎたことからビミョーに落ち着きがなくなってきた。
「何か、ふてくさった表情だった」。
30分過ぎたことになると、何かカリカリした感じになり、キョロキョロと周囲を見渡すように。
50分過ぎると、さらに落ち着きがなくなる。時折、深呼吸をする様子も。
ホリエモン側の弁護士は
「これは検察側の強引なストーリーによって作られたもの。検察の幻想に過ぎない。倫理的に破綻している」
と、無罪を主張した。
キチガイ・デスクは、公判の後に司法記者クラブに行くと、ホリエモン側の高木弁護士に食い下がった。
「この自信は何だ!」
と言う問いに
「検察側の言い分は心外です。悪意に満てている。ライブドアのやってきたことは、企業買収なんかではないんですよ。他に目的があったんです。検察は全くのデタラメを言っている」
「企業買収ではなく、他の目的とは何ですか」
この質問には答えなかったという。
それにしても、ホリエモンは現在は、六本木ヒルズには住んでいないという。
ホリエモンは、夕べは、よく眠れたという。きょうは朝7時に起きて、スポーツジムで汗を流したとか。また、「いつもは朝食はとらないが、きょうは朝飯を食べた」と、上機嫌だった。
「何か、日焼けしていて、健康的だった。六本木ヒルズではないから、どこか都内のジムのあるホテルに泊まっているんだろうと思う。しかも、ベランダで日焼けしたらしいから、スウィート・ルームに入っているんじゃないの?」
極悪人でありながら、なかなかの根性である。
「しかも、きょうは、銀座の松坂屋からとった海鮮弁当を昼飯で食べたらしいんだけど、その時に、あしたは松坂屋の焼肉弁当を食べたいな、なんて言っていた。とんでもいない野郎だ!」
キチガイ・デスクは再び発狂寸前だった。
「拘置所を出たときは、スリムになっていたのに、今じゃ、元に戻って再びブタエモンになっていた。反省のかけらもない。公判もゲーム感覚でやっている。あんな奴が無罪になったら、日本の未来はない! あんなヤツ、徹底的に追い詰めないと駄目だよ!」。

【速報】ホリエモンに反省のイロなし! 傍聴したキチガイ・デスクが発狂!!

極悪IT族ホリエモンの公判を傍聴したキチガイ・デスクから第一報が入った。
「ツラの皮が厚いってのはこのことだよ」
キチガイ・デスクの第一声は、いつもの発狂からはじまった。
「完全無罪を主張したんだよ。とんでもないヤツだよ、アイツは!!検察とマジに全面対決する気だよ。反省のイロなんて全くなかった。とんでもないヤツだよ」。
電話は、そこでキレた。
(つづく)

意外に不人気だったホリエモン! 傍聴希望者は2000人強。

テレビ局1局あたり200人ぐらいのアルバイトを動員してるなんて言われていたけど、傍聴希望者は意外に少なく2000人前後か。5000人ぐらいを予想 していたが…。締切時間である9時の間際に入ったが1870人目だった。オウムの麻原が1万人以上だったからたいしたことなかった。
傍聴席は60席程度らしいから、30~40倍ぐらいか!?もちろん、抽選には外れた。ま、こんなとこで、運を使い果たしたくはないけど…。

※写真=傍聴券の抽選に並ぶ面々…。

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ところで、ライブドア事件だが、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載など)の罪に問われている極悪IT族、ホリエモン(堀江貴文ライブドア前社 長)。検察側が「事件の首謀者はホリエモン」だと言えば、弁護側は「ホリエモンは事件の全容を知らなかった」なんて言って、全面無罪を主張している。
しかし、ライブドアはホリエモンが「代表取締役社長」だったわけだから「知らなかった」って言うのは、逆に大きな問題ではないか。そんな判決が出たら、ライブドアの株主は何だったのかってことになる。
だいたい、ホリエモンというのは、社員の経費(消しゴムやノート等など)にも、細かくチェックしてきた男である。それが、有価証券報告書の虚偽記載など 「証券取引法違反」になる事案については「知らなかった」というのは、ちょっと無理がある。都合の悪いことは「知らなかった」なんていい加減だ。こんな、 ご都合主義のホリエモンを許していること自体、不思議になる。
3か月で26回の集中審理という異例のスケジュールで展開されるが、激しい攻防戦となる。

ホリエモンの初公判でゴッタ返す東京地方裁判所前。

有罪か無罪か…。極悪IT族のホリエモンの初公判がスタートする。
霞ヶ関の東京地裁前は、傍聴を希望する人でゴッタ返している。さすが、極悪人ホリエモンの初公判である。余りの多さに驚くばかりだ。

※写真=報道も殺到。

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大友康平は変わった!? 十年一昔。HOUND DOGの歌はガキの聞くものなんかじゃない!! (その2)

