紗倉まなが司会に初挑戦!SEXY−J が新宿ReNYでファン・イベント…白石茉莉奈、天使もえ、浅田結梨、尾上 若菜ら9人が総出演

2017070203110000.jpg人気セクシーアイドルが一堂に会した〝SEXY−J〟のファン・イベント「SEXY−J FANMEETING LIVE2017」が、東京・新宿ReNYで行われ、紗倉まな(24)が司会に初挑戦した。「出演者が気持ちよく歌ってもらえるように頑張りました」。
 〝SEXY−J〟は、3年前に結成したセクシーアイドル・グループ。
関係者によると〝恵比寿マスカッツ〟に対抗して活動をしていると言い、白石茉莉奈や天使もえ、きみと歩実、浅田結梨、尾上若菜ら9人が参加した。
もっとも〝恵比寿マスカッツ〟との大きな違いは「セクシーアイドルに昭和歌謡を歌わせる」のが基本コンセプト。これまでにグループとしては「セーラー服を脱がさないで」や「青春のフラッグ」などを歌ってきた他、個人としても小島みなみと紗倉がデュオで「後から前から」、続いて、白石茉利奈「1986年のマリリン」、天使もえ「亜麻色の乙女」、きみと歩実「学園天国」などを発売してきた。「70年代、80年代ブームに乗ってファンも増えている」と言う。
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また、セクシー女優というイメージを取り払い楽曲を優先した振り付けにしているのも、これまでにない戦略。イベントやコンサートも大盛況で、今回のファンイベントも発券分の700枚が即日完売だったという。
 ステージはメンバー全員による「セーラー服を脱がさないで」で幕を開けた。続けて白石が「DESIRE〜情熱〜」、栗原里莉が「気まぐれヴィーナス」、そして春原未来が「タッチ」などを熱唱、約2時間にわたってのエキサイティング・ステージを繰り広げた。
 「音楽活動は18禁じゃないので、幅広い人たちから支持されるように頑張りたい」(白石)と意欲を見せていた。紗倉も「歌は大好き。?SEXY−J?が歌うことで、出来れば老若男女、幅広い世代に親しまれ流ようになればいいなと思っています」とアピールしていた。
 紗倉は、2ヶ月前(5月)に「腎盂(じんう)腎炎」に感染して入院、何本かのスケジュールをキャンセルした。「イベント会場に移動中、急に高熱(39.8度)になって動けなくなった」と言う。「風邪かと思って風邪薬を飲んでいたんですが高熱になって驚いた」とも。しかし、今回のイベントでは元気一杯、初挑戦とは思えないほどの堂々とした司会、進行ぶりを見せた。
「これからも、色々なことにチャレンジしていきたい」と意欲十分だった。

初の3年連続地方同一都市開催へ!TGC北九州市開催に「私にとっては特別なステージ」と桐谷美玲。

国内最大級のファッションイベントとして知られる「東京ガールズコレクション(TGC)」の北九州開催が一昨年、昨年に続いて今年も決まった。TGCは「地方産業活性化プロジェクト」として、地方都市で繰り広げてきた。北九州市は地方開催では5県目だった(九州では宮崎県に続いて2県目)。
しかし、3年連続地方同一都市開催というのは初めて。地元関係者は「TGCの北九州開催は定着していくと思う。これをキッカケに北九州から新しい文化を発信していきたい」と意欲を見せている。
北九州でのTGCは今秋10月21日に「TGC KITAKYUSHU 2017 by TOKYO GIRIS COLLECTION」のタイトルで小倉北区の西日本総合展示場新館で開催される。
言うまでもない。北九州といったら「抗争の都市」として全国に知れ渡っていた。
そういった中で「暗いイメージを払拭したい」と、開催を模索していたのがTGCの北九州市北九州開催だった。
因みにだが、北九州市の出身者には意外に有名人が多い。あの高倉健さんやNHK大河ドラマ「真田丸」で注目を集めた草刈正雄、さらには香田晋、つるの剛士や山本リンダなんかもいる。そうだ、NHKの会長を続投させてもらえなかった籾井勝人サン、それに都知事を辞めさせられた国際政治学者の舛添要一サンなんかもそう。他にも野田聖子や大前研一なんかも…。これほどまでの顔ぶれが揃いながら、これまでイメージチェンを図ってこれなかった。ハッキリいって情けない。
FullSizeRender.jpgだが、「現状を打破しないと北九州市は変わらない」と、やはり地元出身の俳優に背を押されたのだろう、北九州でのTGC開催を提案し、その糸口を作ってきたのが地元出身でコンサルティング会社を経営する佐藤竜司氏(写真=スタート時は北九州まち・ひと・しごと創生有識者会議のメンバーにもなっていた)だった。「常にアイデアを出し合い、いかにワクワク感を創出できるかが重要なのです」と力説する。
過去2回は桐谷美鈴や山田優、南明奈、橋本環奈、水沢アリーをはじめ、中条あやり、アシュリー、有末麻祐子、今井華、玉城ティナ、道端アンジェリカ、筧美和子など多くのモデルが参加してきた。今回は池田美優、中村里砂、道端アンジェリカ、吉木千沙都らが既に決定していると言う。
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先ごろ、参加者の中から桐谷美玲がゲストとして出席して記者会見も行われた。「博多織の着物を着させて頂いたり、初めてトップバッターとして歩かせていただいたので、私にとっては(北九州でのTGCは)特別なステージだと思っています。出演者全員で去年以上に盛り上げていきたい」と桐谷。
また、小川洋・福岡県知事も「北九州は、ものづくりのまち、環境の街として知られるが、このイベントによって新たにファッションという魅力が加わった。北九州市のイメージアップはもちろん、女性・若者、そしてアジアの交流人口増加に繋いでいきたい」。
そして北橋健治市長は「小倉には市内外から女性や若者が訪れ、活気に満ち溢れた。TGCが多くの人を魅了する力を秘めていることを改めて認識した」。
今回は、地元でオーディションを行う他、「わっしょい百万夏祭り」にモデルが参加することも予定されている。
佐藤氏は〝立役者〟として同市から表彰もされた。「かつての暗いイメージは変わりつつある。何よりTGCを開催したことで街に活気が出てきた。ここまで盛り上がっているわけですから個人的には少なくとも5年間は続け、百万祭り〟そして秋は〝TGC〟という流れが出来れば嬉しい」。
全国各地で「地方創生」を合言葉に、「町興し」のイベントが活発化している。そういった中で北九州市の取り組みが全国から注目され、早くもモデルケースになりつつある。

海老蔵語る。最後は「愛している」と言って旅立った。2年8ヶ月の闘病生活にピリオド…小林麻央さん無念の死

最後の一言は「愛している」だったと言う。
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奇跡が起こってほしい…。
誰しもが、そう願っていたに違いない。しかし、病魔は容赦無く、確実に体を蝕んでいった。
乳がんで闘病中だったフリーアナウンサーの小林麻央さんが22日夜、亡くなった。34歳だった。闘病生活2年8ヶ月。奇跡を信じてきたが叶わなかった。夫の歌舞伎俳優・市川海老蔵は22日の早朝、自身のブログで「人生で一番泣いた日です」と綴った。
6月20日。麻央さんはオフィシャルブログを「オレンジジュース」というタイトルで更新。「ここ数日、絞ったオレンジジュースを毎朝飲んでいます」と近況を述べた上で「正確には自分で絞る力がないので、母が起きてきて、絞ってくれるのを心待ちにしています」「今、口内炎の痛さより、オレンジの甘酸っぱさが勝る最高な美味しさ!」と綴り、酸素吸入器をつけながらも笑顔の自撮りとオレンジジュースを公開していた。それから僅か2日後の急変となった。そして、これが麻央さんにとっての最後のブログとなった。
22日の朝には海老蔵がブログを更新した。「多くの祈りをありがとうございます」とファンからの温かいメッセージに感謝。その上で「よくなってほしい。ただ、それだけ」と心境を綴り、「日々の戦い、まおは日々、病と戦っています」とし、続けて「支える側の家族も懸命に戦い日々を何事もなかったように過ごしながら家の中でひたすら戦っています」て綴っていた。
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海老蔵は25日まで東京・Bunkamuraシアターコクーンで自主公演「市川海老蔵 第四回 自主公演 ABKAI 2017 ~石川五右衛門 外伝~」に出演中だ。そこで麻央さんの死去について23日午後、同所で記者会見をした。
ステージ前にたった海老蔵は
「昨夜、麻央が旅立ちました」。
沈痛な面持ちで切り出した。
海老蔵によると、麻央さんの体調が悪くなり、麻央さんのお母さんからLINEが送られてきたそうだが「本番中で見るのが1時間半遅れた」と言う。LINEを見て慌てて自宅に駆けつけると、麻央さんの意識が朦朧としていた感じだったと言う。その後、息を引き取ったが、最後に「愛している」と口ずさんだのがわかったと言う。
「息を引き取る瞬間〝愛している〟と口ずさんで、そのまま旅立っていきました」
海老蔵は涙ながらに語った。
「最後の最後まで愛されていたのかと改めて実感しました。出来ることなら、ずっと一緒にいたかった」。
その一方で「最後を自宅で送ることが出来たことは良かった」とも。
「自宅で一緒にすごすことが出来たのはかけがえのない時間となりました」。
海老蔵と麻央さんの間には2人の子供がいる。
「心残りだったと思う。でも、いくら考えても答えは出てこなかったかもしれない。子供たちにとって、母親はこれからが重要になってくると思う。(自分が)その代わりは出来ないかもしれないが、背負っていかなければならないこと、やらなくてはならないこと大きくなってくると思う」。
同公演が終わると、7月3日から歌舞伎座で開演される「七月大歌舞伎」、8月には「六本木歌舞伎 第二弾 座頭市」の名古屋、大阪公演と公演が控えている。
海老蔵は稽古について以前、ブログに次のように綴っていた。
「こういう時だからこそ、より厳しく、より深く己に喝を 私が役者として良くなる事を誰よりもまおがよろこぶから、私はやる」。
その日々の中、役者として成長する姿が、乳がんと闘う妻の力になると信じ、芸道に精進することを誓っていたのかもしれない。
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思い返せば、丁度2ヶ月前のことだった。病状が悪化して心配されたことがあった。
麻央さんは4月19日のブログで「10歩歩くのもやっとになってしまう」と吐露し「息苦しさと変な発汗と痛み」に悩まされていたことも明らかにした。それから3日後の22日。今度は「入院」というタイトルで更新し「皆様 ご心配をおかけして申し訳ありません。そして、優しい励まし、強い祈り、本当にありがとうございます」と「再入院」を明らかにしていた。
この時、ブログにはベッドの上でパジャマにマスクという姿の写真を添付した上で「具合が悪いほど家族と離れたくない気持ちが増して家で回復させたかった」と無念な思いを滲ませながらも「今は、自分の力では難しいので、医療の恩恵を受けて元気になりたい」と心情を記していた。
実は、この時も海老蔵は「古典への誘い」と題した公演の全国巡業だった。しかし、23日に千秋楽を迎え帰京した。その後、5月の末に退院、自宅療養をしていた。
麻央さんの闘病を改めて振り返ってみる。
麻央さんが乳がんを患い極秘入院していたことは昨年6月9日に東京・銀座の東武ホテルで開いた記者会見で海老蔵から公表された。
一部報道を受けての会見となったが、このニュースは瞬く間に日本中に伝わった。芸能関係者は「2月に松方弘樹さんが脳腫瘍で長期療養をすることが発表されていただけに、麻央さんの乳がんも大きな衝撃として伝えられた」と言う。
関係者によると麻央さんは14年2月に海老蔵と一緒に診察した人間ドックで疑いを持たれ、すぐに精密検査を受けたところ、当初はがんではなく良性の「乳瘤」と診断されたそうだ。その後、経過観察をする中で14年10月に胸に違和感を感じたことから再検査を受けたところ、乳がんが発見されたという。しかも腋窩(えきか)リンパ節に転移し「ステージ3」と診断された。
会見で海老蔵は「進行性のがん」であることを吐露。「誰よりも本人が一番辛いと思う。子供のそばにいてやれない母親の気持ち、苦しさと闘っている」と、麻央さんの気持ちを代弁していた。だが、一方でがんの患部が右なのか左なのかも明らかにせず、進行状況については言葉を濁らせた。
実際には、医師からは手術での切除を提案されたが乳房の温存を望んでいた麻央さんは「手術はしない道」を選んだようだ。そういた意味では、麻央さんの意思に沿った治療だったのかもしれない。が、海老蔵の表情からは病状の深刻さがにじみ出ていた。
乳がんであることが公表された麻央さんは、昨年9月からは自らの意思でブログを始めた。そして10月1日のブログには「クオリティー・オブ・ライフ(QOL)」のために手術を受けたことを明かにした。この手術では左乳がんと脇の下のリンパ節を取り除く手術を受けたと言う。もっとも、手術自体は痛みを取り除くものでがんを除去するものではない。しかし、術後の状態は良好で、麻央さんはブログで「奇跡はまだ先にあると信じています」と綴っていた。
その後、10月3日には、がんが〝ステージ4〟であることを自ら公表した上で10月10日には子供たちが通う私立幼稚園の運動会に参加した。麻耶がエストートしながらだったが「娘も息子も、思いっきり楽しんで参加していて、本当に嬉しかったです」(ブログより)。
しかし、がんの進行状況が〝ステージ4〟という公表に周囲も驚きを隠せなかったことは確かだ。ところが、麻央さんは「私はステージ4だって治したいです」とブログに書き記していた。
年末の12月20日には放射線治療のために一旦、入院したが今年1月29日からは自宅療養に切り替えていた。しかし、がんは容赦なく真央さんの体を蝕んでいた。
麻央さんの開設したブログは、常に前向きに自らを語ることに多くの人が共感し、そして勇気づけられたという。それは初日の3000万PVという数字でも分かる。
がんとの闘いは早期発見が重要ではあるが、ステージが上がると本人はもちろんだが高額な治療費も含め経済的な負担も大きくなる。現実的に家族にとっても大変だということを改めて実感する。

地元・北九州市の活性化に頑張りたい…新たな歳を迎えた吉川銀二 が意気の第一声!

 親友の吉川銀二の誕生日。その20日。派手さがウリの銀ちゃんだが、何故か「今年は地味にやりたいんだよね」と言いながら、六本木のステーキハウス「ハマ」で。地味な割に高級感を出していた。  ところで銀ちゃんといえば北九州の出身。やはり歳を重ねると故郷が懐かしくなるようで、
「出身地の北九州市の活性化させたい」
「地元に貢献したい」 と言い出すようになった。
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そういった中で「東京ガールズコレクション(TGC)」の北九州市開催が決まった。もっとも、TGCと銀ちゃんとの関わりが、どの程度のものかは分からないが、そんなことは結果オーライである。 ただ、振り返るとTGCに関しては中国の上海と北京の開催にも関わっていた。それだけに、北九州市での開催にも…ま、そんな裏事情はどうでもいい。故郷を思う気持ちはいいことである。
そもそも、北九州市と言ったら「抗争の都市」として全国に知れ渡っていた。正直言ってイメージが悪かった。そのイメージを一気に払拭したのが、TGCの北九州市開催だったことは確かだろう。何と言ってもの、隣の福岡市が嫉妬するぐらいに成功したという。
TGCの北九州市開催は既に2回。今年3回目が開催されるが、その経済効果は20億円とも言われている。沖縄でコケた、あのAKBの総選挙の経済効果が17億円を見込んでいたことを考えても明らかに大成功だ。
FullSizeRender.jpg因みにだが、北九州市の出身者には意外に有名人が多い。しかも多種多様、個性派の人ばかりだ。銀ちゃんを筆頭?に、あの高倉健さん、草刈正雄や香田晋、つるの剛士や山本リンダなんかもいる。そうそう、NHKの会長を続投させてもらえなかった籾井サンや都知事を辞めさせられた国際政治学者の舛添サンなんかもそう。他には野田聖子や大前研一も同郷だ。とにかく、顔ぶれを見る限り、プライドのたかそうな面々ばかり。中でも、銀ちゃんは突出している。「福岡市に負けないくらいの活力を北九州市には求めたい」と口癖のように言っていた。
誕生会には、北九州市でコンサルティング会社を営む佐藤竜司さんも駆けつけた。佐藤さんは、北九州市でTGC開催の糸口を作ってきた人物で、先ごろ市から特別表彰された。今や北九州の名士である。その佐藤さんは「銀ちゃんがいなかったら、北九州での長期開催も実現できなかったかもしれない」と言う。いずれにしても、今やTGC開催は、「百万祭り」と並んで北九州市の年間行事の一つになっている。
「北九州をキッカケに地方活性化ということで12月には広島での開催が決まった、2年後には熊本で開催も予定されている、地道な努力で、今や北九州が地方活性化のモデルになろうとしている。ここまできたら、もうやめるわけにはいかない」
この言葉が、新たな歳を迎えた銀ちゃんの第一声だった。
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36年経っても頑張ってます!! イモ欽〝フツオ〟の長江健次が全国15都市で全20公演ツアー!

デビュー36年目を迎えたタレントの長江健次(52)の活躍に注目が集まっている。「ここまで現役で頑張ってこれるとは思ってもみなかった。ファンに感謝しています」。7月8日からは東京・渋谷のJZ Bratを皮切りに全国ツアー「いろんなUtaを唄う旅」も予定している。10月1日の沖縄まで、全國15都市で20回の公演を行う。「昭和のヒット曲や名曲を含め歌う予定です。僕たち世代が思いっきり楽しめる空間にしたい」と意欲をみせる。
 デビューは81年。萩本欽一の「欽ドン!良い子悪い子普通の子」(フジテレビ)で〝フツオ役〟を演じて大ブレークした。同番組内の山口良一、西山浩司と組んだ〝イモ欽トリオ〟で出したのがデビュー曲「ハイスクールララバイ」(81年8月5日発売)だった。「CDではなく、まだアナログの時代だったのですが、レコード盤で150万枚以上を売り上げた。まだ17歳だったこともあって正直言って自分でも驚きました。もちろん勘違いした部分もあったと思います」。
 その後、大学進学をキッカケに活動の場を出身地でもある大阪に移した。「芸能活動と同時に、趣味だったスノーボードにも力を入れました。それこそプロの大会にも出たし、インストラクターなんかもやるようになりました。おかげで活動の幅はもちろん、自分自身の視野も広がった気がします」。
 スノーボードでは「トリノ五輪」の選考会にも出場した。「競技には出場できませんでしたが、選手のコーチとして参加しました」と言う。
 NHK朝の連続テレビ小説「ごちそうさん」へのレギュラー出演もあって、50歳となった14年からは役者としてはもちろん歌手活動も本格的に再開した。「舞台公演やライブにも力を入れ流ようになった」と言う。
 6月2日から4日まで、東京・光が丘IMAホールで舞台公演「午前5時47分の時計台」にも出演した。阪神淡路大震災を舞台化したものでいしだ壱成、宮地真緒らと共演した。そして、7月からは3ヶ月かけて全国ツアー「いろんなUtaを唄う旅」を行う。札幌から沖縄まで全國15都市を回る。「予定では20公演を行います。実は前評判もよくて、もしかしたら急に本数が増えるかもしれません」と言う。
 昨年はデビュー35周年を記念してカバーアルバム「Hito no Uta」も出した。「うれしい!たのしい!大好き!」(DREAMS COME TRUE)、「雨」(森高千里)、「時の流れに身をまかせ」(テレサ・テン)、「流星」(コブクロ)、「未来へ」(Kiroro)、「生命」(松山千春)などを演歌からフォークまで口ずさめる作品ばかりを選りすぐり幅広く収録している。
 「アコースティックで暖かさのあるアルバムに仕上げました。もちろん今回の全國ライブのセットリストにも入れます。ライブでは伊藤銀次さんなども参加してくれます。みんなが一緒になって歌えるようなライブにしたい」と意欲を見せていた。

V系ロックグループ〝BugLug〟ボーカル一聖が重症頭部外傷緊急手術から1年目。日本武道館で奇跡の完全復活公演!

 一聖おかえりーー。再起不能からの奇跡の完全復活だった。昨年5月7日に、階段からの転落事故で緊急手術をおこなったビジュアル系の5人組人気ロックグループ〝BugLug〟のボーカル、一聖(いっせい)が事故から丁度1年目となる7日、東京・日本武道館で完全復活ライブ「5+君=∞」を行なった。
事故直後は「重傷頭部外傷」と診断され緊急手術を受けたものの意識不明の重体で面会すらできない時期が続いた。一時は「復帰は不可能」とも言われていただけに、今回の日本武道館での復活ライブも注目されていたが、一聖も加わった5人のメンバーでステージに立った。
「俺はステージに帰って来たぜ!でも、5人でステージで立てることが、どんなに幸せなことかを改めて実感した」と一聖は雄叫びを上げた。
劇的なライブに会場は熱気に包まれた。
ライブを前に4月5日にはジャケットのデザインを一聖自ら筆で書き上げた初のベスト・アルバム「絶唱〜Best of BugLug〜」も発売された。復活ライブでは「(ベスト盤には)思い出がいっぱい詰まっている。あの頃があるから今があるのだと思う。夢を大切に前を向いて、これからも歩いていきたい」と、ベストアルバムの収録曲を中心にアンコールを含め21曲を歌いきった。
2017050719060000.jpg一聖は、丁度1年前の5月7日、事務所関係者との打ち合わせ後に食事で入った東京・渋谷の飲食店の階段で転落し頭部を強打した。都内の病院に救急搬送され。「重症頭部外傷」で数時間にも及ぶ緊急手術を受けたが意識不明の状態が数日間続いたと言う。その後、意識が回復したものの「話のできない状態だった」(関係者)と言う。
BugLugは、09年にデビューした5人組。当時は、シルエットで顔を隠すという奇抜な手法でデビューして話題になった。既に16枚のシングルを出しているが、ベストテン内にランクインするほどの人気で「2016年に最も活躍が期待されるグループ」として数えられていた。
「グループの中で一聖はボーカルを担当する中心的な存在。人気もうなぎ上りで、数多いビジュアル系ロックグループの中でも熱狂的なファンも多いのが特徴だったんです。それだけに連日、事務所には容体を心配するファンからの問い合わせが殺到しており対応に追われたようです」(音楽関係者)。
事故当初は「命には別状はない」と発表したものの、実際には深刻な状態で集中治療室がら出られず「親族のみしか面会が出来ないほどだった」という。
しかし、メンバーが連日、病院に赴き「激励した」ことが、一聖の精神面での大きな支えになった。懸命な治療の結果、奇跡的に歩行が出来るまで回復した。
担当医からは「復帰は難しい。障害も残る」と言われていたが懸命なリハビリによってステージ復帰となった。「ファンやメンバーの声援が大きな励みになったことは間違いありません。病院の先生も驚いていました」(所属事務所)。

《悼む》関西フォークの加川良さん死去。69歳。3年前に奄美大島では千春、正やんを従えコンサートも…

関西フォークのレジェンド、加川良=本名・小斎喜弘=さんが5日午前9時39分、都内の病院で死去した。69歳だった。滋賀県出身。加川さんは、急性白血病のため昨年12月から入院していたという。
丁度3年前の3月のことだった。加川さんは、松山千春と伊勢正三を従え鹿児島県・奄美大島の奄美市民センターでアコースティック・コンサートを行ったことがあった。このコンサートは、奄美群島日本復帰60周年を記念したものだった。
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「会場の客は、みんな千春や正やんの歌を聴きたいんだから」と言う加川さんに「何を言うんですか」という千春。続けて「このコンサートは加川さんのコンサートですよ。俺たちは、加川さんに呼ばれて来たんですから…」。
そんなステージは加川さん、千春、正やんの「なごり雪」で幕を開けた。その後、加川さんは「夜明け」「冬の星座」「ポプラ並木」などを歌った。
千春は「奄美大島は初めて。デビューして37年になるが、なかなか奄美には来るチャンスはなかった。今回は加川さんの誘いもあって来ることが出来た。そういった意味でもいいコンサートになった」と感慨深げだった。
このメンバーは、東日本大震災の被災3県(宮城、岩手、福島)でも震災復興支援コンサート「あの日をわすれない2014〜春一番コンサート」を行った。

「武道館アイドル博2017 」アイドル200 組1000人が日本武道館に大集合! 5月6日に初の?アイドル版コミケ?

2017040323260000.jpg 全国から200組1000人以上のアイドルが東京・日本武道館に集まりファンとの初の交流会「武道館アイドル博2017」を開催することになった。ゴールデンウィーク中のお祭りとして5月6日に行われる。関係者は「アイドル版コミケ」としてアピールしていく。「2020年に向けて日本のアイドル文化を全世界にアピールしていきたい」と関係者は意欲をみせている。
「武道館アイドル博2017」は、2o Love to Sweet Bullet 、Cheeky Parad、READY TO KISS、エルフロート、強がりセンセーション、花言葉はイノセンスなど2020年を目指す?NEXTアイドル?を集めた初のイベント。第1回目を日本武道館で開催というのが大きなポイントとなっている。
主催関係者は「?アイドル?はライブだけではなく、ファンとの交流を含めた形態が今やポップカルチャーとして日本の文化の一つとなっている」とした上で「日本武道館から日本の?女子力?を世界に発信していくことで、アイドル文化の活性化させていきたい」と言う。
 現在、全国には?ご当地アイドル?を含めると有名・無名問わず1000組前後のアイドルが存在すると言われ、それぞれが独自の活動をしている。今回は、そういった中からメジャーを目指す知名度の高いアイドルを厳選していくと言う。
現時点では、すでに130組を厳選しているが、参加希望者は増えており「最終的には200組以上になります。ソロ、グループを含め1000人以上のアイドルが武道館のアリーナに集まります」(関係者)。イベントは午前10時開演で終演は夜20時としている。参加アイドル200組は3部構成の時間割で分けて行う。
 アリーナをブースで分けて握手会やチェキ会、トーク会など、それぞれが独自の手法でファンとの交流を図っていく。「なかなか会うチャンスのないアイドルと会話を楽しめるし、見つけることも出来る。たくさんのアイドルとコミュニケーションを図ることで、アイドル文化をさらに深めていくキッカケにしたい」と関係者はいう。
 会場内には特設ステージも設け、トーク・イベントやクイズ大会などバラエティー企画も準備している。総合MCにはチュートリアル福田、サブMCに初恋タロー、そしてコメンテーターでは有名人インタビューで知られるコラムニストの吉田豪が予定している。
 参加アイドルの場内イベントは3部に分かれているが、ステージは開演時間の10時間半はノンストップで行われると言い「ぶっ通しでトークしまくる」という。また、ステージの模様はAbema とショウルームで生配信していくと言う。
★公式HP:http://www.idol.world ★公式Twitter:https://twitter.com/budokan_idol
■出演決定アイドル: 2o Love to Sweet Bullet、KATA☆CHU、エルフロート、READY TO KISS、SAY-LA、強がりセンセーション、花言葉はイノセンス、ベボガ!(虹のコンキスタドール黄組)、Party Rockets GT、Stella☆Beats、Chu☆Oh!Dolly、絶対直球女子!プレイボールズ、全力少女R、原宿物語、Pimm’s、天晴れ!原宿、P.IDL、notall、dela、仮面ライダーGIRLS、Princess Garden-姫庭-、少女隊、上月せれな、クマリデパート、FluffyBomb、おやすみセカイ、ダイヤモンドルフィー、リアライト、mi-na、エモクルスコップ、ぷれ☆すく、Checkmate、KAMOがネギをしょってくるッ!!、東京CLEAR’S、ユメオイ少女、PPP!PiXiON、TOKYO5、ぴゅあ娘、アイドル諜報機関LEVEL7、東京CuteCute、三毛猫歌劇団、dora☆dora、黄金時代、BLAST、星乃ちろる、One Stopin Step、萌えこれ学園、天空音パレード、異
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rls Beat!!、爆音少女症候群、眉村ちあき、茶果菜(ちゃかな)、Sweet=Sweet、こうめ、みっちゃん(ソロ)、民謡ガールズ、Summer Rocket、みんなのこどもちゃん、里咲りさ ほか。

普通の女の子に戻ります…恵比寿マスカッツの瑠川リナが引退! 小島みなみ、白石茉莉奈、天使もえら祝福

   普通の女の子に戻って頑張りますーー。セクシー・アイドル・グループの〝SEXY・J〟や〝恵比寿マスカッツ〟などで活躍したセクシー女優の瑠川リナ(26)が23日夜、東京・六本木のmorph tokyoで引退と誕生日のスペシャル・ライブを行った。この日に26歳の誕生日を迎えた瑠川は全ての芸能活動から完全引退する。小島みなみや天使もえ、白石茉莉奈ら仲間に祝福されながら有終の美を飾った。
2017022420220000.jpg瑠川は、元セクシー女優だったみひろの妹分として、テレビ東京「マスカットナイト」に出演、〝恵比寿マスカッツ〟のメーン・メンバーとして活躍してきた。セクシー女優ながらも独特なアニメ声もあってバラエティーや番組MCなどでも人気が高かった。

一方、2年前からは小島みなみ、紗倉まな、白石茉莉奈らと結成したセクシー・アイドル・グループ〝SEXY・J〟にも参加し「セーラー服を脱がさないで」で歌手活動も開始、南沙織のデビュー曲だった「17歳」でソロ・デビューもしている。

関係者によるとセクシー女優としては2年前に引退を発表していたが、今回は26歳の誕生日を機に音楽活動も含め芸能活動の全てから引退すると言い、最後は「引退&バースデーライブ」とタイトルしたライブで、これまで応援してきてくれたファンにお別れすることになったという。

ライブには〝恵比寿マスカッツ〟や〝SEXY・J〟などの活動を通じて仲の良かった小島、白石、天使らも駆けつけ、会場を盛り上げた。瑠川は「すごく寂しいけど、ファンや仲間のおかげで充実した時間を送ってくることができた。26歳の誕生日に同じ空間でその瞬間を共有できたことは嬉しい」と感慨深げ。結婚はまだないそうで「これからは…月並みですが普通の女の子になりたいなって(笑)。とにかく第二の人生だと思って頑張っていきたい」と心機一転の意欲をみせていた。

ライブでは「17歳」や「ダンシング・ヒーロー」「TRUE REAL LOVE」などを歌い、ファンとのラスト・ナイトを涙ではなく明るく盛り上げた。

DIR EN GREY とPIERROTのビジュアル系二大カリスマ・バンドがジョイント・ライブ!

ビジュアル系ロックの「二大カリスマ」と言われる〝DIR EN GREY〟と〝PIERROT(ピエロ)〟が、7月7、8日の両夜、横浜アリーナで初のジョイント・ライブを行うことを明らかにした。ビジュアル系バンドのファンの間では「二大宗教戦争」と言われるほど対立していたバンド同士が同じステージに立つとあって、ファンの間では早くも動揺が巻き起こっている。
〝DIR EN GREY〟と  〝PIERROT〟のジョイントライブ開催は、12日午後2時に東京・新宿アルタのオーロラビジョンで発表された。当日、周辺には情報を聞きつけたファン5000人が集結した。

「交わる事の無かった2バンド  交わる事の無かった2つの物体  ここに破壊的融合  」

をコンセプトにした映像は、人類の破壊と誕生をイメージするようなショッキングな内容。言葉による説明がなく、最後にライブの日程が明らかにされると、アルタ前に集まったファンの中からは一瞬、どよめきのような声が巻き起こった。1分42秒ほどの告知映像をファンは食い入るように見つめていた。
〝DIR EN GREY〟と〝PIERROT〟がタックを組んでのプロジェクトは、今年の1月1日に〝ANDROGYNOS〟を立ち上げたことで明らかにされていたが、その内容や詳細は発表されていなかった。しかし、それが「敵対していたバンド、ファンも真っ二つに分かれ競い合ってきた。まさか同じステージに立つなんて想像もしていなかった」(埼玉・春日部から来たという30代の女性ファン)と驚きを隠せない表情だった。
DIR EN GREYとPIERROTは、特にビジュアル系のバンドが全盛期だった95年後半から00年代前半にかけて二大カリスマとして人気を集めてきた。
そのDIR EN GREYは、今年、結成20年目を迎える。「世の中の矛盾や人のエゴから発生するあらゆる痛みを世に伝える」ことをコンセプトに結成した5人組で、インディーズ時代からコンサート中心の活動を続けている。ファン層も幅広く、ビジュアル系ロックの雄として現在でも圧倒的な人気を誇っている。
一方のPIERR0Tはメンバーはボーカルのキリトと中心にアイジ、潤、KOHTA、TAKEOの5人組。98年にメジャーデビューしたが、06年に突如、解散を発表、釈明もしないままファンの前から姿を消していた。しかし、3年前の14年に突然、ライブを敢行し、ビジュアル系ロック・ファンを熱狂させていた。
2つのバンドについては、かつて東京・原宿の神宮橋にファンが詰めかけ、コスチュームで競い合い、その後、ファンの間では「2つの宗教(バンド)の信者(ファン)による抗争」につながっていったと言われ、現在でも「神宮橋の宗教戦争」として語り継がれているという。
※ANDROGYNOS ビジョン映像= https://youtu.be/1pNCvvQNbn4