人気ロックグループ、ディルアングレイの北米ツアーをキャンセル――。ディルアングレイのボーカル”京”が声帯の不調により3〜4月に予定されていた北米14都市ツアーを急きょ中止することになった。同グループは日本ばかりではなくアジアを始め欧州、欧米でも人気が高いだけに全米ツアー中止は大きな波紋を呼びそうだ。
キャンセルされる北米ツアーは「The STILL RECKLESS Tour」とタイトルし、3月7日のワシントン州のシアトルにあるショーボックスを皮切りに全米14都市を回る予定だった。全会場が1000〜3000人の会場ばかりで、中にはテキサス州ダラスのクイック・トリック・パークで行う公演などは1万人を動員する規模となっている。
ディルアングレイは97年に結成した5人組。今年、結成15年を迎えた。インディーズ時代から東京・日本武道館を中心にしたライブを続け、99年にメジャー・デビュー。リリースするシングル、アルバムは全てオリコン・チャートでベストテン入りを果たしている。02年には香港、ソウル、上海、台北でアジア・ライブを繰り広げ話題を独占。その後、活動の幅をヨーロッパに広げ、日本ブームに沸くヨーロッパ各国で爆発的人気となった。06年には米国にも進出、アルバムはラウドネスに続いてビルボードで100位内にランクイン。全米ツアーは今年6年目で、全米の音楽誌「ビルボード」には「異色の日本人ロック・グループ」として大特集されていた。
また、英国のロック誌で、世界で最も売れているというメタル系専門誌「KERRANG!」の表紙に日本人アーティストとしては初めて登場し大きな話題になった。同誌のパウル編集長は「世界のロックファンに大いなる影響を与える可能性を秘めている」と起用の理由を述べている。
昨年8月に発売された最新アルバム「DUM SPIRO SPERO」は、8月3日に日本、米国、ヨーロッパ各国など全世界21ヶ国で発売された。同アルバムは初回盤がCD2枚、アナログLP2枚、DVD1枚という特製のボックスセット(1万2600円)で発売されたが、すでに5万セットを売り切るほどだ。
”京”は、3年前の09年にも「声帯炎(せいたいえん)」ならびに「喉頭浮腫(こうとうふしゅ)」でダウンし緊急入院、当時予定されていた仙台と札幌公演を延期している。関係者によると今回も咽の不調を訴えたことから担当医師の診療を受けた結果、「声帯結節(せいたいけっせつ)」及び「音声障碍(おんせいしょうがい)」と診断された。このことから今後の活動を考えて医師の判断に沿って北米ツアーの中止を正式決定した。
一部情報では手術の必要性も出ているが、所属事務所では「手術などを含め今後、さらに検査を行いたい」しており、活動再開についても現時点では「未定」という。その上で「京は、もともと喉が弱かった。昨夏から過密なスケジュールとライブで疲労がたまっていたのかもしれない。しばらく休養が必要かもしれない」と言う。
ディルアングレイは、アルバム発売後の8月6日にドイツのヴァッケンで行われたロックの祭典「ヴァッケン・オープン・エアー」に出演、8万人規模のライブ行い、その後、ロシアを含むヨーロッパ各国9ヶ国で全11回の欧州ツアーを敢行。さらに9月15日からは神奈川・川崎のクラブチッタを皮切りに11月8.7日の東京・有明のスタジオコートまで全国で28本の国内サーキットライブ・ツアーを繰り広げるなど殺人的なスケジュールをこなしてきた。

■中止される北米ツアーの会場
2012/3/7 シアトル,(ワシントン州) Showbox
2012/3/9 チコ(カリフォルニア州) Senator Theatre
2012/3/10 サンディエゴ(カリフォルニア 州) SOMA
2012/3/11 ツーゾン(アナゾナ州) The Rialto Theatre
2012/3/13 ミッション(テキサス州) Las Palmas Race Park
2012/3/15 オースティン(テキサス州) Red 7
2012/3/16 サンアントニオ(テキサス州) The White Rabbit
2012/3/17 ダラス(テキサス州) QuikTrip Park
2012/3/20 ピーターズバーグ(フロリダ州)State Theatre
2012/3/23 シャーロット(ノースカロライナ州) Amos’ Southend
2012/3/24 ノーフォーク(バージニア州) The NorVa
2012/3/25 リッチモンド(バージニア州) The National
2012/3/27 セーアビル(ニュージャージ州) Starland Ballroom
2012/4/7 ルイビル(ケンタッキー州) Expo Five

こんな法案があったのか!?
で、記事によれば…
「参議院は7日、特定の日に特定の目的をもって菓子類を他人に贈与することを禁止する『特定菓子贈与禁止法案(反バレンタインデー法案)』を全会一致で可決した。既に衆議院で同法案は可決されているため、今月中にも成立・施行される見通し。これに伴い、今年からバレンタインデー、ホワイトデーは禁止されることになった」
「同法は、全国の恵まれない男性や独身男性に打撃を与えるバレンタインデーの実施を行った業者や個人に、最大で懲役5年、罰金百万円を課す法律で、執行猶予が付かないという特徴を持つ」。
この記事は、文字通りバレンタインデーやホワイトデーを禁止するものらしい。
いずれにしても、記事によるとこの法案、以前からインターネットの掲示板を中心に同法の必要性が訴えられていた…というから、まるで「2ちゃんねる」か何かで盛り上がって成立してしまったかのようである。
ただ、それまで法案が審議に至らなかったことについては「製菓会社を始めとする業界団体の反対があったから」としている。しかし、法案成立については飛躍していて「クリスマスが中止されたにも関わらず多くのカップルがデートをしていた事実を政府が問題視し、政府勧告だけでは効果がないと判断、今回の法制化へと繋がった」と記している。
しかも、この記事には関連記事まである。
「日本のバレンタインデーを研究しているバレンタイン研究所は7日午後、記者会見を開き…(中略)会見で松井やよりバレンタイン研究所長は『好意を抱いている男性に女性がチョコレートを贈与する行為は男女平等の社会には必要ないと判断した』と述べたが、『あなたのチョコを欲しがる人は元々いないのではないか』と男性記者に指摘される場面もあった。バレンタイン研究所では恋人達が勝手にバレンタインを催す事がないよう都内の主要ホテルなどにポスターを配布して呼びかけていく方針」。
因みに、記事は、2005年(平成17年)2月8日付の「日本経済新聞」となっているが…。
しかし、未だに、この時期になると、この新聞記事が出て来る…。いわば、恒例化した記事のようだ。
ま、この記事が出回った時は小泉純一郎が総理をやっていた時代のもので、その時の世相を表しているって言えば言えるし、内容的にはユーモアがあるって言えばユーモアがある。
しかし、考えてみれば、アニメの規制とか(「児童ポルノ禁止法改悪法案」が出されているが…)、風営法の強化や風俗店のスカウトなどを禁止する東京都迷惑防止条例とか…、いまや、この国は何でも法律や条例などで管理、規制しようとしている。そんな中国とか北朝鮮のことを言っている場合じゃない、笑っちゃいられない、明日は我が身である…。
マドンナの4年ぶり新曲シングル「ギヴ・ミー・オール・ユア・ラヴィン」が今夜(3日)23時からiTunes music storeでデジタル販売される。価格は150円だと言う。作詞はマドンナ、マーティン・ソルヴェイグ、ニッキー・ミナージュ、M.I.A。作曲はマーティン・ソルヴェイグとマイケル・トージマン。そしてプロデュースをマドンナとマーティン・ソルヴェイグが手掛けている。

で、日本での新曲発売は、3日の夜――午後11時。因みにだが米ロサンゼルスは3日午前6時、ニューヨークは3日午前9時となる。
…というわけで、ニッポン放送で月曜から金曜日までの毎日出演している「松本ひでお 情報発見ココだけ」(後5時40分〜8時)のコーナー「業界ココだけチクリークス」はマドンナの話題にした。一応だが、マドンナについて説明するとしたら……米CNNは、「50年代はエルビス・プレスリー、60年代はビートルズ、70年代はエルトン・ジョン、そして80年代はマドンナの時代」と評した(日本では「現代のマリリン・モンロー」と言われた)。
最近では、2006年9月に13年ぶりに来日公演を東京ドームと大阪の京セラ・ドームで行った。しかも、その公演は、ステージを中心に設けられたグランド席3000席が5万円という、ドーム公演なのに異常とも言える価格で販売していた。しかし、チケットは「即日完売」。マドンナ人気の根強さを改めて証明したものだった。
しかも、そのステージは…。重さ1.5tもある巨大なミラーボールがステージに降下され、その中から黒ずくめのセクシー衣装でマドンナが登場するという趣向。しかも、歌いながらムチと手綱で男性ダンサーを”調教”するという大胆なステージは、まさに”セクシー・ダイナマイト、マドンナ”の健在ぶりを見せつけたものだった。そのマドンナも、今や54歳である。恐るべしマドンナ。
マドンナは、この公演後の08年にアルバム「ハード・キャンディー」を発売し、それまで所属していたワーナーミュージックから離れ、世界最大と言われるイベント興行会社「ライブ・ネイション」と360度契約を結んだ。この「360度契約」というのはマドンナの稼ぎ出す売上げのほぼ全てを対象とした包括契約だというが、実は「ライブ・ネイション」にはレコード部門がないことから今回、ユニバーサルミュージックの傘下の「インタースコープ」と契約を今回は結んだ。
因みに、インタースコープはユニバーサルの中心的なレーベルで、あのロシアのお騒がせデュオのt..A.T..uなんかもいたしエミネム、レディー・ガガ、マリリン・マンソン、エルトン・ジョン、U2…。大物がいっぱいいる。最近はK-POPガールズ・グループの少女時代なんかも契約を結んでいるという。
まあ、そういった中でシングルを「ギヴ・ミー・オール・ユア・ラヴィン」をデジタル販売するわけだが、日本ではシングルCDでも販売してもよかったのでは…。今や、CD、音楽配信なので総売り上げでは米国を抜いて日本は世界1位のマーケットを誇るようになった。そういった意味で考えたら、こういったものは、もはや米国中心に考えなくてもいいと思うのだが…。
さて、シングルに続いて、アルバム「MDNA」は3月26日に発売されることが決まった。もちろん、世界同時発売である。となると、アルバムCDに関しては時差の問題もあり、日本が世界で一番早く店頭に並ぶ…ことになりそうである。レディー・ガガのアルバム「Born This Way」の時もそうだったが、今回も深夜にアルバム発売のカウントダウン・イベントでもやるのだろうか?
そして、もう一つ。2月5日(日本時間6日)には、米インディアナ州のインディアナポリスで開催する、ニューヨークのジャイアンツとニューイングランド・ペイトリオッツが王座を目指す第46回目の「スーパーボウル」で、マドンナはハーフ・タイム・ショウに出演する。当然、マドンナはこの新曲「ギブ・ミー・オール・ユア・ラヴィン」を歌うが、当日はシングルでもフィーチャリングしている女性ラッパーのニッキー・ミナージュが駆けつけるとも言われている。
「スーパーボウル」は、アメリカンフットボールの王座決定戦。米国民にとっては見逃せない試合で、昨年はFOXテレビが生中継して視聴率は46%を獲得した。今年は、NBCテレビが生中継するという。いずれにしても、これで視聴率がアップしたら、マドンナへの注目度・注目率も一気にアップするはず。それだけに気合が入っているし意欲満々だろう。
そんなわけで、マドンナは、82年にデビューして今年はデビュー30年目に当たる。今回のアルバム、そしてシングルは、30年目の第1弾となる。まさにマドンナにとっては4年と言う以上に「記念盤」とも言える。

今やらなければ、もう絶対にやらなかった――。元ビートルズのポール・マッカートニーが、子供の頃に慣れ親しんできたスタンダード・ナンバーの数々に初チャレンジしたアルバム「キス・・オン・ザ・ボトム」を2月8日に発売する。ポールにとっては約5年ぶりのスタジオ・アルバムとなるが、構想に20年を費やしたと言うほどの力作に仕上がっている。
英ロンドンのハイド・パーク近くにあるヘンぺル・ホテルのB1Fにあるアート・ギャラリー。世界各国から集まった記者を前にポールはアルバムについての思いを熱く語った。さらに個別のインタビューも僅か10分間だったが与えられた。
濃紺のスーツにピンクのシャツで現れたポールは、終始上機嫌だった。また、東日本大震災の被災者に対しても現在の気持ちを語った――。
今年はビートルズがデビューして丁度50年。しかも、6月18日には70歳の誕生日を迎える。全てにおいて“節目の年”だ。そういった中で満を持して発売されるのが「キス・オン・ザ・ボトム」。
「僕の親の世代が正月に歌っていたようなアメリカの古き良きスタンダード曲を以前からずっとやりたいと思っていたんだよ」。
ポールは、アルバムについて、そう語ると、その内容については「誰もがカバーする、完全に分かりやすい曲は避けて選曲した。場合によっては、あまり知られないような、もう少し変わった曲が欲しかった。ただ、その時代のいいと思う作品を選んだわけで、アメリカとか…。どの国の作品かは関係がなかった。たまたま、アメリカから素晴らしい作品がたくさん生まれただけ。実りの多い時代だったんだ。だからそうすることにしたんだ。王道からちょっと外れた方向に進むのはいいことだよ」。
ポールは、嬉しい驚きを聴いてくれる人たちに与えたいと思ったと言う。
もちろんスタンダード・ソングばかりではない。今回は「マイ・バレンタイン」と「オンリー・アワ・ハーツ」という2曲の描き下ろし作品も収録している。
アルバム制作にあたり、ポールはプロデューサーを米ポピュラー音楽界の大御所で、過去にはマイルス・デイヴィスやイエロージャケッツ、ジョージ・ベンソンなど数多のアーティストをプロデュースしてきたトミー・リピューマに依頼。演奏とベーシックなアレンジについてはジャズ界の女王、ダイアナ・クラールを起用した。ダイアナは、自身のバンドを率いてレコーディングに参加している。
しかも、ギターでエリック・クラプトン、ハーモニカではスティービー・ワンダーもレコーディングに参加するなど、ポールと豪華共演も実現した。
因みに、ポールとスティービーの共演は1982年3月発表のシングル「エボニー・アンド・アイボリー」以来、実に30年ぶり。「エボニー・アンド・アイボリー」は、ポール・マッカートニー&スティービー・ワンダー名義でリリースされ、全米・全英1位に輝いている。
ポールは、このアルバムの構想に20年を費やしたと言う。その上で「今やらなければ、もう絶対にやらないような作品集だよ」と言い切っていた。

――新作がスタンダード・ソングのカバー・アルバムになったことについてお聞かせください。
ポール・マッカートニー(以下、ポール) 「ずっと前から温めていた企画だったんだけど、やろうとするとロビー・ウィリアムスとかロッド・スチュワートとか、いつも誰かに先を越されたんだ(笑)。でも今回のプロデューサーのトミー・リピューマに相談したら、そんなこと気にしないでやろう、と言ってくれたんだ。誰かとのデュエット・アルバムは作りたくなかった。それもトニー・ベネットがやっているしね。アルバムには、名曲だけれどあまり知られていない曲を中心に選んだ。ほとんどが、子供の頃にラジオで聴いたり、父親がピアノで弾いていたのを聴いて知った曲なんだ。特に『イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン』には父の思い出がある。父からは特に音楽的影響を受けた訳ではないが、とにかく人として偉大だった」
――ポールが尊敬するソングライターやミュージシャンについて語ってもらえますか?
ポール 「作曲家ではジョージ・ガーシュウィン、ハロルド・アーレン。ミュージシャンでは、子供の頃からファッツ・ウォーラー(1930年代に人気を博したアメリカの黒人ピアニスト)のファンでレコードも持っていた。今回のアルバムでも、ファッツゆかりの『手紙でも書こう』を1曲目にカバーしている。あと、フレッド・アステアには、スーツの着こなし方など、そのイカしたスタイルと歌い方に憧れた」
――5年ぶりのスタジオ・アルバムと言うことで、レコーディングについては何かエピソードのようなものはありますか?
ポール 「尊敬するナット・キング・コールやフランク・シナトラがその昔レコーディングで使った、米ハリウッドのキャピトル・スタジオを中心に行った。ダイアナ・クラールをはじめとする素晴らしいジャズ・ミュージシャンをバックにして歌うので、最初はどうしていいか戸惑ったよ。今回はスタジオに入ってから、ダイアナたちと曲のアレンジを相談しながら録音していった。とてもオーガニックな進め方で僕にとっては新鮮だった。でも後から思えば、ビートルズの頃もこんなやり方で録音していたんだよね。レコーディングで使ったマイクは、昔ナット・キング・コールがレコーディングで使っていたマイクなんだ。最初は声を張り上げて歌ってみたんだけど、なんだか違うと思った。それでマイクに近づいて囁くように歌ったら、とてもいい感じで『これだ!』と思ったよ」
――今回のアルバムの収録曲の中で最もお気に入りの曲は?…
ポール 「(新作のリード・トラックとなっているポール書き下ろしの新曲)『マイ・バレンタイン』と『バイ・バイ・ブラックバード』かな…。『マイ・バレンタイン』は、新妻ナンシー(昨年10月9日、婚約していた米国人女性ナンシー・シェベルさん=51=とロンドン市内の公会堂で結婚。ポールにとっては3度目の結婚)とモロッコに旅行中、まさにバレンタイン・デーに書いた曲なんだ。『バイ・バイ・ブラックバード』は、普段はアップテンポで歌われる曲だけど、今回はトミー・リピューマの提案もあってバラードで歌ってみたら素晴らしくはまった」

――今回のアルバムに参加しているスティービー・ワンダーについて何か…
ポール 「『オンリー・アワ・ハーツ』(『マイ・バレンタイン』と同様にポールが書き下ろした新曲)のソロ・パートに何か特別な楽器を加えたいと考えていたら、トミー・リピューマが『スティービーはどう?』って提案してくれたんだ。ハーモニカで参加してもらったんだけど、たった20分くらいであの素晴らしいソロを吹き込んだんだ。…とにかく、スティービーはロサンゼルスのスタジオにやってきて、10分ほどトラックを聴いただけですべてを理解していた。そしてマイクのところへ行き、20分もかからずにドラマティックなソロを吹き込んだんだ。このソロを聴いたら誰もが『どうしてこんなことができるの?』と思うだろうけど、その理由はただ一つ、スティービーが天才だからだよ」
――ところで、日本では昨年3月11日に巨大な大地震と津波に襲われました。間もなく1年が経とうとしていますが、改めて被災者の方に向けてメッセージをいただけないでしょうか…。
ポール 「昨年、地震と津波、そして原発事故の被害に遭われた東北の方々の一刻も早い復旧を、今も心から願っています」

因みに、ポールは震災の直後にも「言葉では言い表せないくらい、現在の日本の皆さんのことを痛ましく思っています。私の友人、家族、そして私自身も、全員がこの困難な状況下にいる皆さんに愛と幸せへの祈りを送ります」といったメッセージを届けている。
今回、新作に関するインタビューではリラックスして答えていたポールだったが、震災被災者へのメッセージを聞いた時は、表情が一転して真剣になっていた。
東日本大震災から1年目を迎える3月11日に合わせ、フォーク歌手の松山千春、元かぐや姫の伊勢正三、そして宮城・女川町出身の俳優・中村雅俊が被災県で被災地支援の「復興応援コンサート あの日をわすれない2012」を行う。3月11日に盛岡の岩手県民会館、13日に宮城・仙台サンプラザホールで予定している。それにしても、岩手県、宮城県では最大のホールにもかかわらず、チケットは即完!! それでも、問い合わせが相次いでいて、これまたキャンセル待ちは1000人を超えているという…。
今回のコンサートの経緯について千春に聞いた。
「地震や津波で被災にあわれた久慈や三陸町、宮古、釜石、気仙沼…そういった被災地で、定期的にいろいろなアーティストのコンサートをやろう。被災地の方々に安い金額で楽しんでいただきたい。しかし、コンサートをやるとなるとどうしても赤字になってしまう。そういった現実の中で今回、地元のイベンターのギルドネクストの社長から赤字を補てんするようなコンサートが出来ないかと提案された。そこで色々考えて、今回のようなコンサートをやることにした。コンサートの収益金については全額を被災地でコンサートをやり続けるための赤字の補てんに使いたい」。
要は、ギルドの提案に千春が応えたということのようだ。
いずれにしても、これまでチャリティーコンサートの収益金というと被災地に寄付することが目的となっていた。が、今回の収益金は被災地でコンサートを定期的にやり続けるための「資金」にしていきたいというのだ。ある意味では、これまでにない異色のチャリティー・コンサートとなる。
と言うのも、被災地でコンサートを行う場合、必ず地元のイベンターが深く関わっているが、そういった地元のイベンターも実は震災で被害にあっている。「被災地でコンサートをやり続けるためにはイベンターへの支援が必要」というわけだ。そのためにも「被災にあわなかった我々が頑張っていくしかない」と千春。
千春と正やんはデビュー以来、親交が深い。一方、雅俊は千春と同じレコード会社(日本コロムビア)の所属で、しかも被災地・女川町の出身であることから千春の呼びかけに応えた。
「まだ、内容は決まっていないけど面白い雰囲気のコンサートになると思う。とにかく復興、復旧で1日でも早くよりよいふるさとを取り戻して欲しいし、そのためにも俺が出来ることは何でもやっていこうと思っている」と千春は意欲を見せていた。
ところで、千春は今年、デビュー35年を迎えた。デビュー記念日に当たる1月25日には記念のアルバム・ボックス「松山千春の世界」も日本コロムビアから発売された。35年間に発表した楽曲の中から、千春自らが63曲を選りすぐって収録した”究極のベスト・アルバム”となっている。4枚組で8400円という高価なものだったが、オリコン総合チャートでは16位にランクされた。しかも、オリコンによると、6年前に発売されたアルバム「現実」以来の「初動得点」だという。
2011年12月度のビデオリサーチ「首都圏ラジオ個人聴取率調査」(首都圏35キロ圏)で、埼玉県のFM局「FM NACK5」が、対象年齢12〜69歳の週平均で0.7%を獲得、関東地区のFM局中でTOKYO FMを上回って、J‐WAVE(0.8%)に次ぐ第2位となった。NHKラジオ第一などAMを含む全局中でもNACK5は第6位と健闘している。
一方、首都圏35キロ圏の男女20〜34歳については、平日平均では0.8%を獲得、J‐WAVEと並んで同率1位にランクされた。
いずれにしても、ラジオの聴取率調査によるとTBSラジオが1.3%で63期連続首位。2位は0.8%でNHK第一、文化放送、ニッポン放送の”AMラジオ放送”、それにJ‐WAVEの4局が並んだ。
この好調を裏付けるべく同時間帯全局1位番組を見てみると、首都圏35キロ圏の20〜34歳においては7番組が1位(単独1位3番組/同率1位4番組)に、また35歳〜49歳では12番組が1位(単独1位9番組/同率1位3番組)となっている。同時間帯1位を獲得した主な番組は――。
【首都圏35キロ圏20〜34歳および35〜49歳でともに単独1位】
(月〜木)6〜9時「WARMING UP MUSIC」
(金)6〜9時「HYPER RADIO」
(金)9時〜17時55分「FUNKY FRIDAY」
【首都圏35キロ圏20〜34歳および35〜49歳でともに同率1位】
(土)12時55分〜17時55分「HITS!THE TOWN」
【首都圏35キロ圏35〜49歳で単独1位】
(月〜木)9時12時55分「FRESH UP9」
(金)20時30分〜21時「BENIラジ」
(金)21〜23時「K’s TRANSMISSION」
(金)23〜24時「セイタロウ&ケイザブロー おとこラジオ」
(土)12時〜30分「SAITAMA STYLE」
(日)12時〜55分「服部幸應 WELL TASTE」
FM NACK5は、埼玉県のFM局として、埼玉地区およびメーンターゲットとしている20〜34歳を核として強さを発揮している。聴取率については、以前から首都圏35キロ圏の12〜69歳においても一定の数値を獲得してきている。
地元エリアとなる埼玉地区においては、FM NACK5は12〜69歳でも圧倒的な単独1位を獲得、週平均で2.0%を記録(2位TBS=1.6%)した。さらに埼玉地区の20〜34歳については、同局は週平均2.3%で、2位のJ‐WAVEおよびTOKYO FM(ともに0.4%)を大きく引き離している。
関係者によれば、同局は88年の開局から20年以上を経てきた中で「リスナーと共に成長していて、同局のメーンターゲットはあくまでも20〜34歳としながらも、35歳以上のリスナーにも支持される局となっていて支持年齢層が拡大してきている」と言う。
女優の菊池桃子(43)とプロゴルファーの西川哲選手(43)の離婚が正式に発表された。結婚17年目での離婚である。2人の間には現在、中学3年生で高校受験を目前に控えた長男と、10歳になる長女がいるが、親権は桃子が持つようだ。いずれにしても、2人の間は冷め切ってしまっていたようだ。
しかし、楽天・田中将大とタレントの里田まいが結婚するとか明るい話題の裏で、離婚も…ということである。
振り返れば、桃子と哲の結婚というのは結構、紆余曲折、大変だったのだ。2人の真剣な交際が明らかになったのは18年前の94年4月のことだった。2人は93年5月6日静岡・伊東市の川奈ゴルフコースで開催されたフジサンケイクラシックゴルフのプロアマ戦で知り合った。同じ組でラウンドして苦戦する桃子に、西川が「肩が入ってないから体が回らないんだよ」なんてアドバイス。桃子は「アドバイスを受けてから、ホールが進むごとにうまくいくようになりました」と笑顔を見せていたものだった。そのうち哲が都内の桃子の実家で食事をするなどしているうちに仲が深まっていった。「2人は誕生日が2日違いで同い年。桃子の実家と哲の自宅が近いことから、最初は同級生感覚で交際が始まった」と言うのだが…。
しかし、ゴルフの練習場に同行したり、オフには一緒にラウンド。食事をするなどデートを重ねるうちに、93年の暮れにはかなり交際が深まったという。ま、よくある話だった。しかも、桃子の仕事関係者も、西川にゴルフのコーチを受けるなど、周囲も公認の中で交際は続いていた。とにかく、1人暮らしで食事が不規則になりがちな哲だったが、桃子の実家で食事をすることだけはしっかりしていたようだ。
因みに、当時は女優・石田ひかりと清水エスパルスの青島文明。Winkの片割れだった鈴木早智子と横浜マリノスの山田隆裕、タレント、かとうれいことヴェルディ川崎の永井秀樹、同じく武田修宏と梅宮アンナ。さらにプロレスラーの高田延彦と馳浩が、それぞれタレントの向井亜紀、高見恭子と結婚。野球ではヤクルトスワローズの投手だった荒木大輔が女優の相田寿美緒と結婚、横浜ベイスターズだった石井琢朗内野手がアイドルグループ「CoCo」の三浦理恵子と交際。騎手の武豊とタレント佐野量子が婚約を発表するなど、今振り返ったらそれはそれは賑やかな時代だった。
さてさて、桃子は、その当時は圧倒的な人気を誇っていた。彼女は1968年(昭43)5月4日、東京生まれ。デビューは84年に映画「パンツの穴」のヒロインになったことだった。山口百恵と同じ目黒の日の出女子学園だったが、高校生の桃子は大人気。「青春のいじわる」でバップレコードから歌手に。サウンドプロデューサーは林哲司だった。しかし、その後“ラ・ムー”なるロック・グループを結成したことが命取りとなった。
しかし、テレビドラマ「同級生」、テレビ・映画「パ・テ・オ」などに出演し、その後は女優として本格的に活動して成功した。確か、デビューして最短で日本武道館公演をやった。
一方の西川哲。彼は1968年(昭43)5月2日、東京生まれ。日体荏原高卒業後、88年のプロテストに一発合格。90年の千葉オープンでプロ初優勝を飾った。ツアー初Vは91年のマルマンオープン。青木功の門下生で、”青木ファミー”のホープ。タレントの五月みどりの長男ところで、桃子の交際相手だった哲の父親・西川幸男氏は「新栄プロダクション」の会長でもある。当時、仕事で訪れた大阪で桃子の印象を語ったことがあった。
西川会長は、94年の正月、哲から「会ってほしい人がいる」と言われて、桃子に初めて会った。「菊池さんのことはよく知らなかったのですが、素晴らしいお嬢さんでした」と幸男氏。そして「向こうのご家族や事務所さんのことがありますから」と前置きした上で、「私も早く孫の顔が見たいですよ」と手放しの喜びよう。2人のゴールインを心待ちにしている様子だった。
交際から1年――94年8月8日、2人は都内ホテルで婚約の緊急会見を行なった。
「余りに突然の会見だったので大騒動になりました。結局、週刊誌の不仲報道を打ち消す目的があったようですが、今振り返ると週刊誌の記事に反応するということ自体異常ですよね。会見で、西川は『前の年(93年)の暮れには(お互いの)気持ちは固まっていた』と言ってノロケていました。しかも会見では、500万円の婚約指輪も手渡していた。緊急会見の割には準備が行き届いていましたね」(当時を知る関係者)。
因みに、週刊誌の不仲報道については桃子自らが女性週刊誌に電話を入れ、不仲説を否定したこともあったとい
う。それだけに、早くケジメをつけたかったようだ。
その後、挙式は桃子の仕事が一段落する95年4月24日に決まり、媒酌人は青木プロ夫妻が務めることになった。ところが、その挙式が何と僅か1ヶ月前の3月7日に突然、無期延期されることになり業界内では「婚約解消か」といった噂まで飛び交う事態になった。
これも当時を振り返る――。
95年3月3日の夜、哲と異母兄弟の山田太郎氏(新栄プロダクション社長)から「挙式延期」を知らされた桃子は、父親の西川幸男氏(新栄プロダクション会長)に電話を入れ、「哲さんを許して下さい」と号泣しながら挙式を予定通り行なうことを懇願したと言う。
しかし、西川会長は
「親の気持ちは親にならなければ分からない」
「あんたが悪いんじゃない。一人前じゃない哲が悪い」
と桃子の懇願を一蹴したという。
桃子は、落胆しながらも仕事をこなしたが、心労が重なり7日に右上腹部などに痛みを訴え、コップ1杯分ほど吐血した。診察の結果「十二指腸潰瘍」と判明し、都内の病院に緊急入院する事態になった。
「腸に穴が開いていて、絶対安静となっています」
事務所関係者は沈痛な面持ちで殺到するマスコミに対応していた病院の診断書には「約4週間の入院治療を要す見込み」と記載されていた。関係者は「桃子は、病室でも泣き続けている」と語った。
一方、桃子の母親まで心労で倒れ、入院し点滴を受けていることが明らかに。このため、西川会長も、桃子の入院や息子との確執で心労が重なって8日には都内病院に緊急入院するという騒ぎに発展した。
果たして挙式の無期延期の原因は何だったのか?
披露宴に向けて西川家と菊池家との間で折り合いがつかなかったという説もあったが…
しかし、2人の婚約が発表されたのが94年8月8日。普通なら年内に結婚するのが普通だが、婚約発表から8ヶ月も経って、しかも挙式目前に無期延期じゃ”危機説”が飛び交うのも無理がなかった?もっとも、西川会長の怒りは、披露宴のやり方というより「自分の成績や態度に許せなくなったのでは」(哲)とした。
3月9日に鹿児島で行われた「男子プロゴルフ開幕戦・東建コーポレーションカップ」は94位と大出遅れだった。母親の五月みどりも「哲は高校を卒業後、ゴルフしかやってこなかった。人間的にも未熟な部分が多い」と語っていた。
「西川会長は、シード落ちした西川哲に『結婚するのに食べていけませんでは無責任過ぎる。(結婚は)しっか
り成績を残してからでも遅くない』と一蹴された。西川哲は反論したが抗しきれなかった」(関係者)。
しかし「単に(哲氏が)未熟だから」と言う理由で結婚させないということに対して、ファンから同情の声が出た
。桃子は一気に「悲劇のヒロイン」になった。
こういった状況の中で奮起した?西川哲は95年7月に富士カントリー出島コースで行なわれた「日経カップゴルフトーナメント・中村寅吉メモリアル」で3度目の優勝を遂げた。獲得金額は2183万1546円。この成績をバックに、96年2月6日に高輪プリンスホテルホテルで挙式した。この時、桃子は妊娠4ヶ月だった。
こうしてみると2人の結婚は、ある意味「執念」に近いものがあった。それだけに、今回の離婚はお互いに感慨深いものがあったに違いない。
しかし、その一方で、やはり夫婦円満の秘訣というのは奥さんがスパっと仕事を辞めて、旦那に尽くすことなのかもしれない。こうやってみると、スポーツ選手の奥さんで、スパっと仕事を辞めないで、夫婦関係が続いているのはサッカーの三浦知良と設楽りさこの夫妻ぐらいかも…?
お似合いって言っちゃえば、お似合いかもしれないが、まるで”ごっこ”のような結婚…って感じもしないわけじゃない。
かねてから交際を続けてきた楽天ゴールデンイーグルス”マー君”こと田中将大投手とタレントの里田まいが”電撃結婚”である。3月下旬にも入籍するという。まさか、この2人までが”出来ちゃった結婚”なんてことはないだろうけど…。
しかし、またしても「姉さん女房」である。どうして野球選手と言うのは年上を求めたがるのか…謎って言えば謎である。
田中と里田は、3年前の09年12月にテレビ番組の共演がキッカケで交際に発展。しかも、里田が楽天の応援歌「情熱ヴィクトリー」にバックコーラスで参加したことも、2人の距離を縮めることになったと言われている。
確かに、交際に関してはブログでも公表しており、公然の事実となっていた。が、そうは言っても正直言って、この時期に結婚を発表するとは思ってもなかった。ハッキリ言って、オーストリア人俳優のマニュエル・シュワルツと”電撃離婚”をした浜崎あゆみなんかよるもずっとメガトン級の衝撃的ニュースになったことは間違いない。
ま、田中は昨年、最多勝、最優秀防御率など投手タイトルを総ナメにするなど大活躍だっただけに、精神的にも「結婚」を考える余裕が出来ていたのかもしれない。因みに、田中は「交際を始めたころから彼女の優しさを身に染みて感じ、安心してプレーを続けることが出来た。昨シーズン、数々の賞を貰えたのも、日ごろから彼女に温かく見守ってもらい、支えられてきたからこそ得られたもの」なんて言っているぐらいである。年下のくせにして、なかなか女心をくすぐる”殺し文句”は身に着けている!? さすがは投手だけあってコントロールはいい…。
そういった意味じゃ、田中にとって里田は”あげまん”だったのかもしれないが…。
それにしても、昨秋あたりから野球選手の結婚ラッシュが続いている。
野球選手とは、ちょっと違うが「ソフトバンク」のリハビリ担当コーチの斉藤和巳が、里田とは仲間の1人であるタレントのスザンヌと結婚したのが昨秋12月2日のことだった。もっとも斉藤コーチの34歳に対してスザンヌは現在25歳。
ところで、余談になるが里田はスザンヌ、木下優樹菜らと”おバカ3姉妹”アイドルユニット”Pabo”を結成していて、里田はメンバーのリーダーだった。木下優樹菜が片付いて、続いてスザンヌ。…そして今回の里田。またまた”紳助関連”である。ほしのあきを含め続々と結婚していく…。
話を戻して…。
11月25日には巨人の隠善智也内野手(27)が元女優で5歳年上の真由美さんと結婚。真由美さんは結婚を機に女優を引退した。さらに、同じ巨人の野間口貴彦投手は元タレントで、現在はファッション関係の仕事をしている佐藤優里亜と結婚。この場合は野間口が28歳で、佐藤は23歳。だが野間口は、モデルの押切もえの元カレだった。
他にも阪神の小宮山慎二捕手は、友人の紹介で一昨年1月に知り合ったエステシャンの典子さんと結婚、日本ハムの小谷野栄一内野手もファッション誌「Rey」の専属モデル・亜咲美と昨秋11月19日に結婚した。さらに、巨人の沢村拓一投手は日テレ・森麻季アナウンサーとの結婚を明らかにした。
その一方で「いいお付き合いをしています」と言っていた西武の涌井秀章とフジでアナウンサーをしていた杉崎美香はスピード破局している。
「映画を作る」と言ってカネを集めておきながら、全く映画を作らず「これじゃ詐欺だろ!!」と言われ始めた映画プロデューサー、若杉正明氏。
「詐欺師」か「ペテン師」なのかは知らないが、若杉氏は、制作会社「ビーワールド」をはじめ、いくつもの会社を作ってカネをかき集めていたことは確かである。
もっとも、映画プロデューサーとしては「クライマーズ・ハイ」や「血と骨」をはじめ「泣くもんか」「カムイ外伝」「秋深き」などを作ってきた。そういった部分では評価されるべき点もある。
しかし、である。
若杉氏が、その映画制作の裏でやってきたことは、実に無茶苦茶だった。特に、ここ2年ぐらいは、前記したように「詐欺」「ペテン」のようなことばかりである。まあ、それなりの映画プロデューサーとしていい思いをしたのだろう、夢よもう一度…って感じだったのかもしれない。
例えば…。映画主題歌を決める時なんて、あるアイドル歌手を前に
「今度、主題歌で流してやるよ」
「CDを聴いてください」
「じゃ、ボキちゃんの家で一緒に聴こうか…」
「その前に、まず聴いてもらえますか?」
「それじゃ、適当に聴いとくよ」
なんて、チャラ〜イ言い方をしていたとか。何でも、これが若杉の「女の口説き方」だったらしい。
因みに、自分のことを若杉は「ボキちゃん」とか「ボクちゃん」と呼んでいたらしい。「ボキちゃん」とは、「飛んだカップル」で轟二郎がやっていた役らしいけど、こんな人間に平然と出資していたこと自体も情けないだろう…。
しかも、若杉氏に携帯電話をかけると、なかなか電話口に出てこなかったという。実は、それはわざと電話に出ないだけで、その理由は
「ボキちゃんは、スーパー・プロデューサーだから…。スーパー・プロデューサーは簡単に電話には出ないんだよ」
なんて嘯いていたという。
とにかく、こんな人間に都市銀行を中心に多額の融資をしていた。貸し渋りが問題になっている中、よくぞ…という話である。その実態は…。これは、平成22年1月までの金額であるが…
みずほ銀行=4億1700万円、三井住友銀行=6億3714万円、三菱東京UFJ銀行=1億4319万円、りそな=3億4256万円、近畿大阪銀行=1855万円、池田銀行=2167万円、京都銀行=2530万円、摂津水都信用金庫=1568万円、大阪信用金庫=857万円、芝信用金庫=2794万円など、合わせて16億9210万3250円。
この他に、ファイナンス関係もソニーファイナンス=4200万円や住信松下=2700万円など数社から7389万円の融資を受けていて現在、返済を請求されているが、そんなの返せるはずがない。
驚くのは、未払いが国税ににもあることだ。
大阪国税局に3683万円、大阪。大淀税務署に205万円、その他、地方税や市民税などは約1000万あるし、社会保険料の未払いも約1200万円相当ある。これって異常なことじゃないか?しかも、これは2年前の話。現在は…。
おそらく、70〜80億円ぐらいの未払いがあると推測されるが、その実態はもはや知る由もない。若杉氏自身も分からなくなってしまっているんじゃないかと…。いやいや恐ろしい。
それにしても、銀行が、若杉氏に、これだけ融資すると言うのには何か、裏があったのかもしれない。誰か政治家がついていたのか?いや、口利きがなくて、これだけの銀行が貸せるわけがない。
実に謎の深い話である。
【つづく】
今やらなければ、もう絶対にやれなかった――。元ビートルズのポール・マッカートニーが、子供の頃に慣れ親しんできたスタンダードのナンバーに初チャレンジする。2月8日に発売されるアルバム「キス・・オン・ザ・ボトム」がそれ。ポールにとっては5年ぶりのアルバムになるが、何と構想に20年も費やしたと言うから凄い。しかもレコーディングにはエリック・クラプトンやスティービー・ワンダーも特別参加している。
今年はビートルズがデビューしてから丁度50年目。しかも、ポールにとっては「古希」(6月18日)を迎える。とにかく”節目の年”と言うわけだ。そういった中で満を持して制作されたアルバムが今回の「キス・・オン・ザ・ボトム」だった。
「僕の親の世代が正月に歌っていたようなアメリカの古き良きスタンダード曲を以前からずっとやりたいと思っていたんだよ」。
ポールは、アルバムについて、そう語ると、その内容については
「誰もがカバーする、完全に分かりやすい曲は避けて選曲した。場合によっては、あまり知られないような、もう少し変わった曲が欲しかった。ただ、その時代のいいと思う作品を選んだ。アメリカとか…、どの国の作品かは関係がなかったんだよ。たまたま、アメリカから素晴らしい作品がたくさん生まれただけ。実りの多い時代だったということ。だからそうすることにしたんだ。王道からちょっと外れた方向に進むのはいいことだよ」。
ポールは、嬉しい驚きを聴いてくれる人たちに与えたいと思ったと、自らの心情を語っていた。
もちろんスタンダード・ソングばかりではない。今回は「マイ・ヴァレンタイン」と「オンリー・アワ・ハーツ」という2曲の描き下ろし作品も収録している。
アルバム制作にあたり、ポールはプロデューサーを米ポピュラー音楽界の大御所で、過去にはマイルス・デイヴィスやイエロージャケッツ、ジョージ・ベンソンなど数多のアーティストをプロデュースしてきたトミー・リピューマに依頼。演奏とベーシックなアレンジについてはジャズ界の女王、ダイアナ・クラールを起用した(ダイアナは、自身のバンドを率いてレコーディングに参加している)。

しかも、今回のアルバムの収録曲14曲の中でポールは「ゲット・ユアセルフ・アナザー・フール」と「インチ・ワーム」の2曲だけアコースティック・ギターを弾いた以外は、全てボーカルに専念した。それだけじゃない。何と、ギターではエリック・クラプトン、ハーモニカではスティービー・ワンダーまで特別参加するなど、とにかく豪華なアルバムを完成させている。
「僕は、(今回のアルバムを)リラックスするものとして楽しんでいる。仕事先から家に帰って、靴を脱いで、ホット・ココアでもワインでも紅茶でもいいけど、お気に入りの飲み物を飲んで、くつろぐのが想像できる。そういうアルバムなんだよ。素敵なムードだよ」。
アルバムは、ビートルズ時代から数々の伝説を生み出してきた、ロンドンのアビー・ロード・スタジオや米ロサンゼルスのキャピトル・スタジオ、米ニューヨークのアヴァター・スタジオなどでレコーディングされた。