10年前、大友康平がソロ活動をした時、大きな特徴だったのが、コンサート会場に「託児所」を設置したことだった。ソロ活動のメインターゲットとして「ニューファミリー層」を考えていたからだ。
「当時、ロックコンサートで託児所を設置したのは大友康平が初めてだった」
とイベント関係者。また、大友も
「自分たちと共に歩んできた子持ちのロック・キッズにもじっくり楽しんでもらいたい」
と言っていた。
しかし、大友康平の“1人HOUND DOG”になった途端、チケットに
「未就学児の入場は出来ません」。
わざわざ、こんな断り書きを記すなんて…。

ところで…、去年の秋。新宿区で中学生を対象にしたイベントがあったという。
「ぜひ、HOUND DOGに出演して欲しい」
という要望を、イエホックは断ってしまった。新宿区は、HOUND DOGが、「大地の子供たち」を歌っていることや、大友康平が、東京都台東区立桜橋中 学校の校歌「永遠の唄  Song of Forever」を作詞している(作曲:八島順一)ことを挙げた。しっかりした「理由」があったのだ。
イエホックの断った理由は
「HOUND DOGの音楽は中学生が聞くものではない。HOUND DOGの音楽は、大人が聞くもの」
というものだったらしい。
橋本章司は、その理由を知ったとき唖然としたという。
そういえば、HOUND DOGは、九州・熊本県の八代高校の卒業式で「卒業証書」をチケット代わりにして入場できる「無料ライブ」なんかもやっていた。
「このコンサートで、俺たちHOUND DOGのメンバーは、全員が八代市の名誉市民になったんだよ」(橋本)
イエホックの論理から言ったら、こんなことは「とんでもない行為」ということになる。
確かに、独立して新しい事務所になって、スタッフも代わり、さらにメンバーも変わり、しかも、1人のHOUND DOGになったなら、方向性も変わるのは 当然かもしれない。もしかしたら、ファンも変えたいのかもしれない。結局、何も変わらないのは、歌う曲だけだったというのでは、ちょっと納得できない。
ぜひ、アラスカに行く前に大友さんには考えて欲しい案件である。

取材ノートで振り返る…。十年一昔…大友康平の気概も変わってしまった!!  (その1)

丁度10年前。大友康平は「ソロ活動」を決意した。
平成8年(1996年)のことである。僕は、そのソロ活動について記事を書いたことがあった。
大友康平が40歳のときである。
大友がソロ活動を決意したキッカケは、平成7年の大晦日に神戸で行った「阪神・淡路大震災」の「震災復興年越しライブ」の時だった。平成8年1月1日の元旦は大友の40歳の誕生日だった。
大友は、ソロ活動の理由について、HOUND DOGとはガラっと趣向を変えて
「バラード一辺倒のコンサート・ツアーをやりたい」
と語った。
ソロ・ツアーは、5月17日の大阪フェスティバルホールを皮切りにスタートした。倉敷市、相模大野(神奈川)、京都と回り、5月26日には神戸国際会館ハーバーランドで行い、ファイナルは6月30日の東京・渋谷NHKホールだった。全国18都市で繰り広げた。
大友のソロ活動について、当時の事務所関係者は
「ロックンロール主体のHOUND DOGとは全く違うバラードを主体とする活動を大友は望んでいる」
と言っていた。確かに、その年の夏には、恒例だった「夢の島コンサート」も組まれていた。また、3年がかりのライブ・ツアーも展開していた。そして、その ツアーも3月30日の沖縄公演で幕を閉じた。明らかに「HOUND DOG」と「大友康平」では色分けしていたのだ。実にアクティブであり、精力的な活動 を繰り広げていた。懐かしい…。
大友と同世代のアーティストには、サザンオールスターズの桑田佳祐、佐野元春、松山千春がいる。ライブを主体に活動をしていた先輩には浜田省吾がいて、浜田とは交流もあった。ある音楽関係者は言う。
「実は、ソロ活動にあたって、浜田省吾にソロ用バラード曲を依頼しているといった情報もありました。結局、実現しなかったようですが…」。
この当時の、大友を取材したノートを見直しながら、
「そうだったんだよなぁ」
当時が懐かしい。大友には「ソロ活動」に対する拘りが当時はあった。
因みに、コンサートでは、もちろんHOUND DOGのヒット曲や代表作も歌った。しかし、「見上げてごらん夜の星を」や「上を向いて歩こう」、さらには「愛燦々」など、ユニークな選曲も。
それから、10年後。50歳になった大友は「HOUND DOG」に拘った活動を続けている。一説によると、コンサートを行う場合、「大友康平」と 「HOUND DOG」ではスポンサーのつき方が違うというのである。今回も「ファミリーマート」の関連企業がついた。しかし、逆にイメージ・ダウンに なっちゃったんじゃないか?
しかし、10年一昔というが、気概も変わってしまった!?
(つづく